10―34
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僕とレリア以外のパーティメンバーが眠ったので、僕はレリアと二人っきりになった。
何となく居心地が悪い。
地下迷宮内の気温は、少し肌寒いと感じるくらいの温度だった。
僕は、体感から摂氏10~15度くらいではないかと予想する。
ローブを着込んでいる僕には、丁度良いくらいの気温だが、マントを着ているアリシアはともかく、ハイレグ水着のようなデザインのソフトレザーアーマーとその上に革の胸当てという装備のカーラには寒いのではないだろうか。
眠っているカーラを見ると籠手を外した両手を頭の後ろで組んで枕にし、仰向けで寝ている。左足は、曲げた状態で外に大きく開いた姿勢だった。内股や足の付け根が僕の位置からだと丸見えになっている。
寝相が悪くてそういう姿勢になったのではなく、最初からこういう姿勢で眠ったのだろう。刻印を刻んだ者は、不安定な姿勢で眠らない限りは、同じ姿勢で眠り続けるはずだからだ。
「ユーイチ、貴様の目的は何だ?」
気まずい沈黙を破るようにレリアが話し掛けてきた。
「…………? 目的とは?」
「その強さで学園に入学して、こうやってパーティメンバーを地下迷宮に連れてくることにどういう意図があるのかと聞いているのだ」
「深い意味はありませんよ。全ては成り行きです。パーティメンバーに【魔術刻印】を刻んだり、こうやって地下迷宮で戦闘経験を積んで貰っているのは、知的好奇心からですね。どういう条件で冒険者が強くなるのか興味があるからです。それにレリアさんも強いのに学園に入学されていますよね?」
「私は、パーティメンバーを求めて入学したのだ」
「そうなんですか?」
「貴様は、知らないようだが、パーティメンバーを求めて学園に入学する冒険者も居るのだ」
「1万ゴールドも払ってですか?」
「ああ、良いパーティメンバーを得るためには惜しくはない」
確かにその気持ちは分かるが、現実問題として普通の駆け出し冒険者には難しいだろう。
「酒場などで探してもロクな者が寄ってこないからな」
「でも、学園でもパーティメンバーに恵まれるとは限らないのでは?」
「私の場合は、男が多いパーティは嫌だったので、女が多いパーティに入れて欲しいと教師に頼んだのだ」
「じゃあ、僕のときみたいに、どこのパーティが獲得するかという相談は無かったのですね?」
「ああ、アリシアと同じように最初からクリスのパーティに入れられた」
「なるほど……」
学園側もある程度の希望は聞いてくれるようだ。
しかし、僕のときには、そういった説明は全く無かったので、入学する生徒が申し出た場合にのみ検討するということなのかもしれない。
「何かすいません。僕のような男がこのパーティに加入してしまって……」
「前にも言ったが、貴様のような子供だったら何も問題はない。だから気にするな」
「でも……。胸を見られたりして嫌でしたよね?」
「なっ……。何度も言わせるな! 貴様のような子供に見られたところで、どうということはない!」
その割にレリアの顔は羞恥に染まっていた。
あまり
僕は、話題を変えることにした。
「そういえば、この街には、他にも2人のエルフが住んでいるんですよね? その人たちのパーティに入れて貰うことは考えなかったのですか?」
「ああ、誘われたが断った。尤もシンシアのパーティに加入していたら、今頃、私も迷宮の奥で行方不明になっていただろうがな……」
「レリアが加入することでパーティの戦力がアップして、難局を切り抜けられた可能性もあるのでは?」
「貴様は、楽観的だな」
レリアが笑みを浮かべた。
「どうして、断ったのですか?」
「……そうだな。気兼ねしたというのが一番の理由だろうな」
「なるほど……」
上京して同郷の人にあれこれと世話を焼かれるようなものだったのだろうか。
確かに同郷人というだけで世話になるのは心苦しいかもしれない。
「ユーイチ、貴様は精霊系の魔術も使えるのだろう?」
「やはり、気づいておられましたか……」
おそらく、【マイナー・ストレングス】と【マイナー・アジリティ】を作成したときに気づかれたのだろう。
「最初に疑ったのは、【メディテーション】の話を聞いた時だ。何故、使えもしない魔術を貴様に刻印したのだろうと疑問に思ってな……」
「なるほど……」
「そして、確信したのは、貴様が新たな精霊系魔術を作成した時だ。【刻印付与】を持っていたとしても使えない系統の魔術を作成することはできるはずがない」
「ええ、お察しの通りです」
「それに母乳により成長するという話を知っているのに貴様自身が自分の能力を成長させていないことも不思議に思った。もしかして、回復系の魔術も使えるのか?」
「はい。僕は、最初から魔力系と精霊系の魔術が使えたのです。そして母乳の力によって回復系も使えるようになりました」
「凄まじい才能だな……」
「このことは、他のメンバーには黙っておいて貰えますか?」
「いいだろう。しかし、何故だ?」
「勿論、このパーティがピンチに陥ったら、
「なるほど……。一理あるな」
僕は、レリアと話をしながら、パーティメンバーたちが目を覚ますのを待った――。
◇ ◇ ◇
「んっ……」
「ふぁーっ、よく寝た」
「「…………」」
10分ほどで5人のパーティメンバーは、次々と目を覚ました。
――カーラは、眠った感覚があるのだろうか?
「カーラ、眠った感覚があるの?」
「ん? いや、そういうわけじゃねーけどよ。普通の人間だった頃の癖でな」
そう言って、両手を上げて身体を伸ばしている。
やはり、【冒険者の刻印】でも睡眠は、瞬間的なものなのだろう。
「どう、魔力は回復した?」
「オレは、7割くらいだな」
「
「
「あたくしもですわ」
「あたしも全快したわ」
「じゃあ、先へ進みましょうか」
「分かったわ」
そう言って、クリスティーナが先頭に立って歩き出した。
暫く歩くと右へ曲がる丁字路に差し掛かった。
――どちらに行けばいいのだろう?
「アリシア、ここはどっちに行けばいいのかな?」
「どっちにもコボルトやゴブリンが居るわよ。右に行くと学園の方へ繋がってるわ」
「ここから、寮の前の通路まで行けるかな?」
「たぶん、行けると思うわよ」
「じゃあ、帰りはここを通って寮に帰ろうか?」
「そうね。入り口を警備していた冒険者たちが心配するかもしれないけど、彼らもそのうち交替するでしょう」
「もしかして、地下迷宮に入って行ったパーティを申し送りしてるの?」
「さぁ? あたしは、地下迷宮の入り口の警備をしたことがないから分からないわ。でも、その可能性はあるわね。でも、帰ってこないパーティがあったからといって、捜索するわけじゃないと思うわよ。彼らが気にしているのは、モンスターを入り口まで引き連れて来ないかどうかってことだけよ」
つまり、冒険者は、迷宮内で死んでも自己責任というわけだ。
「ここは、とりあえず真っ直ぐでいいよね?」
「ええ」
【フライ】
僕は、歩くのが面倒くさくなってきたので、【フライ】で空中を移動することにした。
「ユーイチ、魔力は大丈夫なの?」
「【フライ】程度なら、一日中飛行していても大丈夫です」
「凄いわね……」
実際には、【メディテーション】による魔力回復のほうが高いので、半永久的に飛行していられるだろう。
もしかすると、【フライ】程度なら【メディテーション】を切っても通常の自然魔力回復でMPが減らないかもしれない。
僕たちは、右へ向かう通路を通り過ぎて真っ直ぐ進んだ。
暫く移動すると前方にコボルトらしき集団のシルエットが見えた。
まだ、【レーダー】には表示されていない。
「前方にコボルトが居る」
「戦闘準備!」
クリスティーナが号令を掛ける。
「やっぱり、魔力系の魔術師が居ると便利ですわね」
「ホントだぜ」
コボルトたちは、こちらに移動してきている。
コボルトたちは、まだこちらに気付いていないようだが、どれくらいの距離でこちらを探知するのだろうか?
「ユーイチ、どうするの?」
「こちらに近づいて来るから、ここで迎撃しよう」
「分かったわ」
僕は、【レーダー】に注目をする。
赤い光点が正面方向に表示されて、だんだんと近づいてくる。
【レーダー】上に表示された光点の数は、10個だった。
コボルトたちは、【レーダー】の探知範囲の半分くらいの距離で気付いたようだ。
約50メートルというところだろう。
――ギャー! ギャー! ギャン! ギャン!
コボルトたちは、叫びながら接近してくる。
それにしても、こちらのパーティには、頭の上に【ライト】の魔術を載せたメンバーが居るし、【ウィル・オー・ウィスプ】も召喚されているので、迷宮の暗闇の中では数百メートル先から確認できるはずだが、何故かその光には反応しないようだ。
そもそも、コボルトたちは、真っ暗な迷宮内で明かりも点けずに行動しているので、暗所では赤外線暗視――インフラビジョン――的な方法で周囲を見ているのかもしれない。
――犬っぽい外見からして耳や鼻も利きそうなのに、そういった手段では索敵していないのだろうか?
モンスターたちは、何者かによって決められたルールに従って行動しているように感じる。
【戦闘モード】
走って移動してきたコボルトたちが静止する。
【スリープ】【スリープ】【スリープ】【スリープ】【スリープ】【スリープ】【スリープ】【スリープ】
とりあえず、こちらに向かってくるコボルトたちの後方から順に8体のコボルトを眠らせた。
【スリープ】
すぐにリキャストタイムが終了して使用可能となったので、9体目も眠らせる。
眠ったコボルトたちは、地下迷宮の通路に勢いよく転倒した。
見たところ、コボルトの集団は9体中4体がエルダー・コボルトのようだ。
僕は、【戦闘モード】を解除した。
「全部で10体居て、4体は、エルダー・コボルトだね。9体は眠らせたよ」
「ユーイチ、貴様が刻んでいる【スリープ】の刻印は8個ではなかったのか?」
レリアが細かい突っ込みを入れてきた。
「低レベルの魔術だから、すぐに使えるようになるからね」
「私の目には、タイムラグがあったようには見えなかったのだが……」
今の僕なら、【マジックアロー】のような攻撃魔法をマシンガンのように切れ目なく撃ちまくることができるだろう。
『低レベル魔術の活用法としてはいいかもしれない』
面制圧を行うために開発した【ライトニング・ストーム】もあるので使い処が難しいが、弱い敵に囲まれたときなどに使える戦法かもしれない。
僕は、パーティメンバーが戦っている間、そんなことを考えていた――。
◇ ◇ ◇
コボルトの集団を倒した後、更に進むと突き当たりの丁字路に出た。
アリシアの助言に従い右へ進むとゴブリンの棲息地帯へ入り込んだ。
そこで、朝方までゴブリンを狩ってから、僕たちは引き返した。
軽く100体以上のゴブリンを倒したと思われる。
ゴブリンの棲息地帯は、『東の大陸』にあったようなゴブリンの拠点とは違い、一度に大量のゴブリンが出てくるわけではなかったが、ワンダリング集団を倒すのに手間取ると他の集団が次々にリンクして追加されるので、低レベルなパーティでは壊滅しそうな難所だった。
その上、ホブゴブリンやゴブリン・シャーマンなどの上位種も混じっていた。ただ、屋内だからか、地下迷宮には弓持ちのゴブリンは存在しないようだ。これだけ広ければ、弓もそれなりに有効だと思うのだが……。
ホブゴブリンの強さは、エルダー・コボルトやノーマルオークと同程度だと思うが、それら3種のモンスターには、それぞれに特徴があった。
その3体の中で一番腕力が高いのはオークだろう。その代わり、一番敏捷性に劣る印象だ。しかし、装備的に考えて、一番防御力が高いと思われる。
また、一番敏捷性が高いのは、エルダー・コボルトだが、筋力は3体の中では一番低そうだ。武装は、コボルトと同じ小ぶりの直剣とスモールシールドなので、3体の中では攻撃を回避しづらいが、受けた時のダメージは最も低いだろう。
ホブゴブリンは、3体の中では筋力も敏捷性も中くらいでバランスが良いモンスターだが、武器が両手持ちの金砕棒なので、攻撃力は高いが防御力は低い。
地下迷宮での戦闘により、レティシアとカーラとアリシアは、精霊系レベル2までの魔術が使えるようになり、クリスティーナも回復系レベル2の魔術が使えるようになったが、グレースは、回復系レベル3の魔術が使えるようにはならなかった。
おそらく、レベル1→レベル2よりもレベル2→レベル3のほうが必要な経験値が多いのだろう。
もしそうなら、レベル3の魔術が一番早く使えるようになるのは、グレースだと思われる。
来た通路を戻る途中で学園の方へ向かい、道中のゴブリンやコボルトを倒しながら、寮の近くへ戻ってきたときには、朝の9時を回っていた。
授業開始まで、あまり時間がなかったので、僕たちは【料理】スキルで出した『焼き芋』を歩きながら食べて学園の教室へ向かった――。
◇ ◇ ◇
――そして、7月13日(火)の授業が終了した。
「オイ! イトウ!」
僕は、学園の闘技場から地下迷宮にある寮の部屋に帰る途中でイザベラのパーティの重装戦士パトリックに呼び止められた。
「パトリック、いい加減にしつこいわよ?」
僕が振り向くと僕よりも先にクリスティーナがそう言って僕を庇うように前に出た。
「クリス、貴様に用はない」
パトリックは、相変わらず喧嘩腰だ……。
「今度は、何の用ですか?」
「お嬢様がお呼びだ、ついて来い!」
「ユーイチ、無視してもいいのよ?」
「いえ、また何か話があるようなので行ってきます」
「気をつけてね」
「ええ」
『激しくデジャヴだな……』
「こっちだ」
僕がパトリックの近くへ移動すると、パトリックは、身を翻して歩き始めた。
パトリックについていくと、先日と同じ建物の陰にイザベラのパーティメンバーの軽装戦士エドガーが居た。
イザベラは、まだ来ていないようだ。
「暫く、ここで待て」
パトリックがそう言った。
僕は、パトリックたちとイザベラが来るのを待った――。
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