桜の妖精

「…っ、はぁ、っ…っぐ、はぁっ…」


雪は変わらず降り続けている。ゆっくりと、しかし着実に積もり続けている。

僕はお姉ちゃんのセーラー服に身を包んだまま、あの山道を必死に駆け上がっていた。

既にお姉ちゃんと別れた場所はとうに過ぎていて、駆け上がった先で僕は一つの石で出来た大きな祠の前に居た。

人気の全くないその祠の前には、お姉ちゃんが着ていただろう白無垢が捨て置かれていて、それ以外には何もない。

勿論お姉ちゃんの姿も、雪妖精様の姿も。


「おねえちゃ、っ…おねえちゃん、っ…!」

「…ほう、もう一人来たか」


突然静寂に響いた声に身体を強張らせ辺りを見回すが、やはりさっきと同じ様に人の気配はない。

きょろきょろと何度も見回す僕にその声はさも楽しそうにからからと笑った。


「見回してもおらんぞ。私は実態を持たぬでな」

「…あなたが雪の妖精ですか」

「まぁそうも呼ばれているな。お前が探しているのはお前の血の繋がった姉とやらだろう」

「…はい」

「すまんがお前の姉は既に私の嫁…まぁ正確には後継ぎか。私の代わりに雪の妖精を勤めて貰う為に、既に人の身体を捨て雪の精としての器に移りつつあってな。もう止められないのだ」

「っ…」


僕の行動は時既に遅しであったということか。

ぎり、と握る指先はもう既に感覚はない。凍傷が進んでいるせいなのかはわからない。


「お姉ちゃんと、どうしても、一緒に居たいんです」

「ほう」

「どういう形でもいい…お姉ちゃんと居られれば、それでいいんです。だから、」

「分かった、分かった。私ももうこの器を捨てる身だがこれでも何十年も妖精をしているのだ。多少の力はあるからなあ。お前の願いを叶えてやろう。しかしその器を捨てることになるが構わないのか?」

「…それは、どういう」

「お前を妖精にしてやろう。この祠の傍に立つ大きな枯れ木があるだろう。そこはもう何百年も桜の精が居らず枯れてしまってな。お前はどうやらお前の姉に私の奇病を移されてしまった様だし、その身体はもう長くは持たん。お前が人間を辞めてでも姉と共に居たいと言うのなら、お前を桜の精にしてやる」


迷う必要なんて無かった。

僕は姉と居られればそれで良かったのだ。


「…はい」

「ほうほう、躊躇いがないな。さて、どうやらお前の姉が持っていた桜の押し花の様なこれが役に立ちそうだ。はっはっは、この村は二人の姉妹にて守られる事になる訳かな」


急に、ふわりと身体が軽くなった。それから、意識が急激に重くなる。

だけどそれは不快感ではなく、むしろ温かい日溜まりの中で微睡む様な、そんな気持ちだった。

何処かで先程の声が、話し掛けている様な気がしていたが、何故か少しずつその声がお姉ちゃんの声に変わっていくような、そんな気がした。

妖精になるっていうのはこういうことなのかと、手放す意識の中でぼんやりと、そう思った。






僕の住む村には、大きな山がある。

その村には昔からずっと言い伝えられている伝説があるんだそうだ。


雪の妖精の嫁として贄に出された姉と共に居ようとした、とある妹。

その妹が雪の妖精に願うと、妖精はその願いを聞き入れ、枯れ木を桜に変えてその桜の妖精として妹を置いた。

寂しさにより何十年に一度贄を持って交換されていた雪の妖精は、その贄となった姉と姉を追いかけて桜の妖精になる事を選んだ妹によって無くなり、二人はそれから何十年も、何百年も山の上から村に災厄が降り注がない様にと守られていく事となった。

そんな村には何時しか他の妖精も住む様になり、どんどん村は発展してく事となったのだとか。




「お姉ちゃん」

「なあに、ユア?」

「今日も村の人がお裾分けしに来てくれたよ。ほら」

「あら。これは川沿いの喫茶店の娘さんからね。もう文字を覚えたのね…ふふ、見て。『カサネさまへ、』だって」

「あはは、まだまだ練習が必要そうな文字だね」

「…ねぇ、ユア」

「なあに、お姉ちゃん」

「今年も綺麗な桜が咲いたわね」

「……うん、そうだね」


山の頂上から、村を見渡す。

僕とお姉ちゃんが守るこの村は、あの日からもう何百年の時を経ていて、それでも変わらずに穏やかな日々が流れていた。


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白銀の雪、薄桃にて。 或布 @Alfled0218099

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