10―32

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 午後の実技も終わり、今日の授業は、全て終了した――。


 午前中の座学は、先週のようにモンスターについてではなく、冒険者の装備についての講義だった。

 戦闘スタイルと装備の関係や、そのメリット・デメリットなど、なかなか興味深い内容だった。


 昼休みには、僕たちが座る食堂のテーブルに多くの学園生が押しかけ、アリシアを質問攻めにしていた。

 彼女が迂闊うかつなことを言わないかと内心ハラハラしたが、意外と当たり障りのない受け答えをしていて安心した。

 アリシアは、入学した動機について、前から学園に興味があり、学園生活を送ってみたかったと答えていた。

 家の後ろ盾も無しに1万ゴールドをポンと払ったのだろうから、剣闘士は結構儲かる仕事なのかもしれない。


 午後の実技は、コボルトが相手だった。

 先週、聞いたようにコボルトとゴブリンを日替わりで相手にするようだ。つまり、月曜日と水曜日がコボルトで火曜日と木曜日がゴブリンということだろう。

 僕たちのパーティは、アリシアが加わったことで、更に安定というか戦力過剰な状態だった。

 ただでさえ、僕が1体を残して他を眠らせてキープするため楽勝だったのにコボルトなんか一撃で倒せるアリシアまで加わったのだ。

 アリシアが攻撃すると他のパーティメンバーの訓練にならないということで、彼女にはレビテートで空中からたまに【マジックアロー】を撃って貰うことにした。


 他のパーティでは、あの金髪縦ロールのイザベラが【スリープ】の刻印を複数刻んできたようで、オスカーとパトリックが1体ずつ相手をするコボルト以外を眠らせてキープしていた。

 途中で何度も掛け直していたので、少々危なっかしかったが、前回の戦闘に比べると格段に安定していたと思う。

 見たところ、イザベラは、8~10個くらいの【スリープ】を刻んでいるようだ。


 リカルドのパーティのバルトロという魔力系魔術師も2つ目の【スリープ】を『組合』で刻んできたようだが、2体のコボルトをキープしきれずに戦線が崩壊し、バルトロはコボルトに斬り殺されていた。

 ヒーラーじゃなくてもマジックキャスターは、ヘイトが高くなりやすいということだろう。

 また、魔術師は、モンスターに近接戦闘で攻撃され始めたら装甲が薄いのですぐ倒されてしまうことも分かった。

 僕もシールドなどの防御魔法を使わなければ、結構なダメージを受けるのかもしれない。

 いや、HPや耐久力が高いので装甲が薄くてもそんなにダメージは受けないかもしれないが……。


『バフ無しでどれくらいのダメージを受けるか試しておいたほうがいいかも?』


 これまでは、高度なバフを入れて万全な状態で戦っていたので、十全な支援魔法が期待できない今のパーティでは危機感を持つ必要があるかもしれない。

 自分で入れることはできるが、衆人環視の中で使うと能力がバレてしまう可能性がある。

 新しく魔法を取得したレティシアやカーラ、アリシアにも授業では魔法を使わないように言っておいた。

 何故使えるようになったのかと注目されるのを嫌ったのだ。

 刻印を刻んでみたら使えたということにしてもよかったのだが、大商家出身のレティシアが、何故、能力を見るための刻印を刻んでいなかったのかと勘ぐられるだろう。


「オイ! イトウ!」


 学園の闘技場から地下迷宮の部屋に戻る途中でイザベラのパーティの重装戦士パトリックに呼び止められた。


「パトリック、ユーイチに何の用?」


 僕が振り向くと僕よりも先にクリスティーナがそう言って、僕を庇うように前に出た。


「クリス、貴様に用はない」


 パトリックは、随分と喧嘩腰だ……。


「何の用ですか?」

「お嬢様がお呼びだ! ついて来い!」

「ユーイチ、無視してもいいのよ?」

「いえ、何か話があるようなので行ってきます」

「気をつけてね」

「ええ」


 クリスティーナは、警戒しているようだ。


 ――クラスメイトに闇討ちされることなんてあるのだろうか?


 日本の学校の常識を物差しに異世界の冒険者の学園を計ることはできないが、流石にそんな無法が許される世界だとは思えない。


「こっちだ」


 僕がパトリックの近くへ移動すると、パトリックは、身を翻して歩き始めた。


 パトリックについていくと、校舎の陰にパーティメンバーに囲まれたイザベラが待っていた。


「よく来ましたわね」

「僕に何か御用ですか?」

「あなたは、わたくしのパーティにお入りなさい」

「へっ?」

「お嬢様のご命令だ。従ったほうがいいぞ」

「いえ、僕は今のパーティが気に入っていますから、お断りします」


 こんな勧誘の仕方で誘いに乗る人は居ないだろう。


「貴様! フェーベル家に逆らったらどうなるか分かってるのか?」


 パトリックが脅すように言った。


「どうなるのですか?」

「これだから田舎者は……」

わたくしのパーティに入られたら、装備や生活の面倒を見て差し上げますわよ?」

「別にお金には困っていませんから……」


 イザベラが眉をひそめた。


ずるいと思いませんこと?」

「何がです?」

「メリエールのパーティのことです。あの忌々しいエルフに貴方、そして閃光のアリシアまでが同じパーティだなんて……」

「確かにクリスのパーティの戦力は高いですけど、クラスの冒険者パーティの戦力を均等にしないといけないという決まりがあるわけではないでしょう?」


 オスカーが口を挟む。


「落ち目のメリエール家の者について行ってもいいことはないぞ?」


『ローマの街』の商家は、本当に貴族っぽい印象だ。

 他の街の大商家にも感じたことだが、『ローマの街』は特にそういう印象が強い。

 領地を持たないだけで、その他は貴族とそう変わらないわけだし、貴族的になっていくのは仕方がないのかもしれない。


「冒険者にそんなものが関係あるのですか?」

「ふふっ……随分と世間知らずなのね」

「お嬢様。こいつは、単なる田舎者です」

「それで、返事はどうなさるのかしら?」

「お断りします」

「貴様っ!?」

「あの、脅しているようですが、僕にもコネはあります。この街の組合長のソフィアさんとは知り合いなんですよ。昨日も一緒の家に泊まりましたし……」

「なんですって!?」

「な、なんだとっ!?」

「嘘だッ!?」


 ソフィアの名前を出したら効果覿面こうかてきめんだった。

 やはり、彼女の力は大商家にとっても脅威なのだろう。

 それにイザベラたちは、経験不足で僕の強さが分からないようだ。

 僕と戦えば瞬殺されることが分かっていたら、こんな態度を取ることはないだろう。


「『エドの街』の組合長繋がりで知り合いなんですよ」

「「…………」」


 どうやら、信じたようだ。


「では、失礼します」


 僕は、地下迷宮にある寮の部屋に戻った――。


 ◇ ◇ ◇


 ――ゴゴゴゴゴゴゴ……


「ただいま」


 背後で扉が閉まる音を聞きながら、僕はパーティメンバーたちに帰宅の挨拶をした。


「「お帰りなさい」」

「おー、お帰りー」

「お帰り」

「それで、イザベラは何の用だったの?」

「パーティに入らないかと誘われました」

「やっぱり……」

「気付いてたんですか?」

「ええ……。わたくしたちのパーティは、クラスの中では浮いてしまうほど強くなってしまったわ」

「イザベラさんも狡いと言ってました」

「それでユーイチを仲間にしようとしたわけか……」

「断ったのよね?」

「ええ、勿論です」

「男としちゃ当然だわな。あんな男ばっかりのパーティより、女しかいねぇウチのほうがずっといいよなぁ?」

「……まぁ、正直に言えばそうですね……」

「おっ、ユーイチにも案外女好きなとこがあるんだな? 安心したぜ」


 カーラが近づいて来て、右腕を僕の首に回して肩を組んだ。


「でも、変なことはしませんよ?」

「わーってるって」


 クリスティーナが声を掛けてくる。


「ねぇ、ユーイチ?」

「何ですか?」

「アリシアが言っていたのだけれど、アリシアなら顔パスで地下迷宮へ入れるそうよ」

「そうなんですか? アリシアさん?」

「あたしのことは、アリシアと呼び捨てて頂戴。もう、同じパーティの仲間なのだから。みんなにもそう言ったのよ」


 カーラが口を挟む。


「あの閃光のアリシアを呼び捨てにするのは抵抗があったけどな」

「分かりました。アリシア」

「あたしが居なくてもユーイチやレリアが居れば通れると思うわよ」

「そうなんですか?」

「ええ、門番の冒険者たちから見て合格の強さなら通すのよ」


 レティシアがアリシアに質問をする。


わたくしたちも通して貰えますか?」

「同じパーティメンバーだったら大丈夫だと思うわ。でも、レリアだけだったら流石に難しかったかもしれないわね」


 足手纏いが多いと強いメンバーが居ても通して貰えないようだ。

 パーティの総合力みたいなもので判断されるのだろうか。


「じゃあ、この後、地下迷宮に行ってみましょうか?」

「えーっ! マジかよ!?」

わたくしたちがいつまでも足手纏いになるわけにはいかないわ」

「とりあえず、カーラとレティとアリシアの精霊系魔術がレベル3になるまでは鍛えたいですね」

「そりゃ、嬉しいけど、そんな簡単には無理だろ?」

「戦いまくれば、すぐにレベルは上がると思いますよ」

「ホントかよ……」


 問題は、【ライター】や【ウォーター】で精霊力が上がるのかということだ。

 単に戦闘中に使えばいいだけなのか、モンスターにダメージを与えたりしないと駄目なのかが分からない。


「――――!?」


 僕は、閃いた。

 カーラの腕から逃れ、テーブルの席に座る。


【魔術作成】→『改造』


 目を閉じて、【魔術作成】を起動した。

【ストレングス】を改造する。

 強化する効果を4分の1に設定した。

 その魔法を【マイナー・ストレングス】という名前で登録する。

 続いて、同様に【アジリティ】を改造した【マイナー・アジリティ】も作成する。


「じゃあ、レリアさん以外は、順番に並んで……」


 僕は、目を開けてパーティメンバーにそう言った――。


 ◇ ◇ ◇


 レリア以外のパーティメンバーに【マイナー・ストレングス】と【マイナー・アジリティ】を刻印した。


「今、刻んだのは、精霊系の【マイナー・ストレングス】と【マイナー・アジリティ】という自己強化型魔術なんだけど、使える? アリシアは、使えると思うけど」

「ええ、あたしは使えるわ」

「オレも使えるぞ」

わたくしも使えますわ」

わたくしには使えないわ」

「あたくしも使えませんわ」


 だいたい予想通りだった。レティシアが使えるかどうかがポイントだったのだ。

 つまり、これらの魔術は、【ウォーター】よりも魔力消費が低いか単純な魔術のようだ。

 レベルが高い魔術というものは、魔力消費が高く【魔術刻印】が複雑なものということだ。

 魔力消費が低くても複雑な動作をする魔術はレベルが高くなるということだろう。【魔術刻印】をコンピュータプログラムに例えると、コードが長く処理が複雑なものほどレベルが高いということだ。そして、発動時に消費される魔力――MP――によってもレベルは変わる。単純な【魔術刻印】でも消費されるMPが膨大ならばレベルが高くなるようだ。複雑な【魔術刻印】で膨大なMPを必要とする魔術は物凄くレベルが高くなり、並の術者では使用できない。


「じゃあ、これから戦闘中は、その自己強化型魔術を使ってください」

わたくしたちもレリアの母乳を飲んでいれば、そのうち使えるようになりますの?」

「ええ、ただクリスとグレースさんは、回復系魔術のレベルを上げることを優先したほうがいいと思います。とりあえず、【リザレクション】が使えるようになるのが先決でしょう」

「戦闘中は、どうすればいいの?」

「【フラッシュ】などの回復系魔術を使いまくってください。グレースさんは、【ダメージスキン】や【ホーリーウェポン】といった支援魔法をもっと使ってください」

「分かったわ」

「分かりましたわ」


 僕は、グレースがバフを入れるところを見たことがなかった。

 おそらく、僕が敵を1体だけ残して眠らせてしまうので、必要ないと判断していたのだろう。

 イレギュラーな事態を想定してMPを温存することも重要だ。

 しかし、能力を成長させるためには、無駄と思えても積極的に魔術を使用したほうがいいだろう。


「アリシアは、【メディテーション】を覚えるまで直接戦闘は行わず、精霊系の魔術師として後衛から精霊系の魔術を使って攻撃などを行ってください」

「分かったわ。それで、その【メディテーション】というのは、どんな魔法なの?」

「魔力の自動回復を行う精霊系魔術です」

「そんな魔術は聞いたことがないわよ?」

「ええ、知り合いのエルフに教えて貰った魔術なので」

「『東の大陸』は進んでいるのね……」

「じゃあ、食事をした後、地下迷宮へ行きましょうか」

「ええ」

「分かりましたわ」

「分かったぜ」

「そうしましょう」

「いいだろう」


 僕は、パーティメンバーたちにコース料理を振る舞った――。


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