20-04 この流れ星は、重なり合う世界が見えているんだって

 イヤフォンと森に響き渡る銃声が、わずかな時間差を生んでいた。


「ハル! ハル!!」


 花火のような発砲音が、森を木霊こだまする。


 俺は、足を止めてしまう。


「ハル! ライナス! ZOE、どうなってるんだ?」

「時間がありません。あと四〇〇メートルです。前進してください」

「待てよZOE! お前がなんとかするんじゃないのかよ!」


 怒りでどうにかなりそうだ。


「ZOE、ふざけるんじゃねえ!」


 イヤフォンにノイズが混じった。


「……ジャミング?」


 絶望が、ノイズとなって左耳を覆っていく。


 おい、待て。待ってくれよ。

 そんなことってあるかよ。……冗談はやめろよ、ZOE――


「ゾーーーイ!!」


 乾いた銃声が、遠くから、絶え間なく続く。

 心が引き裂かれそうになる。


 ……こうなることがわかっていたなら、


「こうなるってわかっていたなら!!」


 最初から、ジェット機に留まって生存世界への収束で、みんなが生き延びる選択肢を見つけ出せたはずなんだ。


 いや、まだ間に合う。

 まだ、みんな生きている。


「ああ、そうだよ。生きているんだ」


 俺は、振り返った。


「榛名、ごめん。俺は――」


 榛名は、俺を見つめ、首を振る。


「けど!」

「磯野くん、みんなを信じるの」

「だけど、この状況で、助かるはずが無いじゃないか!」

「ライナスさんも、ハルさんも、無責任なこと言うはずがない」


 ……無責任とか、そういう問題じゃないんだ。

 俺しか、彼らを救うことが出来ないのに、


「俺しか救えないのに!」

「磯野くん、聞いて」

「俺は!」


 右の頬に衝撃が走った。


「……榛名」

「信じて」

「…………」

「磯野くん、」

「……だけど、みんなが」

「わたしだって、助けに戻りたい!」


 彼女の声はふるえていた。

 顔を歪ませ、頬を流れ落ちる光に、俺は言葉を失う。


「……だけどね、いま戻ったら、磯野くんも千葉も失ってしまうから」

「じゃあ、どうやって……」


 ハルの言葉が、よみがえる。


 ――磯野さん、これから起こることは、磯野さんにとって受け入れがたいことかもしれません。けれど、それでも、わたしたちのことを信じてください。


 信じるって……


 ――そして、あなたにとっていちばん大切な人を護ることを、約束してください


「……いちばん……大切な人」


 うつむいたさきに、千葉の顔があった。

 顔を上げて、榛名と目を合わせ、


 ――榛名と千葉を、危険にさらしてはいけない。


 いまさら浮かんできた言葉。けど、この状況は、

 ……受け入れがたいなんてもんじゃない。


 ライナスとハルとライオネル。

 榛名と千葉。


 この二つをはかりにかけた天秤てんびんを突きつけられ、俺の視界は、世界は、揺らぐ。


「……なんなんだよ……この、天秤は」


 けれど、両手に抱えている人が、いっしょにいる人が、


 ――重すぎる。


「……ちくしょう。……なんで、」


 悪態あくたいさらしてしまう。


 左耳から流れ続けるジャミングのノイズが、俺たちが、すべてから切り離されてしまったことを強調する。千葉を抱え、両手をふさがれた俺は、そのノイズにさえ、なされるがままにされてしまう。


 頭がどうにかなりそうだった。


 いまこの場で千葉をおろして、拳銃で己の頭を撃ち抜いたら?


 ダメだ。

 生存世界への収束は、俺と榛名が生き残る世界にしかたどり着けない。

 ハルやライナスやライオネルが生きている保証はどこにもない。


 ……けど!


 俺たちの生きている世界のなかに、あの三人が生き残っている世界もあるかもしれない。


 ――その確率はどれくらいある?


 それ以前に、俺たちの生存世界の残りがわからない。

 俺と榛名の二人が現実世界に戻らなければ、俺たちの世界は救われない。ダメだ、リスクは……おかせない……。


「……あのね、磯野くん。わたし、さっきシートに来てくれたときに、ハルさんから、言伝ことづてをお願いされたの」

「……ハルからの?」

「ZOEさんは、賭けに出たって言ってた」

「ああ、それは俺も聞いた」

「人工知能の、ZOEさんにとっての賭けってどういうことか、わかる?」


 人工知能の……賭け?


「ZOEさんはね、わたしたちの願いも叶えるために、あえて確率の低い、危険度の高い選択を選んだ、ってそう言ってた」

「……危険度の高い選択?」

「わたしたちや、世界を危険にさらしたうえで切り抜けようとする選択。わたしと磯野くんが願ったものを手に入れるには、それだけのものが必要なんだって。だから、そのためには、わたしたちにも、


 ――その覚悟が必要なの」


 俺たちが願ったもの。

 ハルやライナスたちがいる、三つ目の世界を救うこと。


 ……いや、世界じゃない。ハルを、ライナスを、千葉を、みんなを救いたいんだ。そのために、この世界もまた必要なんだ。


 けど、世界を危険にさらすって、どういうことだ?


 榛名を見ると、夜空を見上げていた。

 空には、いまだ無数の流れ星が地上へと堕ちている。


「この流れ星は、重なり合う世界が、見えているんだって」

「重なり合う世界?」

「さっきの収束で、世界の歪みがさらに進んだんだって。ほかの世界の情報がこの世界に重なり合って、地球が重くなるの。だから、そのぶん星たちがわずかにこの星に引き寄せられて、その星たちが、いくつもの世界の星たちがずれながら重なっているから、わたしたちには、


 ――星が降るように見えるって」

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