21-08 この、星降る世界の螺旋カノンを、わたしたちは渡り歩いて、みんなを救える世界へたどり着くんだって
「え?」
「もうすこしこの場所の空気を感じていたいので」
三馬さんは、一度警護している自衛官と言葉をかわしたのち、
「かまわんよ。フロントに言えば用意してある部屋に案内してくれるはずだ。まあ五時間後の一〇時にホテルのロビーでまた落ち合うことになるがね」
三馬さんは腕時計を見せながら、すでに午前四時を過ぎていることを強調した。
「俺も歩いて行きますね」
「女の子を一人にしておけないもんな」
「柳井さん、せっかくの二人だけの時間なんですから」
めずらしい竹内千尋のフォローに、柳井さんは一瞬目を丸くした。が、そりゃそうかとワゴン車へ乗り込んだ。
千代田怜は、不機嫌そうな顔で俺たちを見たあと目をそらした。ところが、なにか思い直したのか、俺たち二人に近づいてきて小声で言った。
「磯野、榛名ちゃんも。札幌に入ってからここにくるまで人通りがほとんど無かったの気づいてた?」
「お、おう」
……いや、正直なところ
「磯野、あんたちゃんと銃持っているよね」
「ああ、さっき取り上げられてないから」
「すっごく嫌な予感するんだけど、磯野たちがここにいるなら、さっきのゴーディアン・ノットの連中も攻め込んでくる可能性、考えられない?」
「ここの警備が自衛隊だっていうのがそれか」
「うん。そもそもカモフラージュなんてする意味……いや、付近の住民の不安を
「怜ちゃんが言いたいのは、もしかしたら最悪ここが戦場になるってこと?」
怜は榛名にうなずいた。
「そう。自衛隊なんて使ってるんだし、それに世界の科学者たちもいるんだから、ちゃんと対策してるんだろうけどさ。けど、あんたたち二人とも、あんまり気をゆるめないでおいてよ。まわりの警備の人だって――」
そこで言葉を止めて、怜は俺たちを見て笑った。
「……まあいいや。いまのうちに、二人とも話したいことは話しておきなさい」
そこまで言うと、怜はワゴン車に乗り込んだ。
後部座席のドアの閉めぎわに三馬さんもまた言い
「ああ、さきほども言ったが、君達二人はつねに警護されているからね。では一〇時に」
「ほどほどにしとけよ、磯野」
いや、なんですか柳井さん、その絵に描いたようなにやけ顔は。
となりを見ると、榛名は苦笑いしながら手を振っていた。
ワゴン車を見送った俺と榛名は、うっすらとあけてきた北大のキャンパスを歩く。とはいえ、いまだ無数の星が空を埋め尽くし、線を描いていた。
おたがいが会話するきっかけがつかめないまま、いや、おたがいがさっき知ったさまざまなことを思い思いに頭にめぐらせながら、札幌駅へとつづく道を歩いていった。
夏虫が響かせる沈黙。
その沈黙を、彼女はやぶる。
「あのね、磯野くんはあの流れ星を墓標って言ってたけど、わたしはそんなに悪い気しないんだ」
星空を見上げながら、榛名は言った。
「このたくさんの流れ星って、わたしと磯野くんが必死に生きた証だと思うんだ。必死に生きて、すこしでも大事な人たちを救おうとして、その、生きてあがいた証。これからも、護りたい人びとのために二人でもがいて、あがいて、あの星になっていくんだと思う。けれどね、」
榛名は振り返り、
「この、星降る世界の螺旋カノンを、わたしたちは渡り歩いて、みんなを救える世界へたどり着くんだって。たどり着けるんだって。ハッピーエンドを見つけられるんだって。その途中の道筋が、この空に広がる星ぼしなんだなって、そう思うんだ」
笑顔で言う彼女の頭上に、まるで絵に描いたかのように線を引いて降る星たち。その光景が、目に焼きつけられてしまう。たぶん、いまこの瞬間が、俺にとって、彼女にとっても、とても大切な時間なんだと確信する。
「星降る世界の螺旋カノン、か」
「そう。わたしたちの生きる道筋」
「そうだな」
「もうZOEさんも聞いてるかもだけど」
俺は苦笑いする。
ああ、そうだろうな。ZOEも聞いているだろう。けれど、飛行機のときも、森のなかでの榛名の取った行動にも、彼女は俺たちの意志に沿う道を「選択」を示してくれた。だから、
「大丈夫だと思う」
俺はそう答えた。
この世界を救ったうえで、俺たち二人がもとの世界へと帰るその方法を、ZOEもまた見つけてくれるだろう。だがそれを確かめるのは、今日の午前一〇時、みんなが立ち会うなかでだ。
JRタワーホテルへ着いた俺たちは、フロントでそれぞれ鍵を受け取り三四階へと上がった。そして、隣どおしのおたがい自分の部屋のドアをあけ、おやすみの言葉をかけようとしたのだが、
――なぜ俺と榛名の部屋のどっちもダブルになっているのか。
「気の
「けど、いっしょに過ごしてもいいし、別べつの部屋でもいいしって選べるから――あ、けど、」
彼女は、考え込むように、
「「部屋もひとつだし仕方がない」とか言って、成り行きにまかせちゃうような言い訳できないし」
「俺たち二人があえていっしょに過ごすように選ばないといけないってことか。やっぱり気を遣うと見せかけた意地悪じゃないだろうかこれ……って!」
榛名もまた、「二人が一つのベッドで朝まで過ごす」ところまで考えてしまっていることにみずから気づいてしまったらしく、顔を赤くしてうつむいた。
けど、そっと彼女の手が俺の手に触れて――
「あの……このあと二人っきりでいられる時間、どれだけあるかわからないし……」
「そ、そうだな」
俺は顔をそらしつつ、その手を
すこし引き寄せるように、彼女を部屋へと連れ込んだ。
ドアのしまる音。
彼女の手をから伝わる体温を感じながら、俺は真っ白になりそうな頭を必死で回しながら、絞り出すようにある言葉を導き出した。
このあとどうすればいいんだっけ?
頭回ってないじゃーん!
文字通り、思考停止だよこれ!
いや、こういうときは映画を思い出すんだ。
ラブストーリー、正確に言えばラブロマンスだ。そうだよ、こういうときこそ
――引き出すべき恋愛映画の知識が無い。
そういえば、千代田怜がむかし何度か映画のお
なに考えてるんだ俺。
まずはこのあとの展開について考えろよ。これまで生きてきたなかでおまえの人生最高の瞬間がすぐそこ、ダブルでベッドなゴールがあるんだぞ!
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