10―36

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 僕は、寮の扉の前に降り立ち、【インビジブル】と【マニューバ】と【グレート・シールド】を解除した。

 暫く扉の前で待っていると、階段を駆け下りてくる複数の足音が聞こえてきた。


「こっちです!」


【ウィル・オー・ウィスプ】を連れたアドルフ・レーマンが階段を降りてきた。


「イトウ! どうして!?」


 アドルフが僕を見て驚いた。

 その背後から、冒険者パーティが階段を降りてくる。

【ライト】や【ウィル・オー・ウィスプ】の魔術が使われ、次々に光源が発生した。

 アドルフが連れてきた冒険者の数は、12名のようだ。おそらく、2パーティだろう。


「レーマン! 早く、案内しろ!」

「了解です」

「生徒は、部屋の中に入っていて」


 ペリーヌが僕に向かってそう言った。


「はい」


 僕は、ペリーヌの言葉に従い、部屋の扉を開けた――。


 ◇ ◇ ◇


 ――ゴゴゴゴゴゴゴ……


 背後で扉が閉まる音がする。


「ユーイチ!? 何があったの?」


 クリスティーナは、扉の外を冒険者たちが走って行くところを見たようだ。


『大丈夫かな?』


 12名の冒険者とアドルフでは、大型種6体を含む18体のオークの相手はキツいかもしれない。

 イザベラはともかく、ペリーヌたちがオークに捕まって連れ去られるのは後味が悪い。

 僕は、通路に戻って彼らの手助けをしようかと悩んだ。


「ねぇ、ユーイチ? わたくしの話を聞いてる?」

「ああ、ごめん。考え事をしてた」

「それで、何があったの?」

「……今から話す内容は、誰にも言わないでくれますか?」

「……分かったわ。みんなも良いわね?」

「ああ、いいぜ」

「分かりましたわ」

「ええ、分かりました」

「いいだろう」

「いいわよ」


 僕は、テーブルの席に座って、先ほど起きたことについて話し始めた――。


 ◇ ◇ ◇


「ユーイチ、それは先生に報告すべきよ」

大事おおごとにしたくないんですよ。もしかしたら、死人が出るかもしれないので……」

「イザベラたちが死んだとしても自業自得よ」

「いえ、僕は助けようと思えば助けることができたのに見捨てたのです」

「お前は、殺されかけたんだぜ? どこまでお人好しなんだよ」

「お人好しじゃないから見捨てたんです!? だから……これ以上……この件には関わりたくない……。それに他にも僕がパトリックたちと一緒に居るところを見ていた人が居ると思うので、学園側に呼び出されて事情を聞かれるかもしれません。そのときは、正直に話します」

「分かったわ。こちらからは、報告しないでおきましょう」

「それより、救援に向かった冒険者たちは大丈夫かな……?」

「警備のパーティは、何人だったの?」


 アリシアがそう聞いた。


「12人です」

「だったら、心配いらないわ」

「どうしてそう思うのですか?」

「大型種が同数以上だと厳しいけど、6体なら問題なく倒せるわよ」


 冒険者の実力に詳しいアリシアがそう言うのなら心配は要らないだろう。

 僕は、少し気が楽になったような気がした。


「ユーイチ、今日も地下迷宮に行くつもり?」

「いえ、こんな事件も起きましたし、モンスターのリスポーンを考えたら1日空けたほうがいいかと」

「リスポーン?」

「復活のことです」

「『東の大陸』では、そういう言葉があるの?」

「僕の生まれ故郷では、そう呼んでました」


 それから、僕は、パーティメンバーたちと地下迷宮の部屋で過ごした――。


―――――――――――――――――――――――――――――


 翌日、教室にイザベラのパーティメンバーの姿は無かった。


 ――今日は、7月14日(水)だ。


 教室は、異様な雰囲気に包まれている。

 昨日の事件は、多くの生徒に知れ渡っているようだ。


 ガラッ――


 ジュリエッタ先生が入ってきて午前の授業が始まった。


「知ってる人も多いと思うけれど、昨日、学園近くの地下迷宮にオークの群れが侵入しました。それにより、イザベラ・フェーベルさんは、行方不明。パトリック・フェーベル君、エドガー・レーマン君は死亡しました。後の3人は、救援に駆け付けた冒険者により救助されましたが、自主退学しました」

「「――――っ!?」」


 ジュリエッタ先生が一呼吸置くと、静まりかえった教室の中で息を飲む声がいくつも聞こえた。


「学園は、この件を調査することになりました。安全が確認されるまで、通路の奥へは行かないように。そして、情報提供を求められた人は、協力してください」


『面倒なことになったな……』


 このままだと情報提供を求められるかもしれない。

 僕がイザベラのパーティメンバーと一緒に地下へ降りて行くところを見た生徒も居るはずだ。

 それに真相を知っている僕には、調査に協力する義務があるのではないだろうか?


 ジュリエッタ先生は、それらの報告をした後、通常のカリキュラムで座学の授業を始めた――。


 ◇ ◇ ◇


「イトウ君、職員室に来て頂戴」

「はい」


 僕は、午前の授業の後、ジュリエッタ先生から呼び出しを喰らった。


「ユーイチ、先に食堂に行ってるわね」

「分かった」


 僕は、教室を出てジュリエッタ先生の後について職員室へと向かった。


 ガラッ――


 ジュリエッタ先生が引き戸を開けて職員室へ入ったのに続いて僕も中に入った。

 そして、彼女の机に向かう。


「そこに座って」

「はい」

「用件は分かってると思うけどオークが侵入した件よ」

「ええ、そうだろうと思ってました」

「実は、あなたがオークを引き連れてきたという噂が流れているのよ」

「昨日の今日で、もうそんな噂が?」


 そう言われてみれば、今朝の教室で異様に感じたのは、僕に対する不安の眼差しだったのかもしれない。


「おそらく、意図的に流している者が居ると思うわ」

「事件の真相は、アドルフ・レーマンが知っていますよ。オークを引っ張ってきたのも彼ですから」

「それは本当?」

「ええ、あの場に僕も居ましたからね」

「どういうことかしら?」

「イザベラさんのパーティにおとしいれられたのです。迷宮の奥へ連れて行かれて、オークの群れをぶつけられました」

「イトウ君は、どうやって逃げたの?」

「【インビジブル】と【フライ】を使って脱出しました。その後、彼らがどうなったのかは知りません」

「なるほど……。そういうことだったのね……。でも、どうしてあなたを殺そうとしたのかしら?」

「彼らの会話から推測すると、最初は殺すつもりは無かったようです。たまたま、オークの群れに出くわしたので、引っ張ってきたみたいでした。僕を狙ったのは、前日にイザベラさんからパーティを移籍しないかと誘われたのに断ったからではないかと思います」

「何て馬鹿なことを……」

「質問してもいいですか?」

「何かしら?」

「救援に向かったパーティの人は、大丈夫だったのですか?」

「ええ、彼らが到着したときには、仮死状態になった4人の体があるだけで、オークは既に立ち去った後だったそうよ」

「では、どうして2人は亡くなったのですか?」

「それは……。【リザレクション】を使える回復系の術者が2人しか居なくて、4人のうち2人を蘇生したら再詠唱できるようになる前に残りの2人が死亡してしまったみたいなの……」


 蘇生猶予状態の間は、10分程度らしい。

 救援の冒険者が着いたときには、既に数分は経過していたと思われるので、残りの時間でリキャストタイムを回復させることができなかったようだ。


 ――そういう場合、蘇生する優先順位のようなものはあるのだろうか?


 魔法が使えるオスカー、ヨーゼフ兄弟の蘇生が優先されたのか、それとも倒れていた順に適当に蘇生されたのだろうか。


「イザベラさんは、オークに連れ去られたのですよね?」

「ええ、オークがすぐに退却したのも彼女を捕まえたからでしょうね。尤もここの地下迷宮に棲むオークは徘徊型ではなく拠点型だから、周囲に人気ひとけがなくなると戻って行くわ」


 学園では、モンスターを徘徊型と拠点型に分けて分類しているようだ。

 確かにワンダリングモンスターと拠点を防衛しているモンスターでは行動パターンが違う。


「救出部隊は派遣されるのですか?」

「ええ、フェーベル家が救出部隊を送るそうよ」

「勝算はあるのでしょうか?」


 僕は、レイコの実家のスズキ家が救出部隊を送り込んで失敗したことを思い出した。


「難しい作戦になるとは思うけれど、フェーベル家なら、あるいは……」


 今から思えば、スズキ家の救出部隊は、あまりにも戦力不足だったのではないだろうか?

 1対1ならオークの大型種でも倒せるレベルだったとしても、あんな少人数で千体を超えるオークに太刀打ちできるわけがない。ソフィアのような力を持った冒険者が居るのなら話は別だが……。


「イトウ君、食事に行ってもいいわよ」

「分かりました。失礼します」


 僕は、立ち上がって一礼をして職員室を後にした――。


 ◇ ◇ ◇


「ユーイチ、こっちだ!」


 食堂に入るなり、カーラに呼ばれた。

 彼女は、立ち上がって、手を振っている。

 僕は、パーティメンバーが座るテーブルへ移動した。


「ユーイチ、先生には話したの?」


 僕が席に座ると、クリスティーナが質問してきた。


「ええ。どうやら、僕がオークを引き連れて来たという噂が流れているようです」

「それ、ホント?」

「マジかよ!?」

「それで、真相を話してきました」

「その噂を流しているのは、フェーベル家の息の掛かった者でしょうね」

「どうして、そんなことを?」

「イザベラたちのやったことを隠すためじゃないかしら」

「僕を陥れようとしたことをですか?」

「ええ。真相が明るみになったら、かなり問題になると思うわ」

「イザベラさんたちは、自業自得とはいえ既に制裁を受けた形になっているのにですか?」

面子めんつの問題なのよ」

「家名に傷が付くとかですか?」

「ええ、そうよ」


『セコい裏工作がバレたほうが余計に家名に傷が付きそうなんだけど……』


「放っておいてもいいかな?」

「フェーベル家が動いているなら気をつけたほうがいいわ」

「どうして?」

「あの家は、黒い噂が多いのよ。『組織』と繋がっているとも言われているわ」

「そうなんですか? じゃあ、ソフィアさんに釘を刺してもらおうかな?」

「それは良い考えね。でも、そこまでしてくれるかしら?」

「『エドの街』でも商家を潰したことがあるので、僕は大丈夫ですけど、クリスたちは気をつけてください」

「商家を潰したのか?」


 カーラがその話に食いついてきた。


「ええ」

「どうやって潰したのか教えてくれよ」


 僕は、昼食を摂りながら、ヤマモト家との一件を話し始めた――。


 ◇ ◇ ◇


「凄ぇな」

「でも、フェーベル家は甘く見ないほうがいいわよ」

「それより、ユーイチ。お前が娼館を経営してるとは思わなかったぜ」

「経営と言っても、知り合いに任せっきりなので……」

「不幸な娼婦たちを助けるために新しい娼館を作るなんて……。素晴らしいですわ!」


 グレースがキラキラとした目で僕を見ている。

 娼婦たちを使い魔という名の奴隷にしてしまっている僕には、その尊敬の眼差しが心苦しかった。


「結局、娼婦をして貰ってますけどね」

「娼婦たちに刻印を施しているというのは本当か?」

「ええ。エルフの知り合いに【エルフの刻印】を刻んで貰った魔力系の魔術師が僕の娼館には何人も居ます」

「もしかして、母乳の件も娼婦たちで実験したのか?」

「いえ、使い魔の成長については、娼婦たちで確認しましたが、母乳は実体験からです」

「なるほど……。娼婦に刻印を刻んで使い魔にしたのだな?」


『グサッ!』


 レリアの言葉は、僕の心に突き刺さった。


「ええ、まぁ……」

「それで、どれくらいの確率で娼婦は使い魔になったのだ?」


 レリアもエルフらしく、その辺りのデータには興味があるようだ。


「100パーセントです」

「それは、凄いな……」


 クリスティーナが話題を変える。


「それで、ユーイチ。寮の奥は立ち入り禁止になっちゃったけど、今日の地下迷宮探索は止めておく?」

「いえ、前回と同じように地下迷宮への入り口から行けばいいでしょう」

「帰りはどうするの?」

「寮の先には見張りが立つのでしょうか?」

「そこまではしないと思うけど……」

「じゃあ、前と同じように朝方に戻ってくればいいかと」

「見つかったらどうするのよ?」

「別に……。本当のことを言えばいいのでは?」

「確かに……。地下迷宮で自主訓練とでも言っておけばいいわね」


 アリシアやレリアが居るパーティなので、その辺りは問題ないはずだ。

 問題になれば、ソフィアとのコネを利用することもできるし、最悪、退学処分になっても、このままのパーティで活動すればいい。


「ねぇ? ユーイチは、いつまで学園に居るつもりなの?」

「特に決めていません」

「そう……。わたくしたちは、半年後には卒業するのだけれど……」

「クリスたちが良ければ、一緒に卒業してもいいですよ?」

「いいの?」

「ええ、勿論」


 全ての座学を受けられないのは残念だが、また新しいパーティで学園生活を始めるのも面倒だ。


「座学のカリキュラムって、一年分あるのですよね?」

「いいえ、4ヶ月ほどで繰り返すわよ」

「そうなんですか?」

「ええ」


 一年分も座学のネタが無いのかもしれない。


 僕たちは、時間になったので、学園内の闘技場へ向かった――。


―――――――――――――――――――――――――――――

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