6―11

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主様ぬしさま


 レイコが話しかけてきた。


「カナコさんと会ったんだ?」

「ああ、丁度この店の前でバッタリな」

「どうだった?」

「ヤマモト家とは、明日の夕方6時に面会の約束をして、料亭に予約を入れておいたぞ」

「ありがとう」


 そういった工作にはどれくらいの費用がかかるのだろう?


「かかった費用は、後で請求してくれればいいから」

「いや、必要ない。主様に戴いた活動資金で十分すぎるからな」

「分かった、活動資金が減ってきたら言って」

「ああ、しかし、使い切るほうが難しいだろうな」


 確かにマジックアイテムなどを作ったりしない限りは、10万ゴールドは簡単には使い切れない大金だろう。


「ユーイチ、お待たせ」


 カナコが葡萄ジュースを持って来てくれたようだ。

 僕の前のテーブルに葡萄ジュースを置いた。


「ありがとう」

「ふふっ……レイコと何か面白いことをしているらしいじゃない?」

「面白いかどうかは分からないけどね。そうだ、カナコさんのパーティにも依頼したいことがあるから、良かったら協力してくれないかな?」

「どんなこと?」

「僕たちは、『春夢亭しゅんむてい』の買収を考えているんだけど、娼婦になってもいいという人を探して欲しいんだ」

「娼館なんて買収してどうするの? これだけ女をはべらせておいて、まだ足りないのかしら?」

「いやいや、別に侍らせてないし……娼婦たちを救済したいと思ってるんだよ」

「どうやって?」

「刻印を刻む」

「……嘘でしょ? どれだけお金がかかると思っているのよ」

「【エルフの刻印】だから、お金はかからないんだよね」


 カナコが隣のテーブルに座っているフェリスを見る。


「ああ、そういうことね」

「でも、そのことはオフレコでね」

「オフレコ?」

「他言無用ってこと」

「分かったわ。それで、娼婦になってもいいという女を連れてくればいいのね?」

「報酬は、娼婦1人につき1000ゴールド払うよ」

「破格の条件ね。もしかして、あたし達の身体も狙ってるんじゃないでしょうね?」

「いや、間に合ってるから……」

「それはそれで何か悔しいわね」


 カナコは、憮然とした表情をする。


「あと、以前に娼婦をしていた人が居たら、その人も連れてきて」

「歳を取り過ぎていて娼婦としては使えないわよ?」

「歳を取っても普通に生活している人は別にいいけど、悲惨な生活を送ってそうなら連れてきてよ。別に娼婦をしてもらわなくてもいいし」

「分かった。それでどんな条件で娼婦にするの?」

「1万ゴールドで身柄を買い取るよ」

「い、いちまん!? 正気なの?」

「うん。その代り、僕の使い魔になってもらうのが条件だ」

「代金は、先払いじゃないってことね?」

「そうだね。刻印を刻んだ後に魔法通貨で支払うから。金貨1万枚だと持ち運ぶのも大変そうだし」

「近隣の村も回ったほうがいいわね」

「とりあえずは、『エドの街』だけでいいよ。すぐに必要って話でもないから、時間をかけて集めてくれればいいし」

「今のところ他に仕事はないから、明日からでも始められるわ」

「『春夢亭』の買収が上手くいかなかったら、新しい娼館を作らないといけないからね」

「すぐに連れて来ちゃまずいの?」

「いや、大丈夫だよ。生活の面倒は見られるから」


『ロッジ』などに入っていてもらうこともできるし、使い魔になれば帰還させておくことも可能だ。


「分かった。連絡先はどうする?」

「じゃあ、毎晩この店に誰か連絡係を置いておくよ」

「そう、あたし達もここの常連だし、丁度いいわね」

「よろしく」

「ええ、分かったわ」


 そう言って、カナコはパーティメンバーが座っているテーブルへ戻って行った。

 娼婦を集めるなら、女性冒険者パーティに頼んだほうがいいだろう。男性冒険者パーティだと警戒されてしまう可能性がある。そういう意味でカナコのパーティに頼むことが出来たのは僥倖ぎょうこうだった。


「レイコ、食事まだでしょ? 食べて来たら? 僕の席が空いてるから使っていいよ」

「主様は、この後どうされるおつもりだ?」

「適当な宿に部屋を借りて、僕は『春夢亭』の視察に行ってこようと思っている」

「娼館を利用するおつもりか?」

「まぁね。どんなシステムなのか知りたいし、娼婦と話をしてみたいからね」

「娼婦が幸せで引退しても余裕のある暮らしが出来ているようなら、娼館を買収する必要もないわけだし」

「それはないだろうな……」

「この付近に大勢の女性客が宿泊しても問題なさそうな宿屋はないかな?」

「近くに『女鹿亭めじかてい』という女冒険者向けの宿がある」

「女性専用の宿なんだ?」

「そうだ。男と同じ宿を嫌がる女冒険者も多いからな」

「なるほどね。じゃあ、レイコが食べ終わったら店を出よう」

「畏まりました」


 レイコは、僕が座っていたテーブルへ向かった。

 僕は、カナコが奢ってくれた葡萄ジュースを飲みながら、大皿に載った鶏の唐揚げとフライドポテトをつまんだ。

 そして、目を閉じて、後ろにもたれかかり、アザミの胸の柔らかさに癒された――。


 ◇ ◇ ◇


「主様」


 レイコが戻って来た。どうやら、食べ終えたようだ。

 僕は、目を開けて返事をする。


「じゃあ、店を出ようか」

「ハッ!」


 僕は、玄関近くのカウンターに向かった。

 途中のテーブルに居るカナコたちに別れの挨拶をする。


「では、みなさん。お先に失礼します」

「またね、ユーイチ」

「「おやすみなさい」」


 カウンターでアユミにお勘定をする。


「お勘定をお願い」

「はい、ありがとうございます」


 アユミは、伝票を確認しているようだ。


「えーと、合計で金貨4枚と銀貨1枚、銅貨を8枚いただきます」


 僕は、硬貨袋から金貨4枚と銀貨2枚を取り出して渡した。


「お釣りは取っておいて」


 釣り銭を貰うのが面倒なので断った。たった、銅貨2枚なので店側としては嬉しくも何ともないだろうけど、金貨5枚を渡して釣りを断るのは流石にブルジョワ過ぎるだろうと思ったのだ。


「ありがとうございますっ!」

「少ないけどね」

「いいえ、そんな」

「女将さんに料理美味しかったと伝えておいて」

「はい!」


 僕は、店の出入り口の引き戸を開けた。


「ありがとうございました! またどうぞ!」


 アユミの掛け声を後ろに聞きながら店の外に出てみると、辺りは真っ暗で人通りも無かった。

 そして、僕が通りの真ん中へ移動したときだった。


「――ご主人様ッ!」

「――主殿あるじどのッ!」


 フェリアとルート・ドライアードが僕を庇うように前に出た。ルート・ドライアードは、既に槍を装備している。

 彼女たちは、通りの上の方を見ている。僕もその方向を見上げると。ローブに包まれた女性が高さ5メートルくらいの空中に浮かんでいるのが見えた。

 女性は、僕と目が合うと僕の前方の高さ2メートルくらいまで降りて来た。


「ほぅ、またうたな。それに私の姿が見えるのかぇ? 透明化を見破るマジックアイテムまで所有しておるとは、坊やは一体何者なのじゃろうな?」


 ローブ姿の女性は、ユウコだった。どうやら、【インビジブル】を使っていたらしい。

 それに僕が【トゥルーサイト】を使っているのではなく、何らかのマジックアイテムで【トゥルーサイト】の効果を発動していると思っているようだ。その誤解は、考えてみれば当然のことだろう。常識では、回復系魔術と魔力系魔術を同時に使える者は居ないことになっているのだから。


「ユウコさんは、何をしておられるのですか?」

「散歩じゃよ。ついでにおかしな連中が居ないかの見回りも兼ねておるがな」

「【インビジブル】を使った賊が入り込んでくることがあるのですか?」

「それは、あまり考えられぬがな。女をかどわかそうとした輩を捕まえたことはあるのぅ」


 ユウコは、衛兵の手伝いもしているようだ。


「難度Aの依頼を見事に達成したというのは、お主たちじゃな?」

「誰に聞いたのですか?」

「『組合』では、その話題で持ちきりじゃよ」

「そんな大事おおごとになっているのですか……」

「何じゃ、困ることかぇ?」

「あまり、注目されたくないので」

「ほぅ、普通の冒険者なら名声が高まるのを嫌がることはないのじゃがな」

「僕は、この街にそれほど長居するつもりはないので、あまりアテにされたくはないのです」

「百年前に起きたゾンビの襲撃のようなことは、そうそう起きぬと思うがのぅ」

「そういったことは心配していませんが、有名になると胡散臭うさんくさい輩が近づいて来たりするじゃないですか」

「なるほどのぅ……」


 ユウコは、顔を歪めた。もしかしたら、彼女にも経験があるのかもしれない。


「ユウコさんにも経験があるようですね」

「まぁな。わしは、落ちぶれた弱小商家の出身でな。家からはお荷物のように見られておった。それが刻印を刻んでみたら、魔力系の魔術が使えることが分かってな。態度がころりと変わりおったわ」

「ユウコ殿は、タムラ家を大商家へ押し上げられたのだ」


 レイコが話に割り込んで補足してくれた。


「儂は、利用されただけじゃよ。ゾンビの襲来で功を上げて成り上がったのじゃ。当時の『組合』では、【刻印付与】ができる魔術師が亡くなってしまったからのぅ」

「ゾンビの襲来で戦闘に参加されていたのですか?」

「大規模な作戦は終わっておったがの。エルフの英雄が富士のふもとにゾンビを連れ去って、この辺りのゾンビも大幅に数を減らしておった」


 当時を知る人間には、フェリスの功績は有名なようだ。


「見ての通り、儂が刻印を刻むことが出来たのは六十をとうに超えた年齢のときじゃった」


 僕の母親が41歳だから、60代というのはおばあさんという感覚だ。

 それが、見た目は僕の母親よりも若く見えるのだから、刻印の威力は凄まじいものがある。


「凄く、若く見えますね」

「それには一つ秘密があるのじゃ」

「どんなですか?」

「『女神の秘薬』じゃよ」


『女神の秘薬』自体に若返りの効果があるのだろうか?

 そういえば、サクラコやショウコは、『女神の秘薬』を飲んだ後に若返ったような印象を受けた。


「『女神の秘薬』に若返りの効果があるのですか?」

「そうじゃ。若者が飲んでも変わらぬが、老いた者が飲むとかなり若返るのじゃ」

「刻印でも若返った印象になりますよね?」

「ああ、皺などが無くなるでな。しかし、刻印はあくまでも刻印を刻む前の肉体をベースに構成されるからのぅ」

「なるほど……『女神の秘薬』と併用すれば凄く若返るということですね」

「その通りじゃ」


 これは良いことを聞いた。娼婦たちに刻印を刻むときに使える技だ。


「坊やは、手足を無くした者が刻印を刻むとどうなるか知っておるかぇ?」

「いえ、聞いたことがありません」

「その場合は、無くした手足が元に戻った状態になるのじゃ」

「そうだったんですか。単純に刻印を刻む前の肉体がベースになっているわけではないのですね」

「そうじゃ。しかし、それだけではないぞ。太った人間もかなり痩せた状態になるからのぅ」

「それは、どうしてでしょう?」

「儂にも分からぬよ」


 肥満というのは、脂肪細胞が増えるのではなく、脂肪細胞が肥大する現象という話を聞いたことがある。刻印を刻むと、その肥大した脂肪細胞が縮んだ状態で構成されるのだろうか?


「『女神の秘薬』では、どうなのでしょう?」

「『女神の秘薬』では、無くした手足は戻らぬよ。しかし、肥満はある程度、解消されるようじゃ」

「じゃあ、かなり太った人でも『女神の秘薬』と刻印で凄く痩せることができるわけですね?」

「ああ、その通りじゃ。坊やは頭の回転が速いのぅ」

「いえ、そんなことはないですが……」

「謙遜するでない。坊やは難度Aの依頼を達成するくらいなのじゃから……」


 そろそろ、話を切り上げることにした。


「では、我々は宿に向かいますので、これで失礼します」

「では、またのぅ」


 僕たちはユウコと別れて『女鹿亭』へ向かった――。


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