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 レイコからのメッセージは、ヤマモト家のジロウが死んだというものだった。

 正直言って嫌な男だったので、死んだと聞いても憐憫れんびんの情すら湧かなかったが、何故、直接関係ないジロウの死を伝えてきたのだろうか?


 ――『夢魔の館』で死んだのだろうか?


 しかし、娼婦たちは【リザレクション】の魔術が使えるため、蘇生できるはずだ。


「それで、ジロウさんの死とウチの娼館が何か関係あるの?」

「昨夜遅く、トモコ殿が『春夢亭しゅんむてい』の4人の娼婦と共に『夢魔の館』に逃げて来られたのだ」

「どうして?」

「娼婦たちと共にジロウに呼び出されたようだ。そして深夜、賊が侵入してきたので逃げたという話だ」

「それで?」

「先ほど、ユウコ殿が『組合』の使者として来られた。トモコ殿にジロウと女中の殺害容疑が掛かっているらしい」

「なるほど……」


 つまり、容疑者というよりも重要参考人ということではないだろうか?


「分かった。じゃあ、すぐに戻るよ」

「よろしいのですか?」

「うん、『闇夜に閉ざされた国』の調査は別に急ぎじゃないし、詳しい事情を聞きたいから」

「ありがとうございます」

「じゃあ、通信終わり」


【テレフォン】→『フェリス』


「フェリス、エルフたちを帰還させて」

「分かりましたわ」


 後ろを見ると、空中に浮遊していたエルフたちが何回かに分けて白く光って消え去った。

 それを確認してから、僕は【ワイド・レーダー】を確認する。

 右前方にも赤い光点の集団があった。

 その集団に近寄らないように左前方――北北西――に移動する。

【ワイド・レーダー】から光点が消えたところで、雪原に降りた。


【テレフォン】→『フェリア』


「フェリア、ここに『密談部屋』の裏口を召喚して」

「畏まりました、ご主人様」


 雪原に小さな扉が出現する。

 僕は、扉を押し開けて中に入った。


 フェリア、フェリス、ルート・ニンフ、ニンフ1、ニンフ2、ルート・ドライアードの順で中に入って来た。

 ルート・ドライアードが扉を閉めたのを確認する。


「フェリア、扉を戻して」

「ハッ!」

「通信終わり」


 扉が消えて壁になった。それを見て僕は、【エアプロテクション】と【インビジブル】をオフにする。


「ご主人様」


 また、【テレフォン】によるメッセージが入った。この声は、ドライアードの誰かだ。


【テレフォン】


 僕も【テレフォン】を起動して通話する。


「何か見つけた?」

「はい、リザードマンの棲息地帯を見つけましたわ」


【マップ】を見ると千葉県の九十九里浜の辺りにあるようだ。利根川の河口付近だろうか。

 そこに「リザードマン棲息地」と補足を記入する。


「ありがとう、引き続きよろしく」

「畏まりましたわ」

「通信終わり」


『夢魔の館・裏口』


 僕は、入ってきた扉のほうからみると右奥にある壁に『夢魔の館』の裏口の扉を召喚する。

 扉を開けて、『夢魔の館』の地下にある食堂のような部屋に移動した――。


 ◇ ◇ ◇


主様ぬしさま!」

「あっ、ご主人様」

「ユーイチ様」

主殿あるじどの

「旦那様」

「「お帰りなさいませ!」」


『夢魔の館』に入るとレイコと娼婦たちが挨拶してきた。


「ただいま」


 僕は、適当な席にテーブルを背にして座った。

 すると、レイコ、ユウコ、トモコの3人が僕の前にやって来た。


「じゃあ、事情を話して」

「畏まりました、旦那様」


 そう言ってトモコは、昨夜の出来事を語り始めた――。


―――――――――――――――――――――――――――――


 昨夜9時頃、『春夢亭』にジロウの使いが来て、トモコは4人の娼婦と共にジロウが住むヤマモト家の別宅へ来るよう伝えられた。

 トモコや娼婦がジロウに呼び出されるのは久しぶりだ。『夢魔の館』が出来てから、ジロウは『春夢亭』の娼婦を呼び出すことはなかった。

 いつものようにジロウは、酒を飲んでトモコや4人の娼婦とまぐわった後、女たちと一緒にベッドで寝ていた。


 ――キャーッ!


 突然、女中の悲鳴が聞こえたそうだ。

 トモコが時刻を確認すると、深夜の2時過ぎだった。


 そのすぐ後に廊下を走る足音が聞こえ、入り口の扉がドンドンと叩かれた。


 ――ドン! ドン! ドン!


「旦那さん! 大変だす!」

「何事だ?」

「はよぅ! こっちへ!」


 カメキチのただごとではない様子にジロウは、起きあがって部屋を出て行った。


「あんたたちも服を着な!」

「「はいっ」」


 4人の娼婦に服を着させて、トモコも白無垢に黒いフード付の外套がいとうに換装する。彼女があるじからいただいた装備だ。


「お前達は!?」


 別荘の入り口のほうから、ジロウの声が聞こえてくる。

 何か争っているようだ。


「や、やめろー!」


【ウィル・オー・ウィスプ】


 トモコは、【ウィル・オー・ウィスプ】を召喚して部屋の中を照らした。

 部屋の奥には、4人の娼婦が抱き合って怯えている。

 入り口の扉が音もなく開かれた。

 そして、黒っぽい革鎧を着て、頭に黒っぽい頭巾を被った小柄な不審者が部屋に入ってくる。


「何者だい?」

「死に行くものに名乗る名はない」


 賊は、男の声でそう言った。

 その言葉を聞いてトモコは焦った。この男は自分達を皆殺しにするつもりなのだ。

 次の瞬間、男はスティレットと呼ばれる刺突武器を抜いてトモコに襲いかかった。


 トモコの意識が危険を感じてカチリと切り替わる。【戦闘モード】が自動的に起動したのだ。

 男の動きがスローモーションに見える。

 トモコは、男の攻撃を左に回避して突きをかわし、そのまま背後に回り込んで、男を入り口方向に突き飛ばした。【体術】の刻印により、最適な体捌きが自動的に行えたようだ。


 ――ガッシャーン!


 男は凄い勢いで吹き飛び、グラスなどを薙ぎ倒して壁に激突した。


【マジックミサイル】


 トモコは、壁を突き破り倒れた男をターゲットに【マジックミサイル】を発動する。

 トモコの前方から男に向かって光の矢が放物線を描いて飛んだ。

 光の矢が当たった男は、一瞬白く光って半透明の仮死状態となる。

 トモコ自身には戦闘経験がないものの、ユーイチの使い魔となったことで、何万体ものトロールを討伐したのと同じくらいのレベルになっていたのだ。

 魔法の選択は、倒れた男に速やかにトドメを刺すための対人用の魔法をイメージすると、いくつかの魔法がリスト表示されたので、トモコは、【マジックミサイル】を選択した。


「何をしている!」


 複数の男達が廊下から部屋に入ってきた。

 見たところ4人だ。

 トモコから見て一直線に並んだ瞬間、トモコは魔法で攻撃した。


【ライトニング】


 ――パリッ、ガガガーン!


 青白い閃光が走り、近くで落雷したかのような爆音が鳴り響く。4人の男たちは白く光って半透明の仮死状態となった。


「キャーッ!」


 その音に驚いた娼婦たちが悲鳴を上げた。


【マニューバ】


 飛行魔法を起動して部屋の壁に体当たりをした。

 トモコは、ユーイチが作ったオリジナル魔術であるこの魔法の存在を知っていたわけではない。

 しかし、壁に高速で体当たりをしたいと念じると【マニューバ】の魔術が思い浮かび、どうすれば発動させられるのか理解したのだ。


 ――バゴン!


 派手な音を立てて、壁に穴が空いた。


「あんた達! ここから逃げるよ!」


 娼婦たちを先に外に逃がした後、トモコも続いて穴から庭に出た。

【ウィル・オー・ウィスプ】を近くに呼ぶ。青白い光の玉が部屋の穴から庭に出てきた。


 庭と言っても小さなものだ。『エドの街』の商業地域は土地が余っていないので商家と言えども大きな土地はなかなか確保することができない。

 建物から5メートルほど先には、石積の高い塀があった。あの塀を越えれば、その向こうは路地になっているはずだ。


 トモコは、同じように塀に体当たりをした。


 ――ドゴン! ガラガラガラ……


 高さ3メートルほどもある石積の塀が音を立てて破壊された。


「こっちだ! 逃がすな!」

「魔法を使うなんて聞いてないぞっ!?」

「何で娼婦上がりの愛人があんなに強ぇーんだよ!」


 玄関の方向から声がする。早く逃げないと追いつかれるだろう。


「早く、ここから逃げな!」


 4人の娼婦たちが塀の破壊された部分から路地へ出たのを追って、トモコもヤマモト家の別宅から外に出た。


【ストーンウォール】


 塀の壊れた部分に路地裏から【ストーンウォール】を設置して塞ぐ。


 そして、トモコは4人の娼婦を連れて、『夢魔の館』へ向かった――。


―――――――――――――――――――――――――――――


 トモコが話し終えた――。


「こういう事件は、よくあるの?」


 僕は、レイコに質問した。


「いや、このような事件は前代未聞だ」


『エドの街』では、押し込み強盗のような事件はあまりないらしい。


「ということは、ヤマモト家かジロウが狙われたということかな?」

わしのせいかもしれぬ……」


 ユウコがそう言った。


「どうしてユウコさんが関係あるのですか?」

「主殿に言われておった『春夢亭』の件を『組合』で調査するよう持ちかけた直後に起きたからのぅ」

「旦那様、あれはヤマモト家の暗殺部隊ではないかと……」

「そんな部隊があるの?」

「前にジロウから聞いたことがあります」

「商家は、一族出身の子飼いの冒険者を雇っていることがあります」


 レイコが補足する。以前にレイコの救出に向かった精鋭部隊というのもそういったたぐいの冒険者だったのかもしれない。


「つまり、ジロウやトモコを殺して不祥事をもみ消そうとした?」

「その可能性は十分にあります」

「それで、ユウコさんは、『組合』から派遣されてきたんだよね?」

「儂が使者を買って出たのじゃ」

「どういうことですか?」

「今日の昼過ぎじゃったか、カメキチという男が『組合』に来てのぅ」

「カメキチは生きてたんだ……」


 関西弁で五十絡みのカメキチを思い出す。

 カメキチは、ジロウの腹心のようなヤマモト家の番頭だった。

 しかし、生きているというのは解せない。

 そんな状況ならば、カメキチも殺されていないとおかしい。

 女中は殺されたようだし……。


「うむ。そのカメキチが言うには、昨夜トモコがジロウと女中を殺したところを目撃したそうじゃ」

「なっ、そんなことしてません!」

「まぁな。先ほど娼婦たちにも確認を取ったが、カメキチの証言のほうが怪しいじゃろう」

「つまり、賊というかヤマモト家の暗殺部隊を手引きしたのがカメキチってこと?」

「そう考えるのが合理的じゃのぅ」

「ジロウとトモコを口封じのために殺そうとしたら、トモコが生き残ってしまったので犯人に仕立て上げるつもりなのかな?」

「じゃが、カメキチとかいう番頭とトモコの証言を比べて、現場の状況や4人の娼婦の証言から犯人に仕立て上げるのは難しいと思うがのぅ」

「まぁ、とりあえず『組合』に行きましょう」

「ふむ。主殿も来ていただけるのか?」

「勿論です。トモコの口封じをしようとする者が居るかもしれませんからね」

「私も行きましょうか?」

「レイコは、『夢魔の館』を頼む」

「分かりました」

「そういえば、レイコはこの時間は仕事じゃないの?」

「ユウコ殿が来たので、次の客からカオリに代わって貰いました」


 まだ、夕方の6時にはなっていないので、レイコは店に出ているはずだった。


「今日って29日だっけ?」

「そうです」


 エルフの里で長居したため、最後に『夢魔の館』に来てから半月以上が経過していた。

 今週は、第6週なので偶数週だ。つまり、レイコたちのローテション週だったので、客の交代のタイミングで控室で待機していたカオリに代わって貰ったようだ。

 この世界の1ヶ月は30日までなので、明日で5月は終わりだ。


「じゃあ、『組合』に行こうか。護衛は、フェリアとルート・ドライアードだけでいいよ」

「ハッ!」

「御意!」

「分かりましたわ」

「分かった」


 僕は、『組合』に向かうため、部屋の出口に向かった――。


―――――――――――――――――――――――――――――

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