10―33
10―33
学園から地下迷宮の入り口までは、徒歩で20分くらい掛かった――。
地下迷宮の入り口は、学園から見ると『プリティ・キャット』の方角にあった。学園から地下迷宮の入り口を移動する途中に『プリティ・キャット』があるような位置取りだ。また、地下迷宮の入り口は、学園と
地下迷宮の入り口は、『プリティ・キャット』から更に西側の治安が悪いと言われている地域に近い場所にあった。
周囲には、廃墟のような建物が立ち並び、人が生活しているような気配はない。
いつモンスターが地下迷宮の入り口から溢れ出すかもしれないところで生活するのは無理ということだろう。
しかし、この放棄されたように見える建物によって、昔はこの辺りにも人が住んでいたことを窺うことができる。
地下迷宮の入り口付近には、詰め所のような建物があり、10人以上の冒険者が居た。
数えてみたら、男性8人、女性4人の合計12人だ。
僕たちが地下迷宮の入り口に近づくと、重装戦士風の男性冒険者が出てきた。
「通行許可証を提示してくれ」
「そんなもの持ってないわ」
アリシアが前に出て返事をした。
「なっ……。あなたは、閃光のアリシア!?」
「ええ、あたしたちを通してくれるかしら?」
「しかし、あなたやそちらの魔術師殿とエルフはいいですが、他の4人はひよっこでしょう?」
僕は、現在『装備2』に換装してフードを被っているので顔は見えないはずだ。
「ねぇ? この魔術師をよく見て」
「……これは……。凄い……」
「彼女たちをあたしたちがサポートして訓練するつもりなのよ」
「分かりました。そういうことでしたら……」
「ありがとう。じゃ、行きましょ」
そう言って、アリシアが地下迷宮の入り口へ向かう。
僕たちは、アリシアの後を追った。
地下迷宮への入り口は、学園の寮へと続く入り口に酷似していた。
幅2メートルくらいの狭い階段通路が地下へと続いている。
【ナイトサイト】
時刻は、夕方の4時半くらいだが、地下は時刻に関係なく真っ暗だ。
【ライト】の魔術がクリスティーナ、レティシア、カーラの頭上に設置された。
レリアとアリシアが【ウィル・オー・ウィスプ】を召喚する。
階段を降りると、いきなり十字路に差し掛かった。
通路の大きさは、寮の通路と同じ幅10メートル、高さ10メートルくらいの広さだ。
左右の通路の真ん中に立て看板のような碑が設置してあった。
注意書きを読むと、右が学園、左が闘技場へ向かう通路となっているようだ。
「ここからは、
クリスティーナがそう申し出た。
「分かったわ。よろしくね」
クリスティーナがアリシアと先頭を交代した。
そして、十字路を真っ直ぐ移動する。
暫く歩くとまた十字路に出た。
「ここを左に行くとオークが出現するわ。真っ直ぐと右は、コボルトやゴブリンが徘徊しているわよ」
「真っ直ぐと右方向には、どちらにもコボルトとゴブリンが出るのですか?」
「ええ、そうよ。真っ直ぐは、闘技場へ獲物を引っ張るところに繋がっていて、右のほうは、学園が獲物を引っ張ってくる場所に繋がっているわ」
「勝手に狩ってしまってもいいのですか?」
「もう、捕らえていると思うから大丈夫でしょう。それに地下迷宮のモンスターを狩るのに優先権なんかないわ」
「じゃあ、先に真っ直ぐ行って、コボルトとゴブリンを狩り尽くしましょうか。その後は、右側ということで」
「本気?」
「ガンガン戦闘しないと強くなれませんよ?」
「見かけによらず好戦的なのね」
「頼もしいですわ」
「オレなんて、この迷宮に入ってから、ちょっと怖いんだけど……」
「オークに連れ去られたらと思うと恐ろしいですわ」
「さぁ、行くわよ」
クリスティーナの掛け声の後、僕たちは、地下迷宮の十字路を直進した。
【レーダー】
そろそろ、敵に遭遇してもおかしくないので、僕は【レーダー】の魔術を起動した。
本当は、【ワイド・レーダー】を起動したかったのだが、あまり遠くから敵を探知するのも問題があるので普通の【レーダー】のみにしておいた。
暫く歩くと前方に赤い光点が【レーダー】に表示された。
僕は、パーティの最後尾を歩いているので、パーティメンバーが壁になって前方が見えない。
「前方に敵が居るね」
「戦闘準備!」
クリスティーナが止まって号令を掛ける。
光点は増えていき、やがて8個になった。
横に移動して迷宮の奥を見てみると、【ナイトサイト】を使っている僕の目には、通路の先に居るコボルトの集団が見えた。
そのうち2体は、一際大きい。エルダー・コボルトだろう。
「コボルトが6体とエルダー・コボルトが2体かな……」
「そんな……」
「大丈夫、まずは普通のコボルトから倒そう」
「エルダー・コボルトを眠らせ続けることができるの?」
「ええ、問題ないと思います」
「分かったわ」
「ユーイチくん。補助魔法は、どうすればいいかしら?」
「レティとカーラに【ホーリーウェポン】、クリスとレティに【ダメージスキン】でいいと思うよ」
「分かりましたわ」
「レリアさんは、基本的に戦闘には参加しないで」
「分かった。それから、私のことはレリアと呼べ」
「了解、レリア」
「ユーイチ、このまま突っ込むの?」
「いや、僕が引っ張ってくるよ」
「そんな!? 危険だわ!」
「大丈夫」
【フライ】
「じゃ、行ってくる」
「気をつけてね」
「頼んだぜ」
僕は、【フライ】で飛行してコボルトに接近した。
ある程度、近づくとコボルトたちは、「ギャン! ギャン!」と騒いで僕のほうを指差した。
そして、僕のほうへ向かって移動してくる。
【戦闘モード】
コボルトの動きが静止した。
【スリープ】【スリープ】【スリープ】【スリープ】【スリープ】【スリープ】【スリープ】
エルダー・コボルト2体を含む7体のコボルトに【スリープ】の魔術を掛けた。
そして、残る1体に接近する。【戦闘モード】中だと、【フライ】では全速で飛んでも物凄く遅い。
コボルトの間合いに入って停止すると、コボルトは手にした小ぶりな直剣をゆっくりと振りかぶって僕に振り下ろした。
コボルトの剣は、蠅が止まるよりも遅く感じるスピードだったので、【戦闘モード】を切った。
――トン
コボルトの剣が僕の左胸の辺りにヒットした。木の棒で軽く叩かれたような感触があっただけだ。
【体力/魔力ゲージ】を確認すると、全くダメージを受けていなかった。おそらく、ほんの少しダメージを受けたが【リジェネレーション】が起動して即座に回復したのだろう。
僕は、反転して仲間のところへ戻った。
「何をやっていたの?」
「いや、バフ無しでコボルトに斬られたら、どれくらいのダメージか確認してみた」
「どうだったんだ?」
「殆どダメージは受けなかったよ」
「ホントかよ?」
「まぁ、コボルトの攻撃だし……」
「凄ぇな……」
――ガキン!
「カーラ、お喋りしてないで攻撃してくださいな」
レティシアがコボルトの攻撃を盾で受け止めながら、カーラに言った。
「わーってるって」
「二人とも精霊系の自己強化型魔術を忘れないで」
「おおぅ」
「分かってますわ」
「あと、【ライター】や【ウォーター】も使ってみて」
「意味あるのかよ?」
「戦闘中に何でもいいから精霊系魔術を使いまくれば、精霊力は上がる可能性はあるよ」
その辺りの仕組みがどうなっているのか、僕にも確証はない。
モンスターを倒したときに得られるお金が経験値とイコールなのではないかと思われるのだが、そのときに、戦闘中に何をしていたかによりステータスの成長が違うようなのだ。
無意味な魔法でも戦闘中に使っていれば、ステータスが成長する可能性は十分にある。
より正確な表現をするなら、「成長させたいステータスに経験値の配分が多くなる」だろう。
カーラが持つ槍の穂先とレティシアが持つ剣の剣先に【ライター】の魔術により火が灯った。
同時にコボルトの頭上から水が流れ落ちる。
これはこれで、コボルトの行動を阻害する効果がありそうだ。
すると、コボルトの眼前で何度も光が弾けた。
クリスティーナとグレースが【フラッシュ】の魔術で攻撃しているのだろう。
アリシアが精霊系レベル1の攻撃魔法である【フレイムアロー】や【アイスバレット】などを空中から発射する。
彼女は、【レビテート】を使って空中に浮いていた。
コボルトは、アリシアの魔法攻撃を受け、瞬く間に白い光に包まれて消え去った。
その後、僕たちのパーティは、エルダー・コボルトには多少時間が掛かったものの、残り7体のコボルトたちを倒した――。
◇ ◇ ◇
「楽勝だったな」
「ユーイチやアリシアのおかげでしょ」
カーラの軽口をクリスティーナが
「わーってるって」
僕は、今の戦闘でどれくらいの魔力を消費したか気になったので、パーティメンバーにMP残量を聞いてみる。
「魔力の残量は、大丈夫ですか?」
「7割くらい残っているわ」
「あたくしは、半分くらいですわ」
「オレは、1割も残ってないな」
「
「あたしは、8割程度ね」
特にカーラとレティシアの魔力消費が激しいようだ。
二人とも元は魔法が使えなかったので、MPの最大値も低いのかもしれない。
魔法が使えない冒険者にも魔力――MP――はある。
そして、そのMPの量は、魔法が使えない冒険者でも一定ではないはずだ。
おそらく、レティシアのほうがカーラよりもMPの最大値が元から高いのだろう。
勿論、カーラが【ウォーター】の魔術を使っていたこともあるだろう。
しかし、レティシアも数体のコボルトを倒した頃には、【ウォーター】の魔術が使えるようになったようで、コボルトたちに【ウォーター】で水を掛けていた。
「少し休憩しよう」
「分かったわ」
【調剤】→『作成』
僕は、地下迷宮の壁を背に腰を下ろして、目を閉じて【調剤】のスキルを発動した。
『作成したい薬剤をイメージしてください』と表示されたので、『魔力回復薬』の10倍効果バージョンをイメージした。
すると、ドロリとした液状の青いポーションになったことが分かる。
飲みにくそうなので、効果5倍――5倍濃縮――で2倍の量を瓶詰めしたものにする。
[レシピ作成]
名前は、『魔力超回復薬』とした。
同様に『体力超回復薬』も作成する。
【調剤】→『レシピからポーションを作成』→『魔力超回復薬』
―――――――――――――――――――――――――――――
・魔力超回復薬・・・600.00ゴールド
―――――――――――――――――――――――――――――
とりあえず、5本購入する。
『トレード』
目を開けて、クリスティーナ、レティシア、グレース、カーラ、アリシアの5人に配った。
「これは?」
「魔力超回復薬?」
「魔力を回復させるポーションだから飲んでおいて」
「うっ、濃いわね……」
「不味くはねーぜ」
「そうですわね」
「……美味しかったですわ」
「そうね」
『ゴミ袋』
僕は、『ゴミ袋』を召喚して袋の口を開けた。
「飲んだ人は、この中に瓶を捨てて」
5人がポーションを飲んで、『ゴミ袋』に瓶を捨てた。
僕は、『ゴミ袋』を『アイテムストレージ』へ戻す。
「凄いですわ。魔力が少しずつ回復していくのが分かりますわ」
「ホントだ。こりゃ、凄ぇぜ」
「ユーイチ。【調剤】の【魔術刻印】も持っているのか?」
「ええ……。一応、【基本魔法】は全て持ってますよ」
『魔力超回復薬』は、全体的に見れば『魔力回復薬』の10倍の効果だが、効果が5倍のポーションを2倍の分量にしたので、単位時間当たりの回復量が5倍で効果時間は2倍のはずだ。
つまり、MP0の人が飲めばMPの全回復に1時間半くらいかかるだろう。
睡眠を併用すれば、その半分くらいで回復するはずだ。
「じゃあ、今ポーションを飲んだ人は、10分の睡眠を摂ってください」
「どうして?」
「睡眠中は、倍の速度で魔力が回復するからですよ」
「そうなんだ……」
「知らなかったぜ」
「座学では、そういうことは教えないのですか?」
「聞いたことねーな」
「まぁ、まだ全部の授業を受けたわけじゃないでしょうし……」
「いいえ、そんなことは学園じゃ教えないと思うわ」
アリシアがそう言った。
「どうしてですか?」
「一般的には、知られていない知識だからよ」
「そうなんですか?」
「確かに睡眠を摂ると体力や魔力が通常よりも早く回復することは知られているわ。でも、ポーションの効果が倍になるなんて話はあたしも聞いたことがないもの」
「なるほど……」
「そういったポーションは、戦闘前に飲むのが普通だから、飲んだ後に眠るという発想が無いのだと思うわ」
「じゃあ、僕とレリアさんで見張りをしますので、10分間の睡眠を摂ってください」
「分かったわ」
「ユーイチ、寝てる間に変なことするなよ?」
「しませんって」
「あたくしは、ユーイチくんにならされてもいいわよ」
「早く寝ろ」
「レリアに怒られちゃったから、もう
「おやすみなさい」
僕とレリアを除いた5人が眠りについた――。
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