10―24

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 すっかり、冷めてしまったコーヒーを啜る。

 背後でごそごそとクリスティーナが動く音がした。


『何してるんだろ?』


 衣擦れの音も聞こえてくる。

 どうやら、装備ではない普通の服に着替えているようだ。


わたくしも魔法が使えたら良かったのに……」


 レティシアがそう呟いた。


「成長によって魔法が使えない人でも、使えるようになることがありますよ」

「ホントですの?」

「そんな話は聞いたことがないぞ?」


 エルフのレリアは、否定的な見解を示した。


「実際に確認してますから、本当の話ですよ」

「ほぅ……。話してみろ」

「その方法は、いくつかあるのですが、そのうちの一つは、高レベルな女性冒険者の母乳を飲むことです」

「「…………」」

「……からかっているのか?」

「いえ、本当の話です。刻印を刻んだ女性からは、母乳が出ますが、この母乳に魔力のようなものが含まれているようです。ですから、授乳されることで、ほんの少し強くなるんですよ。おそらく、男性の精液にも同様の効果があるのではないかと思われますが、効果を確認したことはないです」

「母乳の効果は、確認したのか?」

「はい、実際に僕が魔法を使えるようになったのも高レベルな女性から授乳されたからです」

「ふむ……。確かにあり得ない話ではないな……」

「じゃあ、わたくしも誰かの母乳を飲めば魔法が使えるようになりますのね?」

「誰でもいいというわけではありません。その効果は極めて低いので、物凄く強い人の母乳を飲まないと目に見える成果は得られないと思います。それに高レベル同士でも自分と同じくらいのレベルの人から授乳されても殆ど成長はしないのではないかと……」

「レリアなら、効果があるのではなくて?」

「そうですね……。レベル5の魔法が使えるレリアさんなら効果があると思います。それでも、すぐには無理だと思いますけどね」

「ということは、わたくしよりもグレースの母乳のほうが効果が高いということかしら?」


 クリスティーナが話に加わった。

 長椅子を跨いで僕の隣の席に座る。

 キャミソールと言うのだろうか? 裾の短い薄いワンピースのような黒っぽい色の上着を着ていた。

 丈が短いので白い下着が見えている。

 僕は、彼女の身体から目を逸らした。


「どうして、そう思うのですか?」

わたくしは、回復系レベル1の魔術しか使えませんが、グレースはレベル2まで使えるのよ」

「それは、クリスがコンボクラスだからだと思いますよ」

「コンボクラス?」

「重装戦士と回復系魔術師の役割を同時にこなしていますよね? 戦闘で得られる経験は、特化したほうが早く成長するのです」

「つまり、中途半端は良くないということ?」

「いえ、タンクとしてもヒーラーとしても活躍できるのは良いことだと思います。ただ、先にどちらの能力を成長させるかを決めてから戦ったほうがいいかもしれません」

「ユーイチは、どうすればいいと思う?」

「タンクとしての性能は、装備で底上げできますし、僕が【スリープ】で眠らせればパーティは1体のモンスターに集中できますから、ヒーラーとしての能力を上げたほうがいいかもしれませんね。レベル3の回復系魔術が使えるようになれば、【リザレクション】や【ミディアムヒール】を使うことができますし」

「確かにそうね。それじゃ、わたくしも母乳を飲めば、更に成長できるということよね?」

「はい。しかし、母乳の効果は低いので戦闘で魔法を使いまくるほうが成長は早いですよ」


 レリアが口を挟む。


「他には、どんな方法があるのだ?」


 母乳の話から話題を変えようとしているのだろうか。

 このままだと、母乳を吸われることになると思ったのかもしれない。


「冒険者の成長は、『筋力』・『敏捷性』・『耐久力』・『魔力』・『精霊力』・『神力』の6つの能力を上げることで、少しずつ強くなっていくのですが……」

「ちょっと待て!? お前は、どうやってそれを知ったのだ?」

「精霊系レベル2の魔術に【ストレングス】や【アジリティ】がありますよね? それらの魔術を改造してみれば分かりますよ」

「なん……だと……」


 レリアは、ショックを受けたようだ。

 僕は、元の世界のゲームの影響でステータスという概念を考えてしまうが、この世界の住人には、魔法はファンタジー世界の出来事ではないので、そのようなシステム的なことを考えたりはしないのだろう。


「それらの成長は、戦闘時に何をしたかによって、どの能力が上がるかが決まるようです。例えば、僕のように戦闘中に魔力系魔術の【スリープ】ばかり使っていたら、『魔力』の能力が上がります。戦士でも攻撃ばかりしていると『筋力』が上がるようですし、防御ばかりしていると『耐久力』が上がるようです。この辺りは、推測ですけどね」

「体力や魔力はどうなの?」


 クリスティーナが質問をした。


「体力や魔力については、正確なところは分からないです。『耐久力』が体力に『魔力』が魔力に関係してそうな気がしますが、もしかすると、『筋力』・『敏捷性』・『耐久力』の3つが体力に影響を与え、『魔力』・『精霊力』・『神力』が魔力に影響を与えているのかもしれません。全く関係ないところで成長している可能性もありますし……。検証する方法も思いつかないので……」

「それで、母乳を飲む以外の方法とは何だ?」


 レリアが話を戻した。


「えっと……」


 僕は、先ほど話の腰を折られたので、考えをまとめてから話し始める。


「『組合』で販売されている【魔術刻印】は、それぞれの系統の魔術を5段階にレベル分けしていますが、実際の能力というものは、そんな風に段階的に成長しません。例えば、レベル1の魔術の半分の威力の魔術を作成することもできます。その場合、レベル1の魔術が使えない人でも使える可能性があるのです」

「――――!? そういうことか!?」

「何がですの?」


 レティシアがレリアに質問した。


「ユーイチの話を要約すると、簡単な魔術を刻印して、その魔術を使うことで能力を成長させることができるということだ」

「ただ、本人の素質がその域に達していないと魔術は使えません。魔法の素質が全く無い人でも母乳と併用すれば、いつかは使えるようになると思いますけどね」

「その能力って、母乳を飲む以外には、戦闘時にしか成長しないのかしら?」


 クリスティーナが質問した。


「おそらく、敵を倒したときに入手するお金の量によって少しずつ成長するのだと思います」

「モンスターとの戦闘で、多くのお金を稼いだ冒険者は強いってことね」


 それは、使い魔たちの成長を見ても間違いないと思う。

 戦闘中ではなく、敵を倒したときに成長しているのは間違いないからだ。

 そして、敵を倒したときに得られるお金は、素質を計るバロメーターと考えられているようだ。だから、素質の高い者は、成長も早いのだろう。

 ちなみに使い魔が敵を倒しても、使い魔にはお金は入らず、僕の『アイテムストレージ』に入る。それでも使い魔は成長するので、自身の『アイテムストレージ』にお金が入らなくても能力が成長することはあるようだ。

 召喚中の使い魔とは【サモン】の刻印を通じて繋がっているようなので、僕に入った経験値が召喚中の使い魔にも【サモン】の刻印を通じてフィードバックされるのかもしれない。また、その経験値は、召喚していない使い魔には入らないようだ。


「その他には、何か方法はないのか?」


 レリアが更に突っ込んだ質問をしてきた。


「もう一つだけあります」

「ほぅ……何だ?」

「召喚魔法で使い魔になれば、主人の成長の影響を受けます」

「召喚魔法だと!?」

「まぁ、あまり現実的ではないのですが、この方法が一番簡単に成長することができます」

「具体的にどうするのだ? 召喚魔法というものは、滅多に成功しないと言われていたはずだが?」

「術者に絶対の信頼を寄せている場合には、成功する確率が格段に上がるようです」

「……なるほど、しかし、人間を使い魔にすることができるものなのか?」

「刻印を刻んだ存在なら、モンスターでも人間でもエルフでもゾンビでさえも使い魔にすることは可能です」

「ゾンビを使い魔にすることが可能だと!?」

「それはともかく、召喚中の使い魔は、主人が成長すると同時に成長します。戦闘に参加しなくても経験を得ることができるのです。その場合、能力が満遍なく上がるようで、使えなかった系統の魔術が使えるようになることもあります」

「……それが本当の話だとしても誰かの使い魔になってまで、魔法を使いたいという者が居るとは思えんな」

「ええ、ですから現実的な方法ではないのです」


 レリアとの会話が途切れたところでレティシアが話し掛けてくる。


「ユーイチ、わたくしにも刻印をしてくださるかしら?」

「分かりました」


 僕は、テーブルと反対向きに座り直す。

 レティシアが席を立って僕の前に来た。


「装備を脱ぎますわね」

「待って」

「はい?」

「その装備では、使えない魔術がありますので……」


 僕は、レティシアの装備を見る。

 戦闘中は、頭に兜を被っていたが、顔を覆うタイプではなかったので、顔になら刻印できるが、使い魔でもない女性の顔に刻印を施すのは気が引けた。

 現在は、籠手を身に着けていないが、戦闘時には装着するようなので手も駄目だ。

 腰には、カオリが装備していたような腰鎧――ウエストアーマー――を装備している。


『この中の太ももとかに刻んでも発動させられるのだろうか?』


 僕は、金属の板を捲ってみた。


「きゃっ!?」


 レティシアが悲鳴を上げて手で股間を押さえた。


「あっ、ごめんなさい……」

「い、いえ、こちらこそ。変な声を上げてしまいましたわ……」


『もしかして、下着を履いていないとか?』


わたくしのためにしてくださるのですから、どうぞお好きになさって……」


 僕は、もう一度、金属の板を捲ってみる。

 確かキュイスとかいう太ももに装着された防具が結構上のほうまで脚をカバーしていた。

 脚の付け根を見ると、やはりノーパンだった。


「向こうを向いて貰えますか?」

「はっ、はいですわ……」


 レティシアが恥ずかしそうに答えた。

 後ろから確認するとキュイスの裏側は、下部は金属製だが、上部は革のベルトで繋いであるだけだった。

 この辺りなら発動させることができるだろう。


「装備からキュイスを解除して貰えますか?」

「分かりましたわ……」


 白い光に包まれてキュイスが消え去った。


【刻印付与】


 僕は、金属の板を捲りながら、太ももの裏に刻印を施していく。

 回復系のレベル1のみ金属に覆われていた部分に刻印した。

 とりあえず、どの系統の魔術が使えるようになったか確認するだけなので、各レベル1の魔術をひとつずつと【ライター】と【ウォーター】の魔術だけを刻んだ。

 具体的には、【マジックアロー】・【フレイムアロー】・【ヒール】・【ライター】・【ウォーター】の5つだ。

【ライター】と【ウォーター】の魔術は、精霊系のレベル1未満の魔術なので、いきなり使える可能性もあった。他の系統では、そういう魔術を作成していないのだが、精霊系のみ【ライター】と【ウォーター】という簡単な魔術を以前に作成していたのだ。

 両方刻んだのは、どちらの魔術が簡単か分からなかったためだ。魔術の規模から予想すると【ライター】のほうが簡単そうだが。

 また、【ライター】と【ウォーター】は、魔術の発動形態は自己強化型魔術と同じだが、MPの消費タイプが自己強化型魔術と同様というだけで、炎や水を特定の場所に出す魔法なので、装備の影響を受けるはずだ。これらの魔術が金属鎧の下から発動できるなら、【ファイアストーム】や【ブリザード】などもできることになってしまう。


 ――もしかすると、【ファイアストーム】や【ブリザード】などの自己強化型魔術も可能かもしれない……。


 MPを消費しながら持続するそれらの魔術は、強力な攻撃魔法となるだろう。

 そう考えると、【ファイアストーム】や【ブリザード】よりも【ヴォーテックス】をベースに作成したほうがいいかもしれない。移動阻害の効果が有効そうだ。

 僕は、機会があれば、その魔術を作成してみようと思った。

 しかし、精霊系の魔術なのでパーティメンバーが居るところでは試し撃ちができないのが難点だ。


 レティシアは、クリスティーナの従姉妹なので、回復系の魔術に適性がありそうな気がする。

 こういった素質は、遺伝するようだからだ。『魔女』のユリアの家系は、魔力系の魔術師を多く輩出する家系だったそうだが、それが原因で家の者たちが増長し、結果的に迫害されたという話だった。

 もしそうなら、【ヒール】を改造して威力の弱い【ヒール】を作成して刻むのが一番良いのだろうが、クリスティーナと能力が被ってしまうので、できれば精霊系の魔術が使えるタンクになってほしいと思う。

 精霊系は、金属鎧を身に着けていると使えない魔法も多いが、自身を強化する自己強化型魔術も多いので、そういった魔術は金属鎧を装備していても使えるし、戦闘にも有効だろう。

 また、遺伝説が正しいなら、逆に魔力系魔術の適性は低い可能性が高い。


「終わりましたよ」

「ハァ……ハァ……ハァ……ハァ……」


 レティシアは、荒い息を吐いていた。


「――――っ!? あ、ありがとうございます!」


 レティシアが慌てて僕から離れた。


「どうですか? 『魔法を使う』と念じると何か使える魔法はありますか?」

「いえ……使える魔法はありませんわ……」


 よく考えたら、レティシアも素質を見るために各系統の刻印を刻んでいる可能性があった。


「やはり、母乳を飲んで成長するしかないでしょうね」

「レリア。頼めるかしら?」

「なっ!? 待ってくれ! 女同士でそんな……」

「授乳は、神聖な行為ですよ。それにパーティメンバーの成長に繋がるわけですし……」


 僕は、フォローを入れた。

 授乳されることで、レティシアが魔法を使えるようになれば、成長システムの解析にも繋がる。

 そのため、レリアには、是非とも協力して欲しかった。

 いっそのこと、フェリアの母乳を飲ませて、早く結果を知りたいくらいだ。


「し、しかし……」

「……ユーイチ、あなたの精液でも成長するのよね……?」


 クリスティーナが恥ずかしそうにそう言った。

 僕の前に立っているレティシアもそれを聞いて俯く。


「いや、それは効果を確認していませんし……」

「試してみればいいのではないか?」


 授乳するのが嫌なのか、レリアが焚き付ける。


「駄目です! 授乳は、神聖な行為ですが、それは男女の睦事むつごとになってしまいますから」

「そっ、そうですわよね。それにカーラたちもわたくしたちより、強くなってはいませんし……」


 レティシアが否定した。

 流石に男の精液を飲むのには抵抗があるのだろう。


「……仕方がないな。レティ、こっちへ来い」

「分かりましたわ」


 レリアが立ち上がって反対向きに座った。

 レティシアがレリアの席へ向かう。


 僕もテーブルに向かって座り直した――。


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