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i-1 オアシス

 札幌の中心部を東西に走る大通公園には緑の木々が生い茂り、燦々さんさんと降る陽射しの中で人々の安らぎの場所をつくり出していた。晴れ渡った空に向かって真っ直ぐに伸びる水のラインは、夏の暑さで萎えた身体を目覚めさせる。

 日常の疲れを取ることの出来るその場所は、人々に都心のオアシスとして親しまれていた。

 家族連れや昼休みの会社員でにぎわうオアシスの外れに、時計台は建っていた。休みことなく時を刻み続ける悠久の鐘の音は、訪れる人々の心に安らぎを与えていた。

 時計台の前にある赤レンガ造りの建物もまた、夏季限定で都会のオアシスだった。

 毎年夏になるとこの近辺から車の量は減り、逆に人々が安らぎを求めてこの建物に集まっていた。

「今日も気持ち良いね。天気良くて」

 ステージや壁を一切持たず赤レンガのカフェの一角でライブをするOCEAN TREEは、曲の合間に人々と話をするのが好きだった。相方が話している横で一人で演奏したり、自分も話に参加しながら二人で演奏したり、札幌時計台前ライブでOCEAN TREEと話をすることは、そこにいる人々にとって、友達の家に遊びに行くような感覚だった。

 八月七日のお昼前、いつものように時計台前でライブをしていた冬樹は、海輝を残してその場を離れ、別のところで人々と談笑している叶依を呼びに行った。

「叶依ー、そろそろ準備してー」

「ん? ああ。えーっと……今からあっちで海輝にプレゼント渡すんで……良かったら来てくださーい」

 近くに座っていた人々にそう言い残し、叶依と冬樹は海輝のいるところへ向かった。

 そして冬樹は海輝の隣に腰掛け、

「なっ、何?」

 更に距離を詰めた。

「ちょっとおまえ、狭いんだけど」

 二人のことを知らない人が見れば、かなり異様な光景だ。

「いいじゃない。男同士❤」

 それを正面から見ていた叶依は、わざとだとわかっていても苦笑する。

「あのさぁ……冬樹……あれ……」

「あぁ。海輝ちゃん」

「誰っ? はぁ?」

「お誕生日おめでとう」

 冬樹は立ち上がって海輝の前に立ち、小さな封筒を差し出した。

「……これくれるの?」

 冬樹は何も言わずに、にっこり笑った。

「何? ……おお! すげぇ! 恒海冬樹の生写真! あぁーりがとぉー! っておまえ気色悪ぃんだよ」

 海輝は持っていた写真で冬樹をベチンと叩いた。

「こんなのいらないから、もっと他の何かちょうだいよ」

「じょ、冗談に決まってんじゃんこんなの! あげるのも気色悪ぃよ……。はい」

 冬樹が渡したのは小さな包みだった。

「それは冗談じゃなくて本物だから」

「……なんでまた目覚まし時計なの?」

 それが予想外すぎて、海輝はちょっと笑った。

「前言ってたじゃない。朝なかなか起きれないって。だから明日からそれで起きて」

「まぁ……いいや。ありがとう……じゃ明日から使おうかな───叶依は何かないの?」

「私? えーっと……ないって言ったらどうする?」

「ないの? ───あのねぇ、去年……去年は実家でもらったんだけど……叶依……花だったんですよ。しかもその辺にちっちゃく生えてるやつ」

 海輝はカフェに集まっていた人々に言った。

 もちろんそれを聞いた人々は全員笑った。

「だってさぁ。何が欲しいとかわからんやん。言ってくれればわかるけど」

「それ誕生日プレゼントじゃないじゃない」

「いいよ。私バカやから。バカはバカで」

 叶依はギターを持って座り、一人でバースデーソングを歌っていた。

 それからもうしばらく三人はライブを続けて、お昼過ぎにランチを食べた。

 カフェにいた人々はそれぞれ自分の仕事に戻り始め、徐々にそこはいつもの静かな空間に戻り始める。燦々と降る陽射しは力を強め、白い水のラインでさえもその陽炎を突き破ることは出来なかった。

 昼食を食べ終えた叶依は、一時間以内に帰ることを海輝と冬樹に約束して、一人でどこかへ出かけて行った。


 夕方、海輝の自宅に戻ったあとは、毎年恒例の夕食兼バースデーパーティーが開催された。

 はじめにバースデーソングが歌われ、皆がプレゼントを渡す。冬樹は目覚まし時計を、叶依はバースデーソングを既に時計台前で渡していたので今回はなかった。景子の作った料理を食べながら、五人は楽しい時間を過ごしていた。

 パーティーが終わって三人で海輝の部屋に集合して、しばらくしてから海輝が席を外した時。

「海輝、私のこと何か言ってない?」

 叶依が冬樹に聞いた。

「うーん……特に何も。いつもテンション高くて楽しそうで───あっ……」

 何かを思い出して、冬樹は叶依を見た。

「こないだ……叶依が帰って来た日に空港で待ってる時に、海輝君ボーっとしてたんだけど……呼んでも返事しなかったのに、冗談で叶依が来たって言ったらすごい反応してたよ」

「……」

「また何かあったの?」

 冬樹は笑っていた。

「別に……」

「そういえば叶依、海輝君に本当にプレゼント用意しなかったの?」

「ううん。ある……っていうか、昼間に取りに行った」

 叶依が昼食後に向かったのは、北海道に来て最初に札幌へ来た日に一人で行った場所───海輝に渡すプレゼントを注文した小さな店だった。二人に言うわけにはいかないので、一人で出かけたいと言った。

「あぁ、あの時行ってたんだ」

「うん……私ちょっと部屋戻るからさぁ、海輝戻ったら部屋来てって言っといて」

 そう冬樹に頼んでから立ち上がり、叶依は海輝の部屋を出ていった。

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