竜蹄を避けつつ、わたしについての調べ物を紅さんたちが継続してくれていた間。ハッキリ言ってわたしは足手纏いだった。言語が違うのか満足に読めないこの世界の書物。魔法が使える訳でもない。自分に関することなのになんの役にも立てていない現状、わたしができることと言えば、趣味の歌を歌い続けることくらいだった。

 この世界に来てからも、歌の練習を欠かしたことはない。毎朝起床後に発声練習をして、楽譜はなくとも、思い出し得る限りの歌を歌う。今日はなんとなく外で歌いたい気分だったので、甲板に出て練習していた。喉から溢れ出る歌声が、余韻を残して空へ流れてゆく。

 一曲終わったところで、いつ現れたのか、レンが後ろから話しかけてきた。

「今のは何だ? 何を言っているのかサッパリわからなかったが」

「あ、うん。これはね、イタリア語の歌だから」

「いたりあ?」

「うん。わたしの世界、わたしが住んでた日本って国の他にもたくさん国があって。そのうちの一つがイタリアで、今の歌はそこの国の言葉の歌なの」

「竜蹄みたいなのが山ほどいる感じか? 奴らは金糸雀と同じ言語を用いるが」

「うーん……ま、そう捉えてもらってもいいかな? 国だけじゃなくって、民族ごとに言葉は違ったりするから、それこそ想像できないほどの言葉の数があるよ、多分。それに比べてここは楽だね、一つ覚えればそれで事足りるんだもん……ってアレ? そういやなんでわたしはここの言葉がわかるんだろ? これも影がないこととかと関係あるのかな?」

 途中から一人で推理しだしたわたしをよそに、レンは顎に手を当てていた。わたしと同じく、なにやら考え事をしているようだ。

「どしたの? 渋い顔しちゃって」

「いや、この世界にも他に言語はあるんじゃないかと思ってな。オレたちが知ろうとしていないだけで。今度、調べてみるか」

 聞きながら、わたしは始めのうちこそキョトンとしていたのだけれど、すぐに笑みながら、両手を叩いて大賛成した。

「その意見には賛成だな。もうこれ以上ありっこないって決めつけるより、まだまだ他にもあるかもしれないって考えるほうが、ロマンもあるしね」

「ろまん?」

「あちゃ、この国に【ロマン】って言葉はないのか。んーとね……」

 暫し黙考すると、わたしは次のように答えた。

「要は夢があるよね、って言いたかったんだけど」

「なるほど、【ろまん】とは夢のことか」

「いや、そのまま夢を指していいのかは疑問だけど……」

 そこまで言いかけて、わたしは途中で遮るのをやめた。ニュアンスは恐らく伝わっている。言葉は感性だ。大きく間違っている訳でもないし、敢えて訂正する必要もないだろう。さして支障はないと判断したのだ。

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