数日後、利駆は織羽の体操着を抱えて旧校舎裏の中庭をウロウロしていた。彼に借りた服を返そうと思った時、真っ先に思い至った居場所がここだったからだ。案の定、織羽は茂みの中で昼寝をしていた。利駆がガサガサと草を掻き分け近づいてきたのに気づくと、かったるそうに片目だけ開ける。

「やはりここにいたのですね、狭山くん」

「……あんだよ」

「先日お借りしたものをお返ししに参りました。きちんと洗ってありますよ」

 そう言って利駆は、ニコニコしながら袋にくるまれた体操着を織羽に差し出す。しかし彼はすぐには受け取らずに、利駆に問うた。

「新しいの注文すんのに時間かかんだろ。それまで持っとけ」

「いえ、その件なら大丈夫です。先生に事情を説明しまして、新しいものが届くまでは別のものでもよろしいと」

 そう言われてしまうと、織羽には受け取らない理由がなくなってしまう。彼は億劫そうに身を起こすと、渋々といった体で片手で包みを受け取った。

「本当にありがとうございました、狭山くん」

「それ」

「はい?」

「その狭山くんての。やめない? あの派手なのは名前で呼んでんだろ?」

 織羽の言う“派手なの”とは、茜のことである。ここ数回のやり取りで利駆もその呼び方にはピンときて、すぐに茜のことだというのはわかった。織羽のフルネームを思い浮かべ、何と呼ぶべきか思案する。

「では……織羽くん」

「んだよ、利駆」

 織羽の名を呼ぶと、彼も名前で呼び返してくる。新鮮な気持ちになり、利駆ははにかんだような笑みを浮かべた。織羽は訝しむ。

「何笑ってんだよ」

「お友達に下の名前で呼んで頂いたのは茜くん以外では初めてなので、何やら気恥ずかしいのですが、嬉しいのです」

 生徒手帳を返す際にも、確か名前で呼んだ気がするのだが、利駆があまりにも純粋に喜んでいるようなので、織羽は突っ込まないでおくことにした。それより気になったのが、利駆の「茜以外に名を呼ばれたことがない」という発言だった。先に茜のことをほのめかしたのは自分の方なのに、利駆が茜の名を出してきたことが何故だか少し気に障ったのだ。

「では、わたしは次の授業がありますので、失礼致しますね」

 そう言って去る利駆の後ろ姿を少しの間見つめた後、受け取った体操着を枕にして、織羽は再び元のように寝直そうとした。しかし自身の先ほどの感情を幾分持て余していた彼は、常ほどうまくは寝つけないのであった。

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