09-03 じゃあまた今度ということで

かくたる証拠しょうこも無いまま予測よそくからさらに予測を立てるようにろんじるのは、どうにも居心地いごこちが悪くてね」

「わかっているよ。だが三馬の分析、予測は核心かくしんいていると俺は思う。フィボナッチ数列を中心にした磯野の入れ替わり間隔かんかくと、大学ノートをとおして起こるレベル3マルチバースに基づいた世界のインフレーション。ここにむすびついたのはとても大きい」


 柳井さんが三馬さんにそう伝えたのを見計らって、竹内千尋たけうちちひろは手をあげた。


「三馬さん、いまここにある大学ノートは、その大学ノートを選択した磯野が集中するターミナルのようなものってことですよね」

「そうだね。恐らく今回の出来事に遭遇した最大公約数さいだいこうやくすうの磯野君たちがかさなり、もちいることの出来る場としての大学ノート。確かにこの時点におけるターミナルとなるだろう」

「そこでなんですが、九日のこの大学ノートに書き込む前に、あるプリントの裏にも文字の浮かび上がり現象を起こしたんです。そしてそのあと――」


 そうだ。学食がくしょくから帰ってきたあとに、俺が手をつけていないのに一文が追加されていたんだ。そう、あのときの言葉は――


「……ノートを用意して情報共有をしろ」


 千尋はうなずく。


「あれは俺の字だった。だから、別の世界の俺が書いたものだとは思う。けど――」

「ああ、たしかに早すぎるな。三馬の言う突然変異には」


 柳井さんの言葉に、三馬さんは「なるほど」とうなずくとちゅうを見るように俺たちから目線をそらし、口をひらいた。


人為的じんいてきな、いや、なにかの意思いしがはたらいている可能性もあるな。それがなんであるかは判らんが。ただ、いまはその何かを特定とくていするには情報が少なすぎる」

「それが、さっきの書き込みで言っていた、磯野のインフレーションを警告したぬし?」

「うむ。これは磯野君のそばにいる、私では無い誰かのメッセージなのかもしれない」


 三馬さんは、憮然ぶぜんとした顔のまま仕切しきり直した。


「とりあえず、ここから先は重要な事柄以外に文字が追加されることが無いよう祈るしか無いだろう。ただ、無数の選択肢から生まれた磯野君がいるとしてそのそばに私も一緒にいるのならば、他の世界でも、これ以上ノートに書き込まない判断も下しているはずだ。だから、


 ――この大学ノートの最後の一ページは、基本的には書き込まないルール


としよう。このまま最後の一ページが埋まらなければ、どの世界でもこのルールが適用てきようされていることになる。そして私が介在かいざいしている証明にもなる。それだけでも有益ゆうえきな情報になるだろう。


 ――そうして白紙のページを用意しておけば、磯野君のそばにいる、その「誰か」からのメッセージを再び受信じゅしん出来るかもしれない」


 そこまで言うと、三馬さんは大げさに腕時計をみる仕草しぐさをした。


「さて、もうそろそろ時間だな。この大学ノートを借りたいんだが」

「三馬、なにをするんだ?」

「大学の友人に頼んで解析かいせきにかけたくてね。筆圧ひつあつ筆跡ひっせきから、どれくらいの重ね書きがなされているのか知りたい。その数がわかれば、関連づけられている磯野君の数を知ることが出来るかもしれない」


 三馬さんは「ただ私の予想では……」と口をつぐみ、


「……まあいい。十六日には返すよ」


 俺は三馬さんと連絡先交換を済ませた。

 三馬さんは部室を出ようとしたところで、ドアの前で振り向いた。


「そうそう、最近とてもおいしいパンケーキを食わせる店を見つけてね、大学に戻る前に寄ろうと思っているんだが、皆さんもどうかね?」

「ありがとう三馬。今回は遠慮えんりょしとくよ」


 柳井さんが苦笑いで返すのに合わせて、俺を含めたほかの面子めんつもにこやかにうなずいた。


「じゃあまた今度ということで。それでは皆さんご機嫌よう」


 三馬さんは部室を後にした。



「すごいお話でしたね」


 ちばちゃんは、ため息をついた。


「そうだね。いろいろと説明してもらったけど、磯野はどう? しっくりきた?」


 千尋の問い以前に、ひとつ思うことがあった。


 ここ一週間の異常な事態に慣れ過ぎてしまったということ。


 いまの俺には、このはとてもありがたかった。

 もし、いまだに超常現象にいちいち翻弄ほんろうされていたら、今日、ここに至る前に、俺の心はボロボロになってしまっていただろう。だから、


 ――生物にとっての「慣れ」は、生きるのに大切な機能なんだろう


 そう思った。


 この慣れがあったから、三馬さんの話を聞けたんだと思う。

 三馬さんは、俺一人では考えの至らないことを次々と分析ぶんせきしていった。俺は、その分析から出た仮説かせつ圧倒あっとうされた。フィボナッチ数列から求めた、世界の切り替わりのタイミングは合っていると思うし、自然界の法則をもとにして導き出しているから説得力がある。


 そう、そうなんだよ。


「とても、安心した、って感じかな」

「安心?」

「ああ。七日からのここ一週間は、わからないことがとても不安で、ずっと、なにかにおびやかされているような感覚におちいっていたんだ。それが三馬さんに説明されて理解できるようになると、ちゃんとなにかしらの理屈りくつから起こっていることだとわかって、安心したんだよ」

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