3-11 流れ星

 荷物を片付けて伸尋が家に戻ったのは午後八時頃だった。

 居間では祖父母がテレビを観ながらお茶を飲んでいた。食事をするかと聞かれたけれど、食欲はなかったのでそのまま部屋へ向かった。

 自分の部屋が見えた時、ドアの隙間から光が漏れていた。祖母が掃除して消し忘れたのかと思いながらドアを開けると、何故か叶依が立っていた。

「おかえり」

「……なんでるん? 今日ライブちゃうんじゃないの?」

「夕方終わったから。今日試合やったんやろ?」

 伸尋は何も言わなかった。

「楽屋戻ってケータイ見てたら……今日の試合の結果出てた。伸尋凹んでそうな気して、気づいたらマネージャーに車飛ばしてもらってた。もし今日負けてなかったら、お正月まで戻ってなかったと思うけど」

「……俺バスケやめるわ」

「え? なんで? 負けたからって───」

「ちゃう、前から決めててん。今日の試合は勝っても負けてもバスケやめるって」

「でも伸尋バスケ好きで───」

「確かにバスケは好きやけど、それ続けるのが夢ちゃうから」

「……伸尋からバスケ取ったら何残んの?」

 高校のとき自己紹介でバスケが趣味だと言い、バスケ部に入って部長を務め、JBLにも入った。

 伸尋がバスケをやめてどうなるのか、叶依には想像もつかなかった。

「俺の夢が残る」

「伸尋の夢……?」

 前に同じ言葉を聞いたような気がした。

 けれど、いつ誰がどこで言ったのか思い出せない。

「学校の屋上で……俺の夢が何なんか気になったって書いてたやん」

「屋上? あっ」

 ───あなた……伸尋の夢が何だか知ってるの?

 自殺しようとしている時、母親がそう言った。

 けれど叶依は伸尋の夢を知らなかった。

 知りたいと思ったけれど、数秒後、叶依はフェンスから手を離し、屋上から飛び降りた。

 飛び降りて───落ちて───

「うっ……」

「叶依───!」

 あの時のことを思い出して、叶依は目眩がした。

 視界が歪んで気持ち悪くて、思わずしゃがんだ。

「大丈夫か?」

「うん……何とか……思い出しすぎたみたい」

「あれの撮影してる時もしんどそうやったよな」

「……うん」

 伸尋に支えられて身体を起こし、二人はベランダに出た。

 風は冷たすぎず、叶依の気分を良くするにはちょうど良かった。

「伸尋……ごめん……私、ここにいていいんかな?」

「え? なんであかんの? 俺は、居て欲しいけど?」

「札幌で、ひどいこと言ったから……ごめん……」

 叶依がうつむくと、伸尋は「あのことか」と笑った。

「私、伸尋がいなかったら今頃生きてないのに……。頼りないって言いながら、いつも───今も助けてもらった。それに、ニュース見て、心配で飛んできて……。やっぱり伸尋が好きなんやなぁ、って……」

 叶依は照れながら顔を上げた。

 隣に立つ伸尋が、少し驚いたような顔をしていた。

「ときどき、自分が嫌になるわ……好きで入った世界やのに、周りに嘘つきながら暮らしてて……。友達にも、伸尋にだって……」

「でもそれは、騙そうと思って嘘ついてんじゃないんやろ? 俺だって……ひどい嘘ついたけど……。前、札幌で、俺は俺で良い、って言ってくれたやん。叶依も、今のままで良いと思うで」

「そうかなぁ。でも、せめて伸尋には、正直でいたい」

 叶依は本当に、そう思っていた。

 メディアに向けて発する言葉に嘘が混じるように、伸尋にも嘘───は、嫌だった。もちろん、友人やOCEAN TREEにも、嘘はつきたくないけれど。

「伸尋がどんだけ大切か、よくわかった。リング外したの、正解やったかも」

「……そうやな。俺は、辛かったけどな……」

「そういえば、伸尋の夢って……何なん? 私に関係あること?」

 関係ない話なら、わざわざ母親も話さないはずだ。

 伸尋はしばらく考えてから、静かにこう言った。

「俺の夢を、叶えて欲しい」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援した人

応援すると応援コメントも書けます