1-8 その噂は

 一方、叶依を連れてクラブへ向かった知原は、叶依に廊下で待っているように言った。

「私先入って後で呼ぶから、それから入ってきてくれる?」

 そして廊下に叶依を残して音楽室に入り、しばらくみんなが練習しているのを見てから口を開いた。

「はーい、一旦やめてー。今日はねぇ、みんなが一生懸命頑張ってるから、もっと頑張ってもらおうと思って。先生よりもっとすごい、方に、来ていただきました」

 知原がにこにこしながら言うので、生徒たちは誰なのかと聞いた。

「この学校……このコーラス部の卒業生で……現在プロとして活躍中……」

「テレビ出てる人ですか?」

「出てます。……最近出てないけど───三年生わかる? 三年生、部長ー、名簿に書いてるから知ってるやろ?」

「卒業生でプロ……あっ! もしかして二年前の部長ですか?」

 部長と呼ばれた三年生の女子生徒は、二年前に叶依が部長だったことを思い出した。歴代部長の名前はクラブの名簿に残されていたし、コーラス部に入ると叶依がいたのでびっくりした記憶がある。

「───先輩ー、どうぞー」

 そう言う知原の声を聞いてからドアを開けて中に入った叶依は、少し緊張していた。

 叶依と関わったことのある三年生は口々に「先輩!」と叫び、その他の一・二年生はただ叶依の登場に驚いていた。

「えー……若咲叶依です。昨日こっちに戻って来てて、今日は遊びに来ました。一応このクラブにね、いたんですけど、あの……ここに来るのは卒業式以来? だからすごい懐かしいんですけど……えーっと……先生、何喋ったら良いん?」

「何でも良いよ。元部長やろ?」

「いや、でも私ほとんど何もしてないし」

 確かに叶依は元コーラス部部長で自己紹介の時もそう言っていたけれど、部長として何かすることはほとんどなく、実際に仕事をしていたのは副部長の海帆だった。

「じゃあアドバイスとかない? あんたらも何か聞きたいことあったら今のうちよ」

 知原は笑っていた。

「───クラブ関係ないことでも良いですか?」

 一人の男子生徒が手を上げた。

「うん。なに?」

「……先輩ってもう結婚してるって聞いたんですけど本当ですか?」

「えっ、誰がそんなこと言ってんの?」

 確かに叶依はステラ・ルークスでは伸尋と夫婦になっているけれど、こっちでは何もしていないし惑星でのことを言うはずもない。

「卒業してから彼氏と住んでるって聞いたんですけど」

「あぁ……まぁ……一緒に住んでる、けど……」

「結婚してないんですか?」

「してないよ」

 叶依は苦笑いをした。

「でもいずれはするんでしょ?」

 知原だった。

「っ───あのさぁ私まだ十九よ? それに今仕事仕事でそれどころちゃうし、もう、そーゆーことはね、何かあったら報道されると思うから……クラブしようよクラブ! はい、ちゃんと並んで、悪いとこあったら言うから一回聞かして」

 叶依は無理矢理話を終わらせて部員を練習に戻らせたけれど。クラブ終了後もいろんな質問をされて、なかなか教室を出ることが出来なかった。


 クラブの見学が終わったあと、叶依は伸尋のいる体育館へ向かった。

 音楽室のある別館と体育館は比較的近い場所にあった。

 別館から体育館への扉を開けると何人かの生徒がボールを追いかけていた。クラブのユニフォームを着ている生徒が大半だったけれど、制服姿の生徒もいる。

(そういえばここってバスケゴールあったっけ……)

「あっ若咲叶依やっ」

 バスケをしていた男子生徒の一人が、叶依に気づいて声をあげた。何となく史に似たその生徒は、バスケ部のユニフォームを着ていた。

 叶依が笑うと、男子生徒は会釈をした。

 そのまま叶依は歩き続け、体育館の横の扉を開けた。

 中ではバスケ部とバレー部、それから剣道部が練習中だった。

 伸尋は舞台の渕に腰掛けていた。

 その横に並んでから叶依は口を開いた。

「外に何人かいたけど大丈夫なん? 史に似てる子とか」

「ああ、あいつか。あいつ三年やから早く帰って勉強するって言ってたけど、そろそろ───」

「先輩ーっ」

 叶依が入ってきたドアのほうから男子生徒の声がした。

 伸尋もそれに気づいてドアの方を見る。

「先輩ーっ、さっき先輩の───」

「あっ、あの子」

 男子生徒は、先ほど叶依に気づいて声をあげたバスケ部員だった。

「俺の……?」

 舞台の渕に座る二人を見上げる男子生徒に伸尋は聞いた。

「あの……えっと……先輩ーの……さっき言ってた……」

 男子生徒は叶依と伸尋を交互に見た。

「ああ。そうそう」

 伸尋は微妙な笑みを浮かべていた。

 史に似た男子生徒は、伸尋に勉強を教えてもらっている三年生だった。男子生徒は伸尋に『さっき先輩の彼女がいた』というつもりだったようだ。

 それに気づいて叶依も笑っていた。

「俺そろそろ帰りますんで」

「あぁ。頑張れよ」

「はい……先輩も……」

 史に似た三年生は二人に会釈してから体育館を後にした。

「なんか変な感じ」

 叶依が呟いた。

「何が?」

「だってさぁ、あの子、史そっくりやん。だから史に言われてるような気して……でも史ってサッカー部やったし」

 叶依がそう言うと、伸尋は声に出して笑った。

「なによ?」

「そりゃ似るよな。あいつ史の弟やから」

「うそーっ! マジで? えー!」

「ほんまやで。今度、史に聞いてみ。俺あいつに勉強教えてんやけどさぁ、名字一緒やけどまさかなぁって思ってて……こないだ家行ったら史んちやってびっくりした」

「でも史からそんなこと聞いたことないやん」

「あいつあんまり自分のこと言わんからな。弟も史のこと言わんかったし……あんまり仲良くないんかな? それか、芸能ニュースに興味ないか」

 史の弟がバスケ部だったということよりも、自分と伸尋、それから海輝の関係を知らなかった人がこの学校内にいたという事実に驚きを隠せない叶依だった。

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