10―28
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「おお、消えた!」
「アリシア様は、魔力系の魔術師でもありますからね」
アリシアは、【インビジブル】を使ったようだが、常に【トゥルーサイト】を使っている僕の目には消えたようには見えない。
「ユーイチには、見えるのではないか?」
「ええ、見えます」
アリシアは、【レビテート】を使って空中に浮かび上がった。
対戦相手の男は、大剣を闇雲に振り回している。
【インビジブル】対策のマジックアイテムを持っていないようだ。
「レリアさんは、【インビジブル】を見破るマジックアイテムは?」
「残念ながら、持ってはいない」
考えてみたら、材料費だけでも2万ゴールドを超えるので、エルフと言えども簡単には作れないだろう。
精霊系の魔術が使えるなら、【ウインドブーツ】で逃げることもできる。『組合』で売られている魔術の中では、精霊系の【ウインドブーツ】が最も速度が出るのだ。
「何処に居るの?」
クリスティーナが僕に聞いた。
「【レビテート】で浮かんで、対戦相手の頭上に居ます」
アリシアは、男の頭上の背後に回った。
アリシアの太ももの【魔術刻印】が淡く光るのが見えた。
それと同時に男が大剣を落とし、崩れ落ちる。
アリシアは、男の体を背後から支えた。
そして、全身鎧の目の部分にあるスリットから、スティレットを突き込んだ。
えげつない攻撃だが、刻印を刻んだ人間なら失明したりはしない。
ビクッと震えて寝ていた男が目覚めたようだ。
そして、スティレットを握るアリシアの腕を掴んだ。
この展開は、意外だった。掴まれてしまえば、姿を消す利点が失われてしまうからだ。
しかし、大男が腕を外すことができないでいる。
おそらく、レベル差の関係で腕力もアリシアのほうが高いのだろう。
アリシアは、左側にもスティレットを突き込んだ。
男は、そちらの腕も掴んだが、その瞬間に蘇生猶予状態となった。
アリシアは、再びレビテートで空中に浮かんだ。
僕と目が合った気がした。
アリシアが片目を瞑った。
『ウインクされた?』
いや、不特定多数へのサービスだろう。
――カーン!
試合終了の鐘が鳴り、「ウァーッ!」という大歓声が起きた――。
半透明になった全身鎧の男は、神官服のようなローブを着た女性に【リザレクション】を掛けられて蘇生した。
剣闘士たちが引き上げると空中に浮かんだウィンドウが消えた。
「午前の部は終了ね」
『現在時刻』
時刻は、【11:51】だった。
「どうします? お昼ご飯に何か出しましょうか?」
「じゃあ、何か簡単なものを出してくれる?」
『たこ焼き』『たこ焼き』『たこ焼き』『たこ焼き』『たこ焼き』『たこ焼き』
僕は、『たこ焼き』を出した。
「お、何だこれ?」
「『たこ焼き』という食べ物です。さっきの『お好み焼き』とは親戚のような食べ物です」
「『お好み焼き』を丸くしたものなの?」
「いえ、そうではありませんが、使っている材料は割と共通してます」
タコが入っているということは言わないほうがいいかもしれない。
西洋人は、タコが苦手という話を聞いたことがあるからだ。
「美味ぇ!」
「美味しいわね」
「『お好み焼き』も美味しかったけれど、こちらのほうが好みですわ」
「これも、初めて食べるな……」
「美味しいですわ」
僕は、久しぶりに『たこ焼き』を食べた――。
◇ ◇ ◇
『ゴミ袋』
僕は、『ゴミ袋』を出して、ゴミを回収した。
入り口を縛って、『アイテムストレージ』へ戻す。
「やはり……」
声がした方を見るとフード付のローブを着た女性が近づいてきた。
そして、客席の段を上り、僕の目の前で止まる。
フードの中の顔は、先ほど戦っていたアリシアという女性だった。
「アリシア様っ!?」
レティシアが声を上げた。
「しーーっ!」
アリシアが口に人差し指を当ててそう言った。
レティシアが慌てて口を押える。
こちら側の観客席は、僕たちが来た時ほど空いてはいなかったが、僕たちの周囲には人が居ないため、レティシアの声は聞かれなかっただろう。
アリシアが僕を見る。
そして、僕の前で跪いた。
「「――――!?」」
僕を含めたパーティメンバー全員がこの行動に驚いた。
「どうか、あたしに力を貸してください」
「僕に言ってるのですか?」
「勿論よ」
「何故?」
「あなたが、凄い力を持っているからです……。さっき、試合中にあなたを見つけて、ここで改めて確信したわ」
「そういうのって、分かるのですか?」
「ええ」
「じゃあ、そこに居るエルフのレリアさんは、どう見えます?」
アリシアがレリアを見る。
「あたしよりは、強そうだけど、あなたほどの圧倒的な力は感じられないわ」
「レリアさんは、僕を初めて見たときに、そういう印象を受けましたか?」
「いや……。おそらく、相手の強さを推察する能力は、【冒険者の刻印】特有のものだと思われる」
「そうなのですか?」
「同胞からもそんな話は聞いたことが無いからな」
「でも、オレたちは、ユーイチを見てもそんなに強そうだとは思わなかったぜ」
「
「装備なんて、金がありゃ何とでもなるじゃねーか」
「この人の強さが分からないのは、あなたたちがまだ未熟な証拠よ。あたしも駆け出しの頃は、全く分からなかったわ」
――【冒険者の刻印】には、ある程度レベルが高くなると、刻印を刻んだ存在の強さが分かるようになるという機能があるのだろうか?
【エルフの刻印】が刻まれた僕は、その機能を持っていないため、相手の強さを見ただけでは分からないということだ。
アリシアは、僕とクリスティーナの間に強引に割り込んで来る。
「そっちへ移動して」
4人が一つずつ席を移動した。
空いた場所にアリシアが座った。クリスティーナが座っていた僕の隣の席だ。
「クリス、場所を変わってくださる?」
「……分かったわ」
クリスティーナとレティシアが場所を変わる。
アリシアは、また僕を勧誘する。
「ねぇ? あたしに力を貸してくれない? もし、承諾してくれるのなら、あなたのものになるわ……」
「具体的に何がしたいのですか?」
「……ごめんなさい。それは言えないの……」
「それでは、回答のしようがないです。それに僕は、学園に入学したばかりですし……」
「どうして、あなたほどの力を持った人が……?」
「僕は、刻印を刻んでまだ1年ほどなので、知識が足りていないのです。ですから、冒険者のことを学ぶために学園に入学したんですよ」
「……そう……。じゃあ、あたしも学園に入学するわ」
「「――――!?」」
僕たちは、また驚いた。
「剣闘士の仕事は、どうするのですか?」
「辞めるわ」
「そんな……簡単に……」
「契約があるわけじゃないのよ。試合の日に行かなければ不戦敗になるだけだから……」
「いいのですか?」
「ええ、剣闘士をやっていたのは、強いパートナーを探していただけ。もう、見つけたからいいわ」
「…………」
「あ、挨拶が遅れたわね。あたしは、アリシア・マーキュリーよ。『閃光のアリシア』っていう、恥ずかしい異名もあるわ」
――恥ずかしいのに何で名乗っているのだろう?
「誰が付けたのですか?」
「剣闘士の登録名は、何でもいいのだけれど、有名になると主催者側からこういう異名を付けられちゃうのよ」
「どうして、閃光なのですか?」
「アリシア様は、剣闘士で一番のスピードがあるからですわ」
レティシアが誇らしげに答えた。
「あたしより速い剣闘士は、何人か居るわよ。スピードでは、レヴィが一番じゃないかしら。そもそも、精霊系の魔術で強化した者には敵わないわ」
「あー、神速のレヴィな」
「神速のレヴィ?」
「精霊系の魔術を使う剣闘士だよ。小柄でスピードがあるんだよな。見た目は、15歳くらいなのに鬼強いぜ?」
カーラが僕の質問に答えてくれた。
「あたしの場合は、【マジックアロー】を放った瞬間に【フライ】で移動して、【インビジブル】で姿を消したりするから、そういうトリックが閃光の二つ名になったのだと思うわ」
「なるほど……」
「で、そろそろ、あなたの名前を教えて欲しいのだけど?」
「あ、すいません。ユーイチと言います」
「ユーイチだけ?」
「ユーイチ・イトウです」
「イトウ……聞いたことがないわね。見たところこの辺りの出身じゃないみたいだけど……?」
「『東の大陸』から来ました」
「なるほど、エルフが住んでる大陸ね」
「ええ……」
「そっちのエルフと一緒に?」
「いえ。僕は最近、この街に着いたばかりです」
「そりゃそっか、あなたみたいな人が居たらとっくに話題になってる筈よね」
アリシアが何やら不穏なことを言っている……。
――カーン!
鐘が鳴った。午後の試合が始まったようだ――。
◇ ◇ ◇
午後は、パーティ戦だった。
まず、6人ずつのパーティ対パーティの試合が2試合あった。
ルールは、誰か一人でも戦闘不能になった時点で試合終了のようだ。
流石に【エクスプロージョン】や【ファイアストーム】、【ブリザード】のような広範囲攻撃魔法は使われなかったが、【ファイアボール】や【ライトニング】のような派手な魔法が飛び交っていたので、観客は大いに沸いた。
その後、6人パーティ対10体のコボルトとゴブリンの戦闘が1試合ずつあった。
つまり、午後の試合は2時間で4試合ということだ。
こちらは、殲滅戦のようだったが、パーティ側に蘇生猶予状態になる者が出た場合は、中断されるようだ。
刻印を刻んだ者やモンスターが戦うため、血が飛び散ったりするようなシーンも無いし、野蛮な催しではないと思う。
中には、物足りないと感じる客も居るのかもしれないが……。
スプラッター映画とかが苦手な僕には、想像していたような残酷なショーではなかったので良かった。
アリシアに聞いた話では、パーティ戦に出場しているのは、『組合』の依頼を受けたパーティで、午前の試合のように優勝チームを決めたりするわけではないようだ。
勝ったチームには、全員に5ゴールドずつ、負けても1ゴールドずつの報酬が貰えるので、割と人気の依頼のようだが、その分、競争率が高く、数か月先まで予約で埋まっているとか。
「アリシアさん、剣闘士の中には強い人は居なかったのですか?」
「あたしが、勝てない相手も居たわね。でも、それは相性の問題だったりで、絶対に勝てないという圧倒的なものではなかったわ」
「ユーイチには、絶対に勝てないと思うのでしょうか?」
「ええ……。戦ったら、一瞬で殺されちゃうでしょうね」
「そんなに凄いのか……?」
「あまり、持ち上げないでくださいよ……」
「ふふっ。でも、あなたにも分かってるでしょ?」
「いえ、僕には相手の強さが分からないので……」
「ホントに?」
「ええ、先ほどの戦闘のときも【戦闘モード】を起動しなかったので分かりません」
「戦闘モード……? 面白い言い方をするのね」
この辺りでは、【戦闘モード】とは言わないようだ。
この言い回しは、確かフェリアから教えて貰ったし、『東の大陸』に居るときには突っ込まれたことはない。
「レリアさんは、『東の大陸』出身ですから、【戦闘モード】で違和感ないですよね?」
「ああ。エルフの間でも、そう呼ばれていた」
「人間に刻印をもたらしたエルフが使っているのなら、【戦闘モード】が正式名称なのかしら……?」
クリスティーナがそう言った。
「つーか、『もーど』ってどういう意味だよ?」
「何だろう? 形態かな? 【戦闘モード】は、戦闘形態……と訳すのがしっくり来ると思うし……」
「魔術師は、何でそう横文字を使いたがるのかねぇ……?」
「横文字って、何の言語か知ってるの?」
「さぁな。でも、魔法の名前とかで使ってるのがそうだろ?」
「例えば、『ファイア』は、『火』のことですわよね?」
レティシアが補足した。
やはり、日本語や英語といった概念は無いものの、そういった外来語の知識はあるようだ。
「ねぇ? この後は、どうするの?」
アリシアが僕たちに聞いた。
「まだ、決めてなかったわね」
「良かったら、僕が作った喫茶店へ行きませんか?」
「おお、ユーイチは、店を経営してるのかよ?」
「ええ、成り行きで……」
「それじゃ、決まりね」
僕たちは、闘技場を後にした――。
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