03-03 いやおっさんじゃねーよ、おにいさんだよ

 いえいえこちらこそ! ご迷惑をおかけしました!


 よかったよかった! 言質げんちがとれたぞやったね俺。

 これで少なくとも、乱暴されたうえに、おどしにくっして仕方なくモスバーガーへ連れてこられた、かなしき女子高生という疑いは晴れたわけだ。……あれ、字面じづらにすると、悪党あくとうが少女をさらったあとに、へっへっへ、ごちそうを食べさせてやる。よろこべ! みたいな感じになるな。いや、まあいい。


 さて、目下もっか懸念事項けんあんじこうは解決したが、これからどう探りを入れようか。


「そういえば今日も制服だけど……夏期講習かきこうしゅうでもあるの?」


 ちばちゃんは少しこちらを見た。そして、こくりとうなずいた。


 なんだいまの間。いや、この子なら普通か。なにかあったとしても、探りを入れられてると思って警戒けいかいしてるくらいのものだろう。


「そっか。講習の時間は? 大丈夫?」

「……九時からだから……まだ大丈夫です」


 ん? だとしたら、一時間前の朝の八時に、わざわざ大学の部室に来た理由がなおさら気になるじゃないか。ここはストレートにいてみるか。


「さっき部室に来たのは……」


 部室という言葉が出た瞬間、ちばちゃんの空気がはりつめた。なんともわかりやすい反応。


 なにか理由があるんだろうが、どうしたものだろう。

 このまま心を鬼にして答えるまでまつのも一つの手だが、彼女との距離にみぞができるのは避けたい。……というか、本当のところはこの子を問い詰めるのはなんだか可哀想かわいそうだ。


「その……ふだん部室は昼前あたりにならないとあかないから、朝来ても入れないよ。今日はたまたま俺が早くに来てたけど」


 ちばちゃんは、朝から部室に来た理由について追求ついきゅうされないと理解したらしい。わずかに緊張きんちょうがとけたのか、小さくうなずいた。


 とはいえ、これでは部室に来た理由がわからないままだ。

 うーん、気にはなるけど、その理由を知るにはもう少しけてからじゃないと無理だろうなあ。もどかしいが話題を変えて、もう一つ気になることを。


「えっと、あの大学ノート、ボロボロだったけど、昨日言っていたみたいにシナリオとか書きとめてあるの?」

「え? いえ……あれは……」


 ちばちゃんの顔色が一瞬で真っ青になった。


 この子にポーカーフェイスは無理なんだろうな。この反応だけ見ても、あの大学ノートは彼女にとって重要なものなのだろう。俺の質問にすかさず否定したってことは、シナリオ用のノートの線は消えるだろう。だとすれば、いったいなにが書かれているんだろう。


 俺に眩暈を起こさせ、オカ研世界というもう一つの現実のような世界の夢を見せるきっかけとなった大学ノート。魔道書まどうしょ? いやまさか。


 だが、霧島千葉きりしまちはという本名の一致。この俺が知るはずのない情報を、夢の世界で見させられたという超常現象が起こったいま、なにが出てきてもおかしくはない。


 そんなことを考えているあいだも、ちばちゃんは口をつぐんだままだ。仕方ない。この子とポニーテールは、うちに体験入部しているらしいから、またそのうちさぐりを入れる機会もあるだろう。


 もしうまく聞き出すきっかけがつかめないとしたら、うーん、正直、人としてどうかと思うが、鞄から盗み読むという選択肢も頭に入れておかないといけない。色の薄い世界ですでにやってはいるが、最悪の手段だな、これは。けど、探りを入れているあいだに、俺の頭のなかにいまだ残るもう一つの記憶が消えてなくなってしまえば、それこそおんではあるのだけれども。


「そういえば、学校がはじまるのいつから?」

「……十八日、からです」


 今日は八日だから、この子と接触できるタイムリミットは、あと一〇日か。


「やっぱ高校は、夏休み終わるの早いね。ちばちゃんたちは、夏休み終わってもうちのサークル来れそうなの?」


 あんじょう、ちばちゃんは困り顔。やはり味わいのある表情だな。なんだろう、困った子猫がしょんぼりしている顔に近い。かわいい。


 いや、なにのんきに眺めて感想述べてるんだよ俺は。ロスタイムの可能性すら判別はんべつできないのはちょっともどかしいにもほどがあるぞ。……うーん。ちばちゃんにとって、なにかしら判断のともなう質問は答えづらいということなのだろうか。


「そういえば宿題は順調じゅんちょう?」

「……なんとか」

「夏休み中にどこか旅行とか行った?」

「家族と……海へ」


 答えやすい質問にはサクサク……とまではいかないがちゃんと答えてくれるんだな。そういえば、今年の夏は映研も、オカ研のあの夢の記憶でもサークル旅行には行ってないな。そろそろお盆だし、すでに海水浴かいすいよくのチャンスはいっしてしまったのが少々心残こころのこりだ。


「へーいいなあ。結構けっこう泳げた?」

「……はい」

「じゃあ、今年用の水着とか買ってもらったの?」


 沈黙。


 やっちまった。

 本題ほんだいからズレたとはいえ意外とスルスルと進む会話に、調子に乗ってなにを訊いてるんだ俺は。次の質問は「どんな水着?」だからな。会話だけ見れば完全に援交のおっさんである。いやおっさんじゃねーよ、おにいさんだよ。……そんなのどうでもいい!

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