51話 経験値、第二の能力

「てめぇ……! なんで、ここにいるんだよ!」


 意識を持った俺は、玉座の前で倒れていたはずだとカズカが喚く。

 不意を突いた甲斐あってか、俺よりも背の高いカズカが、一歩だけ後ろに下がった。

 この一歩は異世界にとっては小さいだろうが、俺にとっては大きな一歩だ。とでも言えば、無傷なカズカを前にしても、少しは恰好が付くか。


「さあね……。って言うか、〈戦柱モノリス〉で確認を拒んだユウランのせいでしょ?」


 俺はしっかり提案したはずだぜ?

そうすれば、ユウランたちは俺の力を知ることができたし、俺は新しい力を得ることができたのかも知れない。


 殺されるだけの俺の力に――希望が差し込んだかも知れないのだ。


「まさに、一縷〈いちる〉の光なんだけどな」


 異世界人にレベルはない。

戦柱モノリス〉から力は与えられているが、どれだけ頑張ろうと、それ以上は強くなれない。

 与えられた力は強化された前例はないと、今までの異世界人はそうだったとサキヒデさんが調べてくれた。


 だが、そもそも、今回の〈統一杯〉は異常なのだ。


 最下位に一人の筈の異世界人が全ての領に存在する。これまでと違うルールで行われているゲームの間違いは、一つだけとは限らない。


 新に追加されたルールとして、異世界人が他領の〈戦柱モノリス〉に触れると、新たな力が強化される。

 そのことを、俺とカナツさんは偶発的に、発見していた。


 アサイド領で〈紫骨の亡霊〉と戦った時、俺は吹き飛ばされて〈戦柱モノリス〉に触れた。

 あの時、文字が浮かび上がったのは確認していたが、それこそ新たな力を入手したことを告げるモノだった。


「……カズカ、ミワ。気を付けて。まだ、なにか隠しているかも知れない!」


「てめぇに言われなくても――我慢なんかできるかよ!」


 理解しがたい俺の力を見たハクハの幹部たちの反応は様々だった。

 ミワさんは、「これ以上は、シンリの命令なしじゃ動けない」と、早々に俺を殺すことを諦めた。シンリの為になら命すらも投げ出せるだろうが、その言葉を聞かない限り、ミワさんは危険に飛び込む真似はしないようだ。

 生かすも殺すもシンリ次第。


 そして、ユウランは俺の力を解明しようと距離を取り、遠距離から攻撃をして様子を伺うようだ。戦う相手が俺以外だったのなら、それは正しいだろうが、残念なことに俺に対しては不要な対応だった。


 なら、何が正解なのかと言えば、狂人のとった行動だった。

 怒りに任せて俺を殺しに来る。

 これが正解だ。


 玉座の前で倒れていた俺が、カズカの足元に移動した理由。

 単純に分身にへと意識を飛ばしたのだ。

 俺の視線に生きている分身が要れば、『自分の意思で意識を飛ばすこと』が可能となった。それこそ俺が新たに手に入れた、『経験値』としての第二の力だった。


 もっとも、この力を使うには、カラマリから分身たちを移動させなければいけないので、効率は悪い。現に、今だって、10人の分身がいて、ようやく一発殴れただけだ。

 しかも、相手はノーダメージ。


 だが、それでも本来ならば届くはずのない俺の拳が届いた。

 新しい力の可能性を感じるには十分だった。


 欲を言えばシンリを殴り飛ばしたかったけどな。だって、池井さんを殺したのはシンリなんだろ?

 それだけが心残りだが、ハクハの〈戦柱モノリス〉に触れた。

 その力で今度は倒して見せる。

 俺はそう誓って目を閉じた。


 今の俺に出来るのはここまで。

 後は殺されてカラマリに戻ればいい。


 だが――、

 俺の耳に聞こえてきたのは、俺自身の肉体を切り裂く音ではなく、金属音と少女の力強い声だった。


「……っ! 早く逃げて下さい!」


「トウカちゃん!?」


 痛めつけられていたトウカちゃんが、俺を守ったのだ。

 カズカの斬撃を受け止め、俺を逃がそうとしていた。


「また、邪魔すんのかよ、糞ガキがぁ!」


「そういうのなら、私を殺してみてください。あなたみたいな単純な馬鹿に殺せるとは思いませんが」


「マジで死にてぇらしいな!」


 カズカの狙いが俺からトウカちゃんに切り替わった。

 挑発に乗せられたカズカではあるが、この場で戦闘をすることはなかった。


「なっ……なんすんだよ、ミワ!」


「痛めつけるのは良いけど、殺すなって言われたでしょ……? それに、「俺の命令に背いた人間は殺せ」って言ってるじゃない」


 だから、もしもトウカと戦うのなら、あんたを殺すと鞭がカズカの身体に巻き付いた。

 ……。

 ハクハ領。

 シンリの絶対的なカリスマ性で成立しているが、裏を返せばシンリがいなければ咄嗟の対応には弱いようだ。


「そう言うことです」


 トウカちゃんが傷だらけの顔でほくそ笑む。

 幹部の性格もトウカちゃんの頭にはインプットされている。だから、シンリが出した条件を利用して、カズカとミワさんを互いに牽制するように動いたのか。


 トウカちゃんの策略により、俺は玉座の間から逃げ出した。

 背を向けた俺をユウランは追おうとしたが、「私の相手をしてください」とトウカちゃんが向き合った。

 傷付くことはあっても殺されることがない。


 三体一の状況から俺を完全にフリーにする環境を作り上げた。

 幹部を相手にしていると考えると、案外、シンリが「トウカを殺さないこと」を命じたのは、トウカちゃんの持つ才能に気付いていたからなのか。


 俺が部屋から抜け出すと、


「うん? あれ、リョータ、なにしてるの?」


 ハクハの城の中を我が物顔であるくカナツさんがいた。

 俺よりも先に逃げたはずなのにな……。

 後ろから追手が居ないことを確認しつつ、早口に答えた。


「トウカちゃんのお陰で『経験値』にならなくて済みそうだったので……逃走を」


「そっか、あの子、相当出来るみたいね!」


「そうですね。で、カナツさんは何を?」


「私はねー。これ!」


 カナツさんが勢いよく手を広げると、バーンと着物の裾から大量の棒付きキャンディーが出てきた。

 グルグルと渦を巻いた、飴ちゃんだ。


「これは?」


「これね、『カンデー』って言って、美味しいんだよ! 少しだけ上げる!」


 ……。

 千切れるんだ、それ。

 見た目は完全に硬そうなのだけれど、綿菓子のような手軽さで千切ってみせた。そして、手渡された『カンデー』を口に入れると、


「ガムじゃん!」


 カラメル味のガムだった。

 でも、この世界で人工的な甘さを味わえるとは思っていなかったな。カラマリでデザートと言えば果物だ。


「って、『カンデー』は別にいいんですよ。これがどうしたんですか?」


 いくら、トウカちゃんが時間を稼いでくれているとは、こんなことに時間は使いたくない。

 早くハクハの城から逃げたかった。


「これねー。ハクハでしか作られていないんだよね! で、アイリが好きだからお土産に城の中を漁ってたわけ」


「……」


 俺が決死の攻撃を仕掛けている間に、カナツさんはお土産探しをしていたようだった。

 俺が〈戦柱モノリス〉に触れるまでの時間を稼ぐことは、請け負ってくれていたけど、その後のことは何も言っていなかった。

 これが狙いだったのか。


「あとねー、これ貰った! 可愛いでしょ? 渋い赤色が洒落だよね!」


 カナツさんが見せてくれたのは、俺達の世界で大人気な鼠のマスコットキャラクターだった。

 小さな人形のキーホールダー。

 赤く染まった人形の眼は、どこか悲しそうだった。


 元のキャラクターを知らないカナツさんは、血で染まったワインレッドが、元々の色合いだと思っているようだけれど――それは間違いなく血液だ。


「これは、どこに……?」


「えっとね、道案内してくれた人がくれたんだ! センジュ様のモノだって言ってたけど?」


「そうですか」


 センジュ様――それは池井さんのことだ。


そうか。

カラマリ領で、俺は池井さんのことを苗字で「池井さん」と呼んでいた。だから、名前まで覚えていないんだ。


 ……『センジュ様』と呼ぶのは、ハクハの騎士たちだけ。そう考えると、彼らは、『異世界の物』を珍しがって、池井さんの持ち物を山分けしたのだろう。

 死すらも敬って貰えない。

 それがハクハの生き方だ。


「あの、これ、俺が貰ってもいいですか?」


 なら、せめて、俺が池井さんの形見を持っていたい。

 いや、これは形見じゃない。

 池井さんを生き返らせるための覚悟だ。


「え、いいけど……?」


 俺は、カナツさんから受け取ったマスコットを強く握った。

 そうすることで、俺は実感する。

 この命は俺だけじゃない。

 池井さんと――そして、〈統一杯〉の犠牲者たちだと重くのしかかる。


 ただ、生きるために、日々を過ごすために『経験値』として生きていた、俺の異世界生活は――もう二度と戻ってこない。

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