03-09 お節介焼きですが

 そういえば、面倒なことを言ってたよな。


「ところで撮影旅行ってなんだ?」

「そうそう! 撮影旅行!」


 うわあ、すごく楽しそう! ……って、それだけじゃおまえさんがいかに嬉しいかしか伝わってこないんだが。

 

 竹内千尋は、青葉綾乃のはしゃぎっぷりを天使のような微笑ほほえみで眺めなら、この子がこうなるに至った経緯けいいについて話しはじめた。


「このまえ消えた素材そざいデータぶん再撮影さいさつえい、まえのロケ地でもいいんだけど、背景がわりえしなくて気に入ってないんだよね。だからいっそのことロケ地をかえたいなーってね、そしたら――」

「うちの親戚しんせき旅館りょかん経営してるんですよ!」

「お、すげーな」


 親戚とはいえそんな商売してるってことは、青葉家はそうとうな金持ちなんだろうか。

 と、柳井さんが青葉綾乃の浮かれっぷりにくぎした。


「だがなあ、その親戚や親御おやごさんがOKしてくれたとしても、女子高生連れての撮影旅行は大学にバレたらヤバいだろう」


 そうそう。大学のサークル旅行に女子高生二人を連れて行くっていうのは、世間体せけんていとしてあやうさを感じる。


「わたしは撮影旅行いいと思いますよ。今年は撮影遅れちゃってサークル旅行なくなっちゃってましたし。いい機会だと思います」


 怜が、いかにもすずしい顔をしながら発言。

 ……ああ、コイツがいちばん浮かれてるのな。


「たしかに千代田の言うとおり、今年の夏はサークル旅行しなかったからなあ。じゃあダメもとで一度学生部がくせいぶに問い合わせてみるから、それでOKが出るようなら話を進めるってことでいいか?」

「はいっ!」


 柳井さんの提案に青葉綾乃は元気に返事をし、怜もそれをあたたかく見守みまもるという図。千代田怜よ、おまえが内心ないしん、青葉綾乃以上に喜んでいるのが俺にはよくわかる。そういえば――


「あお……綾乃ちゃん、ちばちゃんは大丈夫なの?」


 青葉綾乃は俺に「綾乃ちゃん」と呼ばれたのが意外だったのか、一瞬キョトンとした。が、すぐに目を輝かせた。


「大丈夫ですよ! ちばちゃんのご家族からもよろしく言われてますし」


 いやいや、よろしくされるにしたって限度げんどってものがあるだろう。


「綾乃ちゃん、ちばちゃんのお姉さんみたいだもんね」

「お節介焼おせっかいやきですが」


 怜の言葉に、白い歯を見せながら答える青葉綾乃。自覚じかくしとるんかい。


 お姉さんか。本来なら――というかオカ研の世界であれば実姉じっしである榛名こそがこのポジションにいるわけだが、こっちの世界の榛名はどこにいるんだろう。さっきの怜たちの反応といい、榛名の名前はすでにもう一人の俺が口走ったらしいから、姉の存在はみんなわかってるんだろうけど。


「そうなると、ちばちゃんには姉が二人いるようなもんだな」


 俺の言葉に部室の空気が止まった。


 え?


 俺をのぞいた部室にいる全員が、驚いたように俺に注目ちゅうもくしてくる。

 わずかな沈黙をやぶって、千代田怜がため息混じりに言った。


「磯野、やっぱり昨日のこと覚えてないんじゃないの?」


 ……え、なに、このリアクション。

 昨日、もう一人の俺が霧島榛名の名前を出したなら、なぜ俺がその名前をつけて知っているのかはともかく、ちばちゃんに姉がいることはここにいるみんなにはわかっているはずだろ? なんでみんなそんなに驚いてるんだ?

 もしかして、こっちの榛名はくなっているのか? そうだ、それならいま俺は、不謹慎ふきんしんなことを口走ったことにな――


「磯野、ちばちゃんは一人っ子だって昨日言ってたでしょ」


 は?


 死んでるどころか、榛名は存在すらしていない? いったいどういうことだ?


 ……いや、あり得る話じゃないか。

 こっちの世界とオカ研の世界の大きな違いは、その名のとおり俺が入部しているサークルの違い。そして、サークルの構成員こうせいいんの違い――霧島姉妹の有無うむだった。

 だとしたら、そのほかにも違いがあったとしても全然不思議じゃない。榛名が存在しない可能性だって当然あるはずなんだ。


 いま一度、「もう一人の俺」がしたであろう行動について整理してみよう。


 昨日の「もう一人の俺」は、ここはオカ研ではないこと、部室に榛名がいないことに狼狽えた。だが映研の面子めんつは榛名なんて子はいないと反論し、それに対して、もう一人の俺はちばちゃんには姉がいるだろう、と口走った。そしてちばちゃんが一人っ子だとわかった、という流れか。


 それなら今朝のモスバーガーで、ちばちゃんが俺に訊きたかったことだって予想はつく。それは、


 ――昨日の榛名って、いったいだれなんですか?

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