4-9 長い旅へ

 大晦日の朝、海輝は自分の車を北海道富良野の実家へと走らせていた。

 OCEAN TREEやPASTUREのことは一切関係なく、ただ葉緒海輝という一人の人間として。

 数年前はカウントダウンがあったのでそれの準備もする必要があったけれど、今回はない。冬樹に一緒に帰るかと尋ねたけれど、年明け早々都内で仕事があるので今年は戻らないと言っていた。


 PASTUREと野上太一の四人で打ち上げをした日の深夜、玄関で倒れた叶依はそのまま眠ってしまった。

 このままでは風邪をひいてしまうので、とりあえず居間に運んで蒲団を掛けた。

 部屋に運ばなかったのは、叶依が朝まで眠り続けるとは思えなかったからだ。

 とりあえずシャワーを浴びて、そのあと冷蔵庫からチョコレートを出して食べた。酒ビール茶漬け海輝風酢の物入りのおかげでほとんど何も食べることが出来なかった。

 予想通り、叶依は一時間後に目を覚ました。

 意識がはっきりせず、頭痛が酷いと言っていた。

「やっぱ飲みすぎたんだよ」

「飲みすぎ……? 何を?」

「さっき冬樹と太一さんと四人で飲んでたの覚えてない?」

 叶依はしばらく考えていたけれど、やがて首を横に振った。

「どっかの店行ったような気はするけど……何飲んでた?」

「あんまり覚えてないんだけど……俺よりたくさん飲んでたよ」

 本当に思い出せないのか、叶依は何も答えなかった。

 それから酒ビール茶漬け海輝風酢の物入りのことを聞いてみると、

「酒ビール茶漬け……海輝風……酢の物入り……? 何それ?」

 やはり叶依は覚えていなかった。

「俺が間違ってビールの上にお酒注いじゃって……それ飲めないからって叶依が遊んでたんだけど」

「……あぁ……なんか思い出した……確か……梅干入れて……」

「そうそう」

「うわ……」

 それから叶依は起き上がってシャワーを浴びた。

 出てきた時には意識が大体戻ったらしく、さっきの自分の行動をかなり反省しているようだった。

 そしてやはりお腹が空いたと言って、冷蔵庫の中を覗き込んた。

「叶依さぁ、来年からどこに住むとか決めてあるの?」

「まだ決めてないけど……多分この辺になると思う」

「この辺、結構田舎じゃない?」

 田畑が広がる町ではないけれど、海輝のマンションがある地域は建物が少なかった。最寄り駅に行くまでバスで三十分程かかってしまう。

「これぐらいが一番住みやすくない? あんまり都会すぎても嫌やし」

 伸尋の家がある付近は住宅街だけれど、交通の便が悪い。普段の仕事では都会にいることが多いけれど、どちらかと言うと叶依は田舎の方が好きだ。

「そういえば珠里亜ちゃん……あの子ってすごい都会大好きっぽいんだけど……冬樹の家ってすげぇ田舎じゃない?」

「あぁ~。ははは。どうやろ……確かに珠里亜、都会好きっぽいけど……良いんちゃう?」

 OCEAN TREEのラジオにPin*lueが呼ばれた日、冬樹は爆弾発言をした。

 海輝はもちろん、叶依もそんなことを考えたことがなかった。

 冬樹は、まだ決まったわけではないけれど、結婚すると言った。その後、冬樹は答えを言おうとしたけれど、それは叶依の叫び声で消されてしまった。

『ええっ……珠里亜ーっ!』

『はぁい♪』

『……う……うそーっ!』

『うそちゃうもんね~♪』

『また料理せんとこうと思って……』

『ははははは』

『おまえ……げぇーっ』

『げぇーって何よげぇーって?』

『……なんで言ってくれないの?』

 相手が珠里亜だと聞いた時、海輝と叶依はどうして良いのかわからなかった。一度別れた自分たちを置いて、今度は相方同士がくっついたからだ。更に二人とも、マネージャーのほうが今も続いていることを知っていた。

「それで珠里亜ちゃん……家の人に言いに帰ったんでしょ?」

「そう聞いてるけど……」

 ギャップの激しすぎるあの二人がくっつくことは、誰も想像していなかった。

 もし叶依がステラ・ルークスの人間ではなく普通の地球人で、伸尋もいなかったら、絶対自分のところへ来ると海輝は思っていたし、叶依もそうしていただろうと言っていた。

 けれど、それからが怖かった。

「それってさぁ……私ら個人の問題じゃなくて……OCEAN TREEとPin*lueの結婚みたい」

「だねぇ。また大ニュースになるな……」

「でも珠里亜やったら記者団とか普通に追っ払ってそうやわ」

「ははは。なんか想像出来るのが怖いな」

 もし珠里亜が記者団に囲まれたとしても、そこから抜け出せなくて困るという風景は何故か二人とも想像できなかった。

 珠里亜が記者団を追っ払う様子は、あまり関わりのない海輝でさえすぐに頭に浮かんだ。叶依が思い浮かべたのは、野球のバッドや金棒を片手に足にはローラーをつけ、更にもう片方の手でペットボトルを振り回すという、あり得なさすぎるもの。海輝が想像していたのは、普通に叫んで追っ払っている様子だったけれど。

「それで叶依、ドラマの続編どうするの?」

「どうしようかなぁ……それってさぁ、私がこっち来てからのことやろ?」

「そうなる……か。うん」

「っていうことはさぁ……」

 やっと伸尋を頼れるようになったのに、また海輝を頼らなくてはならないのか。

 そんなことをしたら、また世間を騒がせてしまうのではないのか。

「でももう俺らのこの今の状態ってみんな知ってんでしょ?」

「あぁ、そっか……でも伸尋絶対凹みそう」

 続編のほとんどが海輝との生活を描いたものなので伸尋の反応が気になったけれど、実際叶依は『続・Uotagira』をそろそろ書き終えようとしているところだった。


「いろいろあったけど今日で終わりかぁ……」

 既に出発の準備も整い、最後の夜が訪れようとしていた。

 二人の仕事は共にPASTUREのMツボで終わっていた。

 あの夜から今日まで、特に変わった事は何もなかった。

 世間を騒がせた叶依と海輝のニュースも、叶依が結婚すると言ってから下火になった。その代わり、冬樹の結婚相手が誰なのかということが話題になり、もしかすると叶依の相方の珠里亜ではないのかという説が浮上していた。珠里亜のところに記者団が押しかけることはなかったので、叶依と海輝が想像したような光景は報道されなかったけれど。

「もうここに来ることはないかな……あ、PASTUREのことあったら来るかな」

 何となく悲しくなったけれど、二度と会えなくなるわけではないので海輝は頑張って笑った。

「もし地球とステラ・ルークスが交流するようになったら───」

「……もし、じゃなくてしようよ。伸尋が王様なんだから」

「伸尋出来るんかな……全然王様っていうイメージじゃないんやけど」

「そのうちなるって。ああ見えて結構燃えるでしょ?」

「ははは。やる時はやってたなぁ。期待して良いんかな?」

「叶依が期待しなくて誰が期待すんだよ?」

 海輝は持っていた新聞で叶依の頭をぽんと叩いた。

 叶依と伸尋の関係は、絶対に切ってはいけない。

「海輝の名前って惑星の歴史に残るかも」

「どうして?」

「……私と暮らした唯一の地球人やから」

 長い間寝食を共にしていた叶依が地球人ではないと改めて認識した時、やはり自分は叶依と合わないと海輝は思ったけれど。同時に、地球人以外の人間と関わりを持てたということに喜びを感じていた。


 空港で叶依を見送ってから、海輝はそのまま高速に乗った。

 これから始まる長い旅が、どこまでも遠くに真っ直ぐと伸びていた。

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