22-09 その確率の差に答えがあるんだ

 二〇分後、俺たちは三台の車に分かれて移動を開始した。


 車にはそれぞれ、柳井さんと三馬さんの二人、千代田怜と霧島千葉と竹内千尋の三人、そして、俺と榛名とHAL05が乗り込んだ。


 この割り当てになった理由は、各人の襲撃危険度に応じて誰が護衛になるかによって決まった。俺と榛名が当然襲撃可能性が高いため、他のメンバーを切り離しHAL05が割り当てられた。また霧島千葉は、榛名をおびき出す人質にされてしまう懸念から千代田怜が護衛、車椅子の彼女をとっさに担ぎ出せるように竹内千尋が同行した。


「この面子から見れば、俺たち二人が襲われたところで事態にさほど影響はないだろうからな」


 柳井さんは苦笑いを浮かべた。


 なにかあったらかならず助けにいきます、と言いかけたが、それが二人に余計な気を遣わせることに気づいて、口をつぐんだ。


 こうして二二日までの四日間、ZOEの朗報を待ちながらのドライブをつづけることになる。


「もしライナス博士たちの救出がかなわなかったとしても、磯野さん、榛名さん、お二人を、二二日の一四時には旭山記念公園に送り届けますので、そのつもりでいてください」


 と、HAL05に釘を刺された。


 既視感があった。今日とおなじ、八月一八日の映研世界。映研メンバー総出によるドッペルゲンガー捜索開始のときと重なる。ただ、あのときとちがうのは、別れ際に呼び止めてきたのが青葉綾乃とちばちゃんではなく、三馬さんだったことだ。


「磯野君、ZOEとの通信をオフに……いや、ZOE、君も聞いてもらったほうがいいな。磯野君が気にしていたことについて話したいことがある」

「俺が気にしていたこと、ですか?」

「霧島榛名さんの目覚めの遅さについてだ」



「なにか知っているんですか?」


 俺は車のほうに集まっているみんなに一度目を向けた。榛名が気づいて視線を送ってくる。俺はなんでもないというようにうなずいて、三馬さんに向きなおった。


「昨日の晩、森の中で君と榛名さんがライナス博士とHAL03を救おうとした際の生存世界への収束。繰り返す自死による、彼らの救出への確率が関係していると思う」

「榛名は死にすぎている?」

「たしかにそれもそうだが、話したい内容は違う。榛名さんが二人を救える世界線へ収束するには三七パーセント、磯野君は三パーセントと言っていたね? その確率の差に答えがあるんだ」

「その差については俺も引っかかってました。なぜ差のひらきがあるんでしょうか?」

「磯野君と榛名さんの身体能力の差だろう」

「え?」

「足の不自由な榛名さんの行動可能範囲と選択肢は磯野君よりもはるかに少ない」

「行動可能範囲?」

「霧島榛名さんは女性であること、足が不自由であることから、ほかの選択可能性となる分岐が、磯野君と比べて圧倒的に少ないんだ」


 三馬さんはつづける。


「霧島榛名さんの今日までの行動はほぼ一本道であると言える。一方、磯野君の今日――八月一八日にいたる並行世界のルートは多岐たきに渡る」


 たしかに足の不自由になることで、榛名は俺と比べて行動は制限されるはずだ。けど、そうだとしてもZOEが提示した確率の差は大きすぎる。


「昨晩、榛名さんの並行世界は、ほとんどが飛行機が墜落した、その森にいたのだろう。一本道であれば、どの並行世界でもおなじ危機に直面する。彼女の並行世界のほとんどがその危機にっているならば、その数の分だけの選択肢を彼女は得られたはずだ」

「榛名の世界線があの晩の森のなかに集中していたから、三七パーセントなんていう高い数字になった?」

「そうだ。裏を返せば磯野君の並行世界の多くは、あの森にはいなかった可能性がある」

「……つまり、俺の三パーセントという数字は、俺があの時間あの森にいない世界線の分だけ削られていたって、そういうことですか?」

「ああ。おそらく君が霧島榛名さんを確保出来ていない並行世界が相当数あるのだろう。君一人が、百年記念会館にたどり着いた並行世界もまた多くある可能性があるということだ」


 榛名と合流できていない世界線?

 その俺は、生存世界の収束を使わないで、のうのうと一人で北大にたどり着いたってことか?


「さて、ここからが問題だ」


 三馬さんはそう言うと、一度、ほかのみんながいるほうを向いた。


「そこに榛名さんがいないとしても、磯野君の並行世界に多様性がある時点で、君の生存世界の減少は相当抑えられているはずだ。一方で榛名さんは一本道のまま、森で自死を繰り返してしまった。それは彼女の生存世界のかなりの数を失わせたことになるだろう。そういうことだな? ZOE」

「はい、博士」


 たしかに榛名の目覚めの遅さは、自死による死にすぎが原因だと直感的にはわかっていた。が、三馬さんの説明、ZOEの同意によって、そこにいたる原因が解明されたこと、それが、昨晩の拳銃自殺と重なるのが脳裏に浮かんだ。あのときの光景に、俺はふたたび吐き気をおぼえた。


「磯野君、この状況は見方を変えればとても対策がしやすいんだ。彼女にとっての世界線はほぼ一本道なのだから、


 ――今後、霧島榛名さんが死に至るのを阻止すること。


それさえ徹底すれば、彼女を無事もとの世界に生還させることが出来る。それにさっき竹内君も指摘したとおり、二二日に君達二人を生還させることを前提に、ZOEは計画を立てていたんだ」


 俺は、動揺がおさまらない。

 それでも、いま聞いた話を飲み込むように、納得させるように、俺は三馬さんに無理やりうなずいてみせた。


 榛名を連れ戻す。

 それが本来の目的だった。けれど、俺の三パーセントという数字、そして、榛名よりも軽い収束による競合の症状。これは、ほかの世界の俺が、榛名を救出出来ないまま、その世界を生きていることを意味していた。それがどうにも納得出来ないまま、俺は車に乗り込んだ。




 ZOEによると、赤道上空、高度三万五千七八六キロメートルの位置で地球とおなじ速度で自転する静止衛星を軸に、日米の低高度をまわる多数の周回衛星が、北海道を中心とした日本領域を集中的に監視しているとのことだった。東側もまた、アメリカに匹敵する数の衛星を運用しているが、ZOEによるリアルタイムの妨害工作により、光学観測範囲に死角を作ることで俺たちの所在しょざいを隠蔽した。


 俺たちは、定期的に変化するその死角となる領域に先回りしつつ移動し、ソ連側の監視の目をかいくぐった。


 ソ連側による北大襲撃からはじまった八月一八日はこうして終わった。

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