1-7 母校へと

 高校に到着した二人は、職員室へ向かった。

 平日だったので今は授業中らしく、各教室からは先生たちの声が聞こえる。

 職員室のドアは伸尋が開けた。

「失礼します───」

「失礼しまーす……」

 授業中なので、職員室に先生はほとんどいない。奥のほうで作業をしている先生が何人かいたけれど、二人ともその先生たちを知らず、用事もない。

 知っている先生を探して歩いていると、

「若崎ー。今日早いな───おお、若咲か。何か用事か?」

 叶依が一番会いたくなかった人物、田礼巻雄だった。

「別に用事ないけど……暇やから……」

 叶依の田礼に対する態度は以前と変わっていない。

「暇? 仕事は?」

「今休み」

 やはり叶依は無愛想に答えた。

「───若崎、今日、七時くらいまでいける?」

「……多分」

「クラブ始まるまでまだまだあるから、その辺で準備して待ってて。───若咲は……知原先生呼ぼか?」

「うん」

 依然、叶依が敬語を使わないことを気にしつつも、田礼は知原を呼びに行った。

 叶依は高校三年間ずっと田礼のクラスだったけれど、その間に叶依が田礼を教師として見ることは一度もなかった。

 いつも偉そうでおまけに派手で、そんな田礼が嫌いだった。校則により髪の染色・脱色は禁止されていたけれど、田礼が校則をつくっているような気がしていた叶依は、それを守ろうとはしなかった。

 田礼にだけは従いたくない。

 だから高校入学前に染めた髪を、一度も元に戻さなかった。

 学校中の先生に叱られてもお構いなしに、叶依は三年間それで過ごした。

 そんな中で唯一何も言わなかったのが、知原だった。

 一人でそんなことを思い出しながら職員室の中を歩いていると、

「叶依ちゃーん!」

 知原がにこにこ笑って叶依に手を振っていた。

「あっ先生ー! お久しぶりです」

 叶依が敬語を使う数少ない先生の中の一人だ。

「いいのよ敬語なんか使わなくて。叶依ちゃーん元気ー? 最近テレビ出てないから心配してたのよー」

「あ───ちょっと風邪ひいて休んでたから……」

「え? もう大丈夫?」

「うん。もうすぐ復帰するし」

「それは良かった。あ、……折角来てくれたからさぁ、クラブ覗いて行けへん?」

「うーん……伸尋もクラブ行くとか言ってたしなぁ」

「いま叶依ちゃんの曲でやってるんやけど」

「行く♪」


 午後四時を回った頃、伸尋は体育館でクラブの後輩たちにバスケを指導中だった。

 と言っても、伸尋が在学中に後輩だったのは今の三年生だけで、顔見知りの後輩はほとんどいない。

「先輩ー。今日、勉強教えてもらって良いっすかー?」

 高三になって受験を控えている後輩の中に、伸尋をバスケのコーチとしてだけでなく、勉強面でも頼りにしている生徒が一人いた。

 彼がバスケ部に入った頃、当時三年だった伸尋が実力テストで取った成績が他の生徒とは比べ物にならない程良かった、ということが学校中に広まった。

 その時すでに部員だった彼は、伸尋に勉強を教えてもらおうと決めた。

 学校の授業だけでは当てにならず、かと言って予備校に通うお金もなかった。

 伸尋も嫌ではなかったので、時間があれば彼に勉強を教えていた。

「あ───悪い、今日あかんわ」

「えーっ、なんでですか? 絶対ダメなんすか?」

「うん……今日は……」

「あっ、あれっすか? さっきクラスで、先輩が彼女と来てるとか言ってる奴がいたんですけど」

 伸尋は何も言わずに笑っていた。

「やっぱりかーっ。先輩みたいな人やったら彼女もいますよねぇ。でも先輩の彼女って誰なんですか? 高三の時自殺しようとして屋上から飛び降りたのに、死なんかって奇跡やってみんな言ってますけど」

 数年前、この学校に通っていた叶依は海輝と何かあったけれど、結局はクラスメイトの伸尋と云々。

 伸尋と叶依の在学中にこの学校にいた生徒は二人のことを知っていたし、それは毎年次の学年へと語り継がれていた。けれどこの男子生徒は、誰もが知ってそうな情報をほとんど知らなかった。叶依と伸尋、それから海輝のことも、ラジオを通して全国に広まったはずなのに、何故かこの生徒にだけは伝わっていなかった。

 叶依が学校内でイベントを行った日や意識を取り戻したという連絡があった日に限って、学校を休んでいたらしい。

 友達は普通にいるにもかかわらず情報が非常に乏しいのは、友達がそういうことに興味がないからだろうか。

「───OCEAN TREEって知ってるか?」

「知ってますよー。何年か前からPASTUREもやってますよね?」

「じゃ、OCEAN TREEに誰が加わったのがPASTURE?」

「えーっと……若咲叶依でしたっけ? すごいギター上手いんですよねぇ」

「……それ」

「ぇえ? か、彼女ってあの人なんですか!」

 やはり伸尋は何も言わずに笑うだけだった。

「うわーっすげー。えっ、でも今あの人、東京で住んでるんじゃないんですか?」

「時々こっち帰ってきてるで。学校には来てなかったけど」

「そうなんですかー。知らんかったー。あの人と同じ学校とは……あっ……じゃ今日は。邪魔しませんから」

 そう言って伸尋と笑っていた男子生徒は、他の生徒に混じってバスケの練習に戻っていた。

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