19-09 ……磯野さん……わたしが……あなたを……
この世界が、霧島榛名を失った。
悲しい悲しい悲しい悲しい悲しい悲しい悲しい悲しい悲しい悲しい悲しい悲しい悲しい悲しい悲しい悲しい悲しい悲しい悲しい悲しい悲しい悲しい悲しい悲しい悲しい悲しい悲しい悲しい悲しい悲しい。
俺の脳が、
それを止めようとすると、どうにかなってしまうんじゃないかと思われるくらいに、俺のなかで湧き起こってしまう、とめどない
繰り返される機械的な言葉の
疲労感をともなったこの感覚は、すでに、べつの生存世界に収束されていることを。ところが、
――いまだに俺は、落ちつづけている。
世界が変わっても、ジェット機の操縦席に俺はいない。
機内にすらいない。
ひたすら、はげしい風圧に俺は晒されていて、それは、つまり、
――収束した先の世界でも、俺は、撃墜後の落下から逃れられていない。
榛名の死の先の世界もまた、死から逃れられない。
榛名は、操縦室に向かう俺をみんなといっしょに助けてくれた。
彼女もまた行動したはずなんだ。
けれど、彼女の行動は、まだ足りなかった……のだろう。
だから、彼女の死からの収束は、地面に向かって落ちていく世界から変化がない。
俺と榛名の生きている世界が、どんどん失われてしまう。
いままでとは比べものにならない数の俺と榛名が生きている世界が、失われていってしまう。
――これから失われるのは何割になるのだろう。
何割の、俺と榛名の、
「……うあああああああ……あああああああ」
嘆くことしか出来ない、その声ですら、風圧にかき消されて――
なにを……すれば……俺は……、
左耳に、声が、聞こえた。
「…………磯野さん」
イヤフォンから聞こえてくるその声は、かすれて消えかけているというのに、こんなときにも、ZOEは、彼女の声を届けるのか。
彼女が、俺の手をつかんだ。
……ハル!
そのまま引き寄せるように、彼女は俺を抱く。
「……磯野さん……わたしが……あなたを……」
ハル、ちがうんだ。俺が、おまえを――
守らなきゃ――
……なんなんだよ、俺は。
守るどころか、このまま死を繰り返すことしか出来ないのに、俺は、なにを俺は、
「……ふざけたことを口走ってるんだよ!」
直後、落ちるのとは別の燃えるような風圧が、周囲にも落下をつづけているであろう人びとを殺してしまう爆風が、俺たちもまた巻き込んだ。
そして、この世界から、俺も、消えた。
生存世界への収束。その
ただ、肌に触れる
……あの世界から抜け出せたのか?
死に至ろうとも、最後まで、俺を守ろうとしたハルを置き去りにして。
――何割、失った?
その言葉が、込み上げてくる黒い感情に押し流されていく。
いままでとは比べ物にならないくらいの、
「うあぁ……あああああ……」
慣れたと思っていたのに、新東京駅のときよりも、その反動が
うつむきながら、
しばらくの時間が経ったことで、俺は、やっとのことで行動できる程度までに
ああ、こんなことをしているヒマは無いんだ。
……早くハルに、伝えなきゃ。
収束したこの世界では、ハルのとなり、副操縦席にまでたどり着けたのだろう。それなら、あとは吐き気を払いのけて、顔を上げ、ハルに、
「え?」
俺の視界に、ハルはいなかった。
そこは操縦席ではなかった。
そもそも飛行機ですらなかった。
そこは、列車……いや、
――チューブリニアの車内だった。
「……なんで?」
目の前に現れた、あたりを見回すことをせずともすべてを理解できてしまう恐ろしい光景に、俺の脳は
胸を撃たれ、シートに沈み込むライナス。
血だらけで床に横たわる榛名。
「なんで、」
なんで、こんなことに……。
直後、激しい銃撃が俺の耳を覆いつくす。
受け入れがたい目の前の「情報」とはべつに、この世界のいままでの記憶が、俺の脳に流れて込んできてしまう。
新東京駅の襲撃のまえに、CIAの作戦拠点が襲撃を受けた記憶。
拠点襲撃により保護していたはずの霧島千葉の死。
新東京駅での襲撃でのハル――
俺たち二人と、HAL
ところが、列車内に侵入していたゴーディアン・ノットの部隊に襲撃されてしまう。そして、敵から逃れるために、俺たちは、この先頭車両まで逃げてきた。
しかし、ライナスは撃たれ、俺と榛名で彼を担ぎ、榛名もまた撃たれた。
結果、ライナスは命を落とし、榛名は致命傷を負ってしまう。
そして、敵が迫るなか、HAL04とグレーのスーツの男が、俺たちのいる先頭車両へのギリギリで食い止めていた。
あまりにも受け入れがたい事実に、俺はその場で
この世界の俺は、榛名は、霧島千葉の死と、彼女を取り戻すには時間が
そんな絶望のなか、HAL04と名前も知らない男が、俺たちを一秒でも生かそうと敵を食い止めている。
俺は、ホルスターから拳銃を取り出し、銃口をこめかみに当てる。けど、
――戻れるのか?
空路を選んだ千葉やハルが生きている世界へ、本当に戻れるのか?
空路を選んだ並行世界は、すべて喪失してしまったのだから、俺たちはここにきてしまったんじゃないのか?
だとしても、
――この世界はあまりにも、奪われ過ぎている……。
こめかみから銃を離し、いまいる座席の反対側、倒れ込んでいる榛名のもとへと俺は向かった。
彼女は意識を失っていた。
収束が起こっていないことだけが、彼女がいまだ生きていると知る
「……榛名、俺は、」
――どうすればいい?
情けなかった。
あまりにも、情けなかった。
なにも口にすることがない彼女に、すがるように問う自分。
死に至るまで、収束するまで、思いもしなかった生存世界を、この世界を、俺は受け入れることが出来ない。
ここまできて、出てくるのは泣き
「けど、しょうがないだろ!」
俺が選択してきた、それまでの死に至る行動の結果が、ここへと導いてきたんだ。この最悪の結果は、俺が思い描いていた未来が、あまりにも都合がよくて、それを見ていた神とかいう存在が、俺に思い知らせたんじゃないか。
――お前は、望み過ぎた。
――お前は、欲をかき過ぎた。
――これは、お前への、
そんな声が、
右手にある銃を向ける相手も定められないまま、俺は、俺に叩きのめされる。
「…………磯野さん」
肩を揺さぶられて振り返ると、HAL04がいた。
彼女は、左肩を撃ち抜かれていた。
収束したこの世界の記憶では、新東京駅でハルが負傷したとき、彼女は、「
だから、目の前にいる彼女もそうなのだろう。
けれど、それでも、痛みに耐えているような、引きつった笑顔を俺に向けた。
「……磯野さん……わたしが……あなたを……」
――……磯野さん……わたしが……あなたを……
三万四〇〇〇フィートからの落下で聞いたのと同じ言葉。
ハルの研究所での記憶は、HAL04には引き継がれなかったとを、この世界で聞いた。HAL04は、俺に対して特別な気持ちは抱いていないはずなんだ。
だから、同じ言葉でも意味は違う、はずだった。
けれど――
そして、八月七日と同じような光景が、目の前に焼き付けられる。
突然発せられた連続する銃声が彼女を襲い、白いシャツの胸から、腹から、赤い血しぶきが、飛んだ。
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