18-05 だって、磯野くん、すごくつらそうにしていたから

 そこまで言った榛名は、納得したようにうなずいた。


「あのとき、ハルさんは、わたしが死ぬのを止めたよね。それまでは、死んでも生き返るんだから、おじいちゃんを助けるためなら命を捨ててしまおうとしたけれど、」

「ああ、それが出来る回数には上限じょうげんがあるらしい」

「やっぱり……そう、なんだ」


 榛名は俺から目をそらし、暮れていく空を見た。


「ハルさんは、おじいちゃんの命に別状は無いって言っていた。けど、本当かどうかわたしにはわからなかった。もしも助からないなら、もう一度、わたしは命を落としたいって、べつの可能性かのうせいえらびたいって、いまでも思ってる」


 ああ、わかるよ。

 その気持ちは、痛いほど、よく。


 俺だって、榛名と同じ立場ならそう思うだろうし、いままでだってそうしてきた。


 だけど、同意どういは出来ない。


「けどね、ハルさんも磯野くんも、死のうとしていたわたしを止めてくれて、感謝してる」


 榛名はうつむき、


「磯野くんが死んじゃうとき、ハルさんの手で……。あのときはじめて、わたしも、死ぬことがどういうことか、なんとなく理解が出来て、」


 俺に振り返って見つめた。


「あのとき見た、たくさんのわたしは、この世界に来てしまったわたしの並行へいこう世界のかず、なんだよね?」


 榛名も見たんだな。


 榛名のひたいち抜かれた直後ちょくごに起こった、彼女の生存せいぞん世界への収束。

 収束するまでのあいだにあらわれた無数むすうの「俺」。あの無数のドッペルゲンガーは、重なりあう並行世界の可能性。彼女もその瞬間を目の当たりにしたのだろう。


「ああ、そういうことだと思う。俺も、榛名が撃たれたときに同じものを見た。あれは、この世界に訪れた、俺たちの別の選択肢だったんじゃないかと。けれど、この世界では、現実世界のように無数に重ねられた並行世界――可能性が、また分岐ぶんきすることで増えることは無いらしい」


 そう、俺たちの収束可能な回数は、かぎられている。


「この世界にいたるまでに、大学ノートをとおして並行世界が増えた。けど、その世界の数はあくまでも有限ゆうげん、つまり、限られた数しかない。その生存している世界が死による収束によって減っていって、俺たちの死んでしまった世界が、生きている世界を上回うわまってしまったら、俺たちはその瞬間、死んでしまった存在に収束してしまうことになる」


 榛名は、すこしの戸惑とまどいのあと、静かにうなずいた。


「……そっか。だから二人はわたしが死のうとするのを。だとしたら、わたしと磯野くんは、このさき誰かが犠牲ぎせいになったとしても、その人のために命を落としちゃいけないって……ことか」


 榛名は、俺にそう言いながら、しだいに、ひとりごとのようにつぶやいた。


 その言葉は、俺にも突き刺さる。

 もしこのさき、ハルが、ライナスが命を落とすようなことがあったら、俺は、彼らを救うことが出来ないということになってしまう。そのとき彼らを見捨みすててしまって、俺は耐えられるのだろうか。


「じゃあ、わたしたちが生きているあいだに、わたしたちをもとの世界へもどすことで、この世界を救おうとしているってこと?」


 俺はどう答えればよいのか迷う。


 ライナスは、この世界を救うことは出来ない、そう言っていた。だから共倒ともだおれになるまえに、俺たちの世界だけでも救わなければならないとも。


「榛名、この世界は――」

「――どうやっても、救えない?」

「なんで、わかったんだ?」

「……だって、磯野くん、すごくつらそうにしていたから」


 そうか。俺は、つらいのか。


 ライナスからの提案ていあんを受けたとき、もとの世界に戻れれば、榛名を連れて帰ることが出来れば、それですべては解決する、そう考えていた。けど、俺はこの世界を失うことを――


「磯野くん、わたしたちが、もとの世界に帰るだけでいいのかな」


 俺がいままで目をそむけてきた言葉。

 それを、彼女は問いかける。


 なにか方法があるのかもしれない。

 もしあるならもがきたい。


 けれど、ライナスもZOEもその答えを持ち合わせていなかった。

 それなのに、ただの大学生の俺が、この世界を救うための方法を思いつくことなんて、不可能ふかのうだ。


 どうやって思いつけって言うんだ。どうやってもこの世界が失われてしまうのであれば、それは仕方がないじゃないか。……そう、考えていたんだ。


 ハルの顔が浮かんだ。

 彼女のいるこの世界。この世界ごと彼女を失ってしまうそのことを、俺はどこかで見ないようにしていたんじゃないか? 


 だけど、ここ何日かをハルと過ごしてきて、生死をともにしたことで、俺のこころのどこかで、彼女のことも放っておけなくなってしまったんだ。


 それでも、彼女を失ってしまうことを直視ちょくししてしまうと、どうしようもない気持ちにめられてしまう。榛名よりもハルを優先ゆうせんしてしまいそうになる。それが怖くて、俺は目をそらしてしまったんだ。


 だから、


「この世界を救う方法はないんだ」


 俺は、そう口にする。


「俺たちが出来ることは、俺たちが現実世界に戻り、救うことで、人類じんるい存続そんぞくさせるってことだけだ。もし、もとの世界に戻るまでのあいだに、この世界も救える方法が見つかったなら、そのときは、俺たちも彼らに協力きょうりょくする」


 そうだ。これが俺たちの出来ること。


 榛名を救うためにしてきたことと同じことを、これからもまたやっていくだけだと、自分に言い聞かせる。言い聞かせてしまっていることを気づき、それが俺のなかのハルへの想いを押し殺してしまっていることを感じながら。


「それで、いいか?」


 顔色をうかがうように榛名を見ると、すこしさびしそうに微笑んでから、


「うん」


 と、ひと言だけ、うなずいた。

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