11―34

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「モニカ! シンシア! 先に行け!!」


 マリエルは、そう叫んだ。


「矢が来る……」


 虚空を見上げてモニカがそう呟いた。


「モニカッ!!」


 ローラがモニカを庇うように前に出た。

 マリエルが奥を見ると【ライト】の光に照らされた空間から物凄い数の矢が飛んで来るのが見えた。

 マリエルの意識がカチリと切り替わる。危険を感じて強制的に戦闘状態になったのだ。

 少しスローになった世界でマリエルは、盾を持ち上げて矢を防ぐ。


 ――カン、カン、カン、カン、カン、カン、カン、カン……


 何本もの矢が盾に当たる感触があった。


「ローラ……」

「大丈夫よ。早く逃げて」

「分かった……」


 モニカたちが居るほうを見ると、ローラの身体が淡く光った。

 ローラが自分自身に回復魔法を使ったようだ。

 彼女は、重装戦士ではあるが、金属鎧は胸当てしか身に着けておらず、盾も装備していない。

 武器は、バスタードソードを両手持ちで使っているのだ。


 モニカが飛行して入り口のほうへ移動していく。

【フライ】を使ったようだ。飛行魔法の【フライ】は、馬の全力疾走よりも速度は出ないが、普通の冒険者が走るよりは速く移動できる。


 シンシアのほうを見ると、シンシアと目があった。

 彼女は、マリエルに頷いた後、滑るように疾走して行った。床の上を滑っているように見えるのは、精霊系の自己強化型魔術【ウインドブーツ】の効果だ。


わたしたちも逃げるぞ!」

「おぅ!」

「ええ……」


 マリエルたちも踵を返して逃げ出した――。


 ◇ ◇ ◇


 ――ザクッ……


 マリエルが扉に向かって走っていると、首の後ろに矢が刺さった。

 人間だったら致命傷だっただろう。

 他にも背中や足に矢が当たる感触があった。

 体力が少し減ったが、今のところ問題はない。

 扉までは、残り200メートルくらいだが、矢を受けながらだと遠く感じる。


「お姉さまーっ!!」


 扉のところからジョゼットが叫んだ。

 振り向いてローラを確認すると、彼女は半透明の蘇生猶予状態となって倒れていた。

 その向こうには、ショートソードらしき直剣と円形の盾を持ったスケルトンが迫って来ている。


「マリエル!?」


 ドミニクがマリエルに指示を仰ぐために名を呼んだ。


「構うな! 一度、撤退する!!」

「分かった!」


 マリエルとドミニクは、扉に辿り着いた。


「お姉様がぁっ!?」

「まだ、時間はある。一旦、扉の向こうへ退け!」


 マリエルは、モニカと共にジョゼットを抱えて扉の中へ入った。

 ドミニクとシンシアがその後に続く。


 ――ゴゴゴゴゴゴゴ……


 ドミニクが取っ手を引いて扉を閉めた。


「モニカ、どうだ?」

「……退いていく……」

「何とかなりそうじゃねぇか……」

「ローラの救出についてだが……シンシア、何か策はあるか?」

わたくしがスケルトンを引きつけますわ」

「お前が死んだら意味がないんだぞ?」

わたくしは、【ウインドバリア】が使えます」

「【ウインドバリア】は、どんな矢も受けないのか?」

「いいえ、術者の能力を超えた攻撃には対応できませんわ。わたくしの里にいらした弓の名人は、普通程度の術者が使う【ウインドバリア】でしたら貫通して攻撃できたそうですわ」

「大丈夫なのか?」

「ええ、スケルトン・アーチャーの矢には効きましたわ」


 シンシアは、高速に移動ができるので、囮としては適役だろう。


「分かった。では、最初にシンシアがローラのところまで行って【ストーンウォール】を設置した後、スケルトンどもを広間の端へ誘導してくれ」

「分かりましたわ」

「そして、わたしとジョゼがローラのところへ行って、ジョゼがローラを蘇生して連れ帰る」

「あたしたちはどうするんだよ?」

「ドミニクとモニカは扉を開けたまま保持していてくれ」

「あたしも行ったほうがよくないか?」

「ドミニクは、モニカの護衛だ」

「分かった」


 マリエルは、モニカを見た。


「モニカ、スケルトンは居なくなったか?」

「【レーダー】の範囲内からは居なくなった……」

「そうか……」

「早く行きましょう」

「まだ時間はある」


 蘇生猶予時間は、10分程度と言われている。

 ローラが倒れてから、まだ5分も経っていないだろう。


「しかし!?」

「落ち着け!」

「失敗したら全員死ぬ……」

「分かりました……」


 それから、2分ほど待ってからマリエルは、作戦開始を告げる。


「では、作戦開始だ」


 マリエルとドミニクが扉を左右から押した。


 ――ガガッ、ゴゴゴゴゴゴゴ……


「シンシア、行ってくれ」

「分かりましたわ」


 シンシアが【ウィル・オー・ウィスプ】の光を伴って通路から飛び出した。


「あっ……」

「どうした?」

「スケルトンが引き返してくる……」


 マリエルには暗くて奥が見えないが、【ナイトサイト】の魔術を使ったモニカには見えているようだ。


「モニカ、出るタイミングを教えてくれ」

「分かった……」


 シンシアの連れた【ウィル・オー・ウィスプ】の光は確認できるが、ローラの周囲にスケルトンが残っている間に近づくのは危険だ。


 暗闇の中に【ウィル・オー・ウィスプ】の青白い光が遠方に見える。

 その付近で白い光が弾けた。【ストーンウォール】の魔術を使ったのだろう。光は、一瞬で収まり元の暗闇に戻った。

 そして、シンシアの連れた【ウィル・オー・ウィスプ】の光が左のほうへ移動していく。

 それほど速い速度ではない。

 おそらく、速く移動するとついて来ないスケルトンが出ると予想してのことだろう。


「今……」

「ジョゼ、行くぞ!」

「はいっ!」


 マリエルとジョゼットは、先ほどローラが倒れた地点へ向けて走り出した。

 200メートルほど走ると半透明に透けたローラの身体が見えてきた。

 その奥には、シンシアが設置した【ストーンウォール】の壁が見える。


「お姉様っ!」


 ジョゼットが走り寄り、ローラの体に手をかざした。

 ローラの身体が淡く光った後、実体を取り戻す。


「んっ……」

「お姉様っ!」

「ジョゼ……わたくしは……?」

「ローラ。お前は、スケルトンの矢を受けて死んだのだ」

「そうでした……ご迷惑をおかけしました」

「時間が惜しい。早く回復しろ」

「分かりました」

「お姉様、回復いたします」


 ローラの身体が連続で淡い光に包まれた。


「二人は先に行け」

「分かりました」

「分かりましたわ」


 ローラとジョゼットが扉に向かって走り出した。

 扉の位置は、ドミニクの頭上に設置された【ライト】の光が目印となっている。


 マリエルは、【ストーンウォール】の魔術で作られた石の壁を見る。

 大量のスケルトンが存在するこの広い部屋の中で、この石の壁は非常に頼もしい存在に見えた。

 しかし、壁の向こう側がどうなっているのか確認することはできない。


 マリエルもローラたちの後を追って扉へ向かって走り出した――。


 ◇ ◇ ◇


「シンシア! もういい! 戻って来い!!」


 扉のところに辿り着いたマリエルは、振り返ってシンシアに向かって叫んだ。


「わ か り ま し た わ ーー !」


 シンシアが右のほうから少し間延びした返事を返してきた。

 彼女は、端から端までジグザグに移動してスケルトンを引っ張っているようだ。


 右奥から【ウィル・オー・ウィスプ】の光が入り口の扉に向かって弧を描くように近づいてきた。


「みんな、中へ入れ!」

「分かったぜ!」

「ええ」


 マリエルは、パーティメンバーを扉から退避させた。

 そして、扉を開いた状態で保持したまま盾を構える。


 凄い勢いでシンシアが扉のところに走ってくる。

 そして彼女は、急激に減速してから扉の前で反転した。


 入り口付近に白い光が展開し、石の壁が作られた。

 シンシアが【ストーンウォール】の魔術を使ったのだ。


 マリエルは、シンシアが扉の中に入ったのを確認して、扉の取っ手を引っ張った。


 ――ゴゴゴゴゴゴゴ……


 石と石が擦れ合う音がして、広間への扉が閉まっていく。

 マリエルには、その速度が亀のようにのろく感じた。


「ドミニク!」


 扉が閉まったところで、マリエルは、ドミニクに声を掛けた。


「おぅ!」


 ドミニクには、それで意図が伝わったようで、マリエルが保持している扉とは反対側の扉の取っ手を持って、開かないように引っ張る体勢をする。


「モニカ、どうだ?」

「……大丈夫……引き返していく……」

「奴等は、この通路まで来ないのか?」

「分かりませんわよ。わたくしは、攻撃いたしませんでしたから」


 今のところ、こちらからスケルトンに対して攻撃したことはない。

 もしかすると、危害を加えられていないので追い払うだけにしているのだろうか?


「でも、あれじゃ、突破するのは無理じゃね?」


 ドミニクが他人事のようにそう言った。


「…………」

「とりあえず、戻りましょ」


 マリエルたちは、落とし穴から落ちてきた袋小路まで戻った――。


―――――――――――――――――――――――――――――


 ここまで語ったところで、マリエルは深く息を吐いた。

 話は、ここで終わりといった雰囲気だ。


「それから、どうしたんですか?」

「そっ、それはっ……」


 僕が質問すると、マリエルが慌てた様子で言葉に詰まった。


「マリエルの奴は、帰る手段が絶たれたと思って自暴自棄になったのさ」


 金髪ショートカットの女戦士ドミニクがそう言った。ドミニクの身長は、170センチ台半ばくらいだろう。僕よりも少し背が高い。

 今は、鎧を脱いでカーラが装備しているようなハイレグTバックの革鎧の姿になっている。

 ストラップレスの胸元からはみ出た胸は、かなり大きかった。

 外見年齢は、20代後半くらいに見える。


「ドッ、ドミニク!?」

「ユーイチは命の恩人だろ? 聞いてもらえよ」

「リーダーは、快楽にふけっていた……」

「ちょっ、モニカッ!?」


 マリエルが頬を染めて狼狽する。


「そっ、それより、ユーイチ殿も座っては如何ですか?」

「そうですね。少し休憩しましょうか。食事でもどうですか?」

「では、シンシアに用意させましょう」

「いえ、僕も【料理】スキルは持っているので、僕が出しますよ」

「分かりました。料金をお支払いします」

「気にしないでください」

「助けて貰った我々がそこまでご厚意に甘えるわけにはいきませぬ」

「ホントにお気になさらず」

「リーダー……後で御礼をすればいい……」

「そうだぜ。身体で返せばいいだろ?」

「ふふっ、そうですわぁ」


 エルフのシンシアも会話に参加してきた。

 シンシアは、見たところエルフの中でも小柄な部類に入るだろう。身長は、推定155センチメートルくらいだ。

 装備は、ドラゴンスキン製と思われる胸当てを身に着けていた。他は、レリアと似たような装備と思われる。


「あの……? 先ほどの話では、あなた方は男嫌いなんですよね?」

「ん? あたしは、それほどでもないぜ。どっちもいけるから」

「男嫌いなのはリーダーだけ……」

「ちょっ、そうだったのか!?」

「女ばかりのパーティのほうが好みだけどな」

わたくしもそうです」

わたくしもですわ」


 アミエ姉妹がドミニクの言葉に同調した。


 姉のローラ・アミエは、金髪セミロングの髪型で身長と外見年齢は、ドミニクと同じくらいに見える。

 外で着ていたプラチナ製とおぼしき金属の胸当ては脱いでいて、現在は軽装戦士のような恰好をしていた。

 ドミニクとは違い、肌の露出が少ない革鎧と下半身には革製のスカートと革製のロングブーツを履いている。


 妹のジョゼット・アミエは、姉に比べ小柄で僕よりも少し背が低い。外見年齢は、20代半ばくらいに見えた。

 彼女は、白っぽいローブを身に着けている。『女神教』の教団員に近いよそおいだ。


『サンドイッチセット』『サンドイッチセット』『サンドイッチセット』『サンドイッチセット』『サンドイッチセット』『サンドイッチセット』


『コーンクリームスープ』『コーンクリームスープ』『コーンクリームスープ』『コーンクリームスープ』『コーンクリームスープ』『コーンクリームスープ』


 僕は、マリエルのパーティメンバーが座るテーブルに『サンドイッチセット』と『コーンクリームスープ』を出した。


「よかったら、どうぞ」

「ありがとうございます」

「感謝……」

「ユーイチ、ありがとな」

「ありがとうございますわ」

「ありがとうございます」

「ありがとうございます、ユーイチ様」


 マリエルたちが僕が出した料理を食べ始めた。


「うめぇ!」

「美味いな」

「おいしい……」

「新鮮なお味ですわ」

「美味しいですわね。お姉様」

「ええ、本当に美味しいわね」


 なかなか好評のようで、僕も嬉しい気分になった。


「ユーイチ、オレたちにも出してくれよ」


 カーラが隣のテーブルから催促してきた。


「貴様!? 主殿を何だと思うておる!」


 カチューシャがカーラを怒鳴りつけた。


「ヒィッ!? ご、ごめんなさい……」


 カーラがカチューシャに謝った。


「カチューシャさん。別にいいですから」

「しかし、主殿を召し使いのように扱うなど……」


『トレード』→『オフェーリア』


 僕は、オフェーリアに10万ゴールドと料理レシピを全て渡した。


『トレード』→『オフィリス』


 続けて、オフィリスにも10万ゴールドと全ての料理レシピを渡した。


「オフィリス、そっちのテーブルにも『サンドイッチセット』と『コーンクリームスープ』を出してあげて」

「分かりましたわ」


 クリスティーナのパーティメンバーが座るテーブルに『サンドイッチセット』と『コーンクリームスープ』が召喚された。


「妾の分は、無いのかぇ?」


 カチューシャがオフィリスにそう言った。

 しかし、オフィリスは、カチューシャの言葉を無視した。


 僕とカチューシャは、立っていたので、オフィリスは勘定に入れなかったようだ。

 他の使い魔なら、僕たちの分が必要かどうか聞いてくると思うが、ホムンクルスは命令されたことしか実行しないようなのだ。要するに融通が利かない。


「オフィリス、こっちのテーブルにも4セット出して」

「畏まりましたわ」


 オフィリスが隣のテーブルへ移動して、『サンドイッチセット』と『コーンクリームスープ』を4つずつ出した。


「カチューシャさん、そこのテーブルで僕たちも食べましょう」

「分かり申した」

「オフェーリアとオフィリスも一緒に食べて」

「畏まりました」

「分かりましたわ」


 僕は、テーブルの席に座って『サンドイッチセット』と『コーンクリームスープ』を食べ始めた――。


―――――――――――――――――――――――――――――

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