1-10 OCEAN TREE

 一学期終業式の日、学校ではちょっとした騒ぎが起こっていた。

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 サマーコンサートでの叶依の演奏は大成功で、デビュー宣言をしたときは大きな拍手が起こった。

「叶依めっちゃ上手いよなぁ」

 クラブのメンバーとは別に用意されていた楽屋で、ビデオを観ていた夜宵が呟いた。ビデオにはNOBUHIROを演奏中の叶依が映っている。

「これさぁ、なぁ叶依、いつ作った?」

 同じくビデオを観ていた伸尋が聞いた。

「え? いつって?」

「昨日さぁ、もう曲は出来てるみたいに言ってたけど、歌詞書いたん昨日やろ。ボールとかコートとか出てきてるやん。ほら、今も、って、え? マジで?」

「───バレたか。曲自体はずっと前からあってんけど、昨日、歌詞変えてん」

 その場にいた全員が、ただ驚くしかなかった。

「やっぱすごいわ。昨日作って今日やろ? 絶対───」

 コンコン───カチャ……

「ちょっと、お話中で悪いんやけど」

 現れたのは、知原だった。

「叶依ちゃん、お客様よ。通していい?」

「誰?」

大川おおかわさん。知ってるでしょ?」

「大川……? あ!」

「誰?」

「Zippin’のスカウト」

 大川は叶依をデビューに導いた人だった。初めて声をかけられたとき、叶依はその気がなかったので断った。二回目に会った時も、三回目に会った時も、もちろん叶依はずっと断った。けれど、本当に断り続けて良いのか、少しは迷っていた。叶依がZippin’ Soundsと契約することに決めたのは、後悔をしないためだ。

「今日はあなたにプレゼントがあるの」

 大川は叶依に一枚のCDを渡した。

「OCEAN TREEって知ってるでしょ?」

「はい……」

 知っているを通りこして、叶依はOCEAN TREEのファンだ。

「彼らもうちと契約してるんだけど、明日アルバム出すのね。それで……プレゼントしようってことになったの」

「OCEAN TREEがなんで私なんかに……?」

 OCEAN TREEは今春デビューしたギターデュオで、歌は入れずにギターオンリーという珍しいユニットだった。それでも出す曲はすべてヒットして、テレビやラジオに連日引っ張りだこだった。その彼らが、だ。

 もちろん叶依は嬉しいけれど、接点がわからない。

「私ね、あなたと初めて会った日、確かアマチュアコンテストか何かで、それがラジオで生中継されてたのよ。で、彼らはそのラジオを聴いてたらしくて、私があなたに会ったって言ったら是非とも会いたいって言われて。今日はまだ忙しくて来れなかったんだけど、CDだけでも渡しといてくれって言われたの」

 数日後、叶依はコンサートで演奏した二曲を含むアルバムを出した。もちろんそれは、挨拶代わりにOCEAN TREEにプレゼントされた。

 間もなく始まった、OCEAN TREEがパーソナリティを勤める全国ネットのラジオ番組で、まず彼らはそれをピックアップしてかけまくり、おかげで叶依のデビューアルバム『balloon』は一週間でほぼ完売だった。

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 叶依がデビューしたことは学校中に知られていた。玄関の掲示板には、巨大ポスターまで張ってある。

「それでおまえ、もうあいつらに会ったん?」

 終業式の後の教室で史が聞いた。

「ううん。あっちもかなり忙しいみたいやから、会われへんねんて。早く会いたいなぁ」

 OCEAN TREEと会える日を楽しみにしている叶依と、ひとり寂しそうに自分の席で座っている伸尋。叶依は伸尋の姿を見ていないけれど、史と海帆は、二人の状況を正しく把握していた。

「そういえばさぁ、伸尋おまえ、明日バスケ試合やろ?」

 史は話題を変えた。

「叶依、明日何かある?」

「明日? んーっと……多分空いてると思う」

「じゃ、観に行こうや。おい、伸尋ー。頑張れよ」

 史は伸尋に不思議な笑みを向けた。

「え? あぁ……」

 史の笑顔の意味を、もちろん叶依は理解できなかった。

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