第四章 ―妖精の国―
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第四章 ―妖精の国―
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翌日――。
僕は、いつもより1時間ほど早く目覚めた。寝るときにそう設定しておいたのだ。
隣で寝ているフェリアを起こさないようにゆっくりと体を起こした。
「おはようございます、ご主人様。もう、お目覚めですか?」
すると、隣で寝ていると思っていたフェリアが体を起こした。
「ごめん、起こしちゃった?」
「いえ、
「え? 何で?」
「ご主人様を守護するためです」
「でも、この家の中は安全だよね?」
そう言えば、家から出る時に鍵が掛かっていないようだったけど、鍵を掛けていないのだろうか?
「はい。ですが、どのような危険があるか分かりませんので……」
「そういえば、玄関から出るときに鍵を開けなくても外に出られるんだけど、鍵は掛けてないの?」
「いいえ、施錠はしております。ですが、中から扉を開ける場合には自動的に解錠されるのです」
扉の内側には鍵を掛けるためのサムターンのような金具が見あたらない。おそらく、フェリアが持っているマジックアイテムの鍵を使わないと鍵を掛けられないのだろう。
「そうだったんだ……。じゃあ、僕は朝風呂にでも入ろうかな……?」
「畏まりました。お供いたします」
フェリアは、当然のようについてくるつもりのようだ。彼女を起こさないように部屋を抜け出して、ゆっくりと朝風呂を楽しむつもりだったのだが……。
フェリアがベッドから降りて立ち上がった。僕もその後に続く。
廊下に出て、脱衣所に移動した。
『装備8換装』
脱衣所で裸になってから、浴室に続く引き戸を開けて中に入る。
【エアプロテクション】
念のため【エアプロテクション】を一瞬だけ発動してから湯船に入った。
フェリアは、僕の後に続いて湯船に入ってきたようだ。背後から湯船を歩く音が聞こえてくる。
湯船の中央で僕は腰を下ろした。
フェリアが座る音が聞こえなかったので、振り向くとフェリアが湯船の中で立っていた。
「わっ……どうしていつも座らないの?」
「ご主人様の許可を頂かないと座れません」
よく分からないが、指示しないと座らないのが彼女の流儀らしい。
「じゃあ、座って」
「ハッ!」
フェリアは、湯船に両膝をついた。上半身がお湯から出てしまっている。これも毎度のことだった。
僕は彼女の隣に移動した。すると、彼女は僕の背後に移動して、背後から僕を抱き寄せた。
ここまでが、フェリアとの入浴の様式美となっているのだ。
「ふぅ……」
フェリアにもたれながら息を吐く。だいぶ慣れたとはいえ、フェリアとの入浴はドギマギして緊張する。
僕は目を閉じて入浴を楽しむことにした――。
◇ ◇ ◇
『そろそろ、コボルトとゴブリンから卒業しないといけないな……』
『現在時刻』
時刻を確認すると、【05:28】と右下に小さく表示された。
僕は目を開けた。
「フェリア」
「はい」
「そろそろ、次のステップに進むべきだと思うんだよね。今日は、別の狩り場に行かない?」
「了解いたしました」
「次は何処がいいかな?」
「少し西のほうに『オークの
「オークって、女騎士を捕まえてエッチなことをするモンスター?」
オークは、日本では何故かスケベなイメージがあるモンスターだ。ゴブリンにもそういう傾向があるが、この世界のゴブリンは女性を
「確かにオークには女性を捕まえて性奴隷にする習性があるようです」
「それを見たことあるの?」
「いえ、この辺りにゾンビが襲来して以降は、『エドの街』より西には、誰も行かなくなりましたから」
「
「はい、
「そうなんだ。でも、散発的ならそれほど
「いいえ、ゾンビは刻印を持たない人間には、致命的な存在となります。また、刻印を持たない人間が大量にゾンビへ変貌すれば、刻印を持つ我々の脅威にもなります」
「昔は、ここから西のほうにも街や村があったんだよね?」
「はい、それらの住人達もゾンビ化して押し寄せてきたのではないかと思われます」
「原因は、分かってるの?」
「いいえ、推測ではずっと西の方で起きたゾンビの大量発生が飛び火したのだろうと言われています」
「誰も調査しようとしないの?」
「はい、危険ですから。調査をすることでゾンビを刺激して、また大量のゾンビが押し寄せてこないとも限りませんし」
『MPKの要領で大量のゾンビを引き連れてきてしまう可能性があるってことかな?』
「じゃあ、今日はその『オークの砦』に行こう。女騎士のフェリアは、オークに捕まらないように気をつけてね」
「んんっ……はぁぃ」
「……もしかして、オークに捕まったときのことを想像してるの?」
「いっ!?……んっ……いえ、それはございません。さすがにオークに捕まるのは
「…………」
冗談で言ったのにかなり本気にしたようだ。
僕は、湯船を出て【エアプロテクション】で水滴を落とした後、脱衣所へ移動して『装備6換装』と部屋着に着替えた。フェリアが裸のまま付いてきたので、『フェリアの装備6換装』と念じてメイド服へ換装させた。そして、【フライ】を起動して浮遊しながら玄関近くの広い部屋へ移動する。
いつものテーブルのいつもの席に座り、【フライ】をオフにしてから、『オークの砦』について尋ねてみる。
「フェリア、『オークの砦』について教えて」
「畏まりました」
そう言って、彼女は『オークの砦』について語り出す――。
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『オークの砦』は、ここから西に馬で半日くらい行ったところにあるオークの拠点で、『オーク』、『オーク・アーチャー』、『オーク・ウォーリア』、『オーク・プリースト』の四種類のオークが
何故、『オークの砦』なのかと言えば、砦のような外見の場所にオークが棲息しているからだそうだ。
『オーク』は、身長こそ人間と同じくらいだが、体に厚みがあり、刻印を刻んだばかりの冒険者よりもずっと力が強いらしい。しかし、今の僕たちなら苦戦することなく倒せるだろうとのことだった。ただし、『コボルトの巣穴』や『ゴブリンの巣穴』に比べて敵の数が多いので、気は抜かないほうがいいようだ。
『オーク・アーチャー』は、オークの弓を持った個体のことで、強さは『オーク』と変わらないらしいが、【ウインドバリア】を持っていない冒険者には、かなりの脅威となるようだ。ちなみに、精霊系の魔術を使えない冒険者でも装備やマジックアイテムで【ウインドバリア】の魔法を発動することはできる。また、そういった装備やアイテムは、オーダーメイドで作成されることが
『オーク・ウォーリア』は、普通のオークよりも大型で身長が2メートルくらいあるようだ。その分、力も強く体力も高いそうだ。
『オーク・プリースト』は、ヒーラー型のオークで、回復系レベル3の魔法を使うようだ。『オーク・ウォーリア』と組んでいるので、先に『オーク・プリースト』を倒さないと回復されてしまい面倒なことになるとか。
また、オーク種の性別は雄のみで、人間や冒険者の女性を攫って性奴隷にする習性があるらしい。ただし、この辺りのオークは、拠点を守っているだけなので、そこに近づかなければ問題はないようだ。
ちなみにコボルトやゴブリンの性別は不明で、性器の存在は確認されていないらしい。モンスターの多くが、このような状態であり、オークのように明確に性別が確認されており、かつ人間を性的対象として見なしているモンスターのほうが
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馬で半日というのは、どれくらいの距離なのかフェリアに聞いてみる。
「馬で半日って何キロメートルくらいなの?」
「正確な距離は分かりかねますわ」
元の世界を基準に考えてみる。自転車に乗った人が平均時速10キロメートルで走った場合、半日というのを6時間と仮定すると、約60キロメートルくらい走れるだろう。現実には、道は直線ではないので、その半分として直線距離では30キロメートルくらいだろうか? 馬だとそれより長いのか短いのか……。競走馬などは、時速70キロメートルくらいで疾走するらしいが、ずっとその速度で走れるわけじゃないだろう。整備された芝生の上を走れるわけでもないだろうし……。
「ここから、『エドの街』までは、馬でどれくらいの距離なの?」
「半日は、かからないと思います……おそらく3時間くらいでしょうか……」
僕が目視したところでは、10キロ~15キロメートルといったところだったので、意外と時間がかかるものだと思った。自動車だとルート上の距離が20キロメートルだとしても30分もかからないだろう。
『馬は動物だから休み休み移動しないといけないんだろうな……』
「アーシュでもそうなの?」
「いいえ、アーシュなら、その半分以下の時間で行けますわ」
「そういえば、この世界には大きな道はないの?」
「『街道』と呼ばれる交易商人などが利用する大きな道があります」
「そうなんだ。ここのところ、毎日狩りに出かけてたけど、ここからコボルトやゴブリンの巣穴の間には街道は存在しないのかな?」
「いえ、存在しているのですが、百年以上利用する者が居ないため、一見しただけでは道と判別できなくなっております」
「草が生い茂って道を隠してしまっているの?」
「雑草はそれほどでもありませんが、森の中では木々が街道を隠しており、上空からは特に分かりづらくなっております」
会話が途切れたところで、現在時刻を確認してみると【05:59】と朝の6時くらいだった。出発まで、あと一時間というところだ。
たまには、自分で料理を作ってみようかと、【料理】スキルを試してみることにする。
僕は目を閉じた――。
【料理】
そう念じると『レシピ作成』『レシピから料理を作成』『レシピをアイテム化』というメニューが表示された。
とりあえず、『レシピ作成』を選択すると、『出来上がった料理をイメージして下さい』と表示されたので、朝食だし軽い物をということで、喫茶店で出てきそうなサンドイッチとコーヒーのセットをイメージする。すると、そのイメージが具現化されて映像としてウィンドウに表示された。
すると、『食材と料理の工程をイメージしてください』と表示される。当然ながら、食材の分量も指定する必要があるが、ソースなどは多目に作っておいても、料理の工程でかける量を少なくすれば問題ないようだ。
まずは、サンドイッチから作ってみよう。
母が料理好きだったので、僕もよく手伝って料理を作ったことがある。
後片付けは面倒だが、料理を作ること自体は割と好きだった。
・刻みピクルス …………… 80グラム
・玉ねぎの微塵切り ……… 20グラム
・マヨネーズ ……………… 80グラム
・刻んだゆで卵 …………… 4個
・レモン果汁 ……………… 小さじ1杯
以上を混ぜて具を作る。これは、たまごサンドの具というよりは、タルタルソースに近いレシピだ。
スライスハム、スライスチーズ、レタスをフェリアがたまに作ってくれるフランスパンのような塩味の効いたパンをイメージしたパンに辛子バターを塗ってから挟む。パンの形は食パンのような正方形だ。それを斜めにカットする。皿に盛ってサンドイッチは完成だ。味見をすることも可能で『味見』と念じると口の中に指定した物の味や香りが広がる。ただし、食感などは再現されない。
次にコーヒーだが、コーヒー豆からの作り方はよく分からないので、適当にマグカップに入ったコーヒーをイメージしてみる。そうすると、この世界にもコーヒーがあるようで、コーヒー豆の苦みや酸味の程度、
イメージの中でサンドイッチは皿に盛りつけ、コーヒーはソーサー付きのコーヒーカップに注ぐ、扱いやすいようにそれらをトレイの上に載せる。サンドイッチのボリュームは、6枚切りの食パン2枚に食材を適量挟んでX字にカットして4等分にしたくらいだろうか。
トレイや食器類は、[アイテムの指定]で行うことができる。
普通の使い捨てアイテムとして食器を使う場合には、レシピの価格がその分高くなるだけで、あらかじめ食器類を用意しておく必要はない。――つまり、[アイテムの指定]は不要――盛り付けのイメージをすればいいだけだ。しかし、料理と一緒に具現化した食器は、普通の食器なので『アイテムストレージ』に戻せない。再利用できればいいけど、ゴミとして溜まっていく可能性が高いため、紙の容器など捨てやすいものに限定したほうが良さそうだ。
マジックアイテムの食器を利用する場合には、あらかじめ【工房】の『アイテム作成』で作っておく必要がある。マジックアイテムなので使い終わったら、『アイテムストレージ』に戻して何度も再利用ができるし、割れたりもしない。
また、マジックアイテムの陶器の皿などは、どの素材で作るのかといえば、『魔法石』だ。『魔法石』を素材にすれば、どんなものでもイメージ通りに作れてしまう。食器などは、『ブロンズ鋼』を素材にして作るのが一番安上がりなのだが、金属製の食器は、給食みたいで好きになれないので、少々、金がかかっても『魔法石』で作る。また、一つの『魔法石』から大量の食器が作成可能だ。料理で使われる魔法の食器は、レシピから料理を作成した場合に食器のストックが無いと自動的に同じものが作られるようだが、『魔法石』から大量の食器が作成可能だからか、追加の『魔法石』を要求されたことはない。
魔法の食器類を用意して[レシピ作成]を選択する。料理の名前は、『サンドイッチセット』とした。
作業を終了して目を開けると、フェリアがそれを待っていたように
「ご主人様、朝食は
と聞いてきた。
「今、料理を作ってみたんだけど、フェリアも味見してくれるかな?」
「畏まりました」
【料理】→『レシピから料理を作成』
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・サンドイッチセット …………… 0.64ゴールド
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どうやら、料理はあらかじめ食材を購入しておく必要はなく、レシピに合わせて自動的に値段が決まるシステムのようだ。普通のアイテムを作る時も素材は必要ないので、マジックアイテム以外は素材が必要ないのだろう。
僕は、『サンドイッチセット』を2セットテーブルに出現させる。
フェリアに僕の右隣に座るように言って、食べてもらう。
「元の世界の料理を再現してみたんだ。食べてみてよ」
「はい、ではいただきます」
僕もサンドイッチを一切れ手に取り食べてみる。だいたい、予想通りの味だ。単に美味しいというだけではなく、
『たまに食べたくなる味になりそうだな……』
などと考えていると、フェリアが食べた感想を言う。
「とても美味しいです。ご主人様」
彼女の場合、僕が作った物にダメ出しをすることはあり得ないので、どこまで本心なのか分からないが、割と好評のようだ。
サンドイッチを平らげた後、コーヒーを飲みながら聞いてみる。
「こっちの世界にもコーヒーはあるよね?」
「
この辺りには無い飲み物なのかもしれない。確かコーヒー豆は採れる地域がコーヒーベルトと呼ばれるくらい限られていたはずだから、流通が発達していない、この世界だと一部の地域でしか出回らない可能性がある。
「そうなんだ。じゃあ、緑茶は?」
「はい、それはございます」
「紅茶は?」
「飲んだことはございませんが、大陸のほうでは一般的な飲み物のようです」
「大陸って、ユーラシア大陸?」
「いえ、『中央大陸』と呼ばれております」
「ちなみに、『エドの街』がある、この島は何て言われてるの?」
「ここは、『東の大陸』と呼ばれておりますわ」
「ここって大陸なの?」
「はい、そう呼ばれておりますが、『中央大陸』に比べるとずっと小さいようです」
『主な移動手段が馬の世界じゃ、日本の本州も大陸と思われていてもおかしくないか。いや、ここが日本という確証は得られていない。本当に大陸なのかもしれないし』
「その『中央大陸』には、どうやって渡るの?」
「はい、『ニイガタの街』から船が出ていますわ」
「新潟?」
「はい、そうです」
「『エドの街』からみて、どっちの方角にあるの?」
「北でございます」
確か地図上で見ると東京の北のほうに新潟はある。
「距離は?」
「確か、馬で10日はかかると聞いております」
東京から新潟までどれくらいの距離があるのか僕は知らなかったし、馬での移動時間を言われてもピンと来なかった。
「他に街はあるの?」
「いえ、この辺りにはございません」
「それは、ゾンビの大群で壊滅したから?」
「はい、この辺りで城壁のある街は『エドの街』だけでしたから」
「百年経っても他に街はできなかったの?」
「はい、街はできませんでしたが、村は『エドの街』の周辺にいくつかできました」
「そういえば、フェリアは、他の人間と関わらずに生きてきたんだよね? そういう情報はどうやって手に入れたの?」
「実は、たまに【インビジブル】を使って、人々の生活を覗いていたのです……」
フェリアは、寂しそうにそう語る。
――フェリアの目には、人々の生活が
人の輪に入れず、遠くから眺めているフェリアの姿が目に浮かび、僕は切ない気分になった――。
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