第68話 ありがとう10周年

 pixivに少女九龍城の第1話を投稿してから10年が経ちました。

(カクヨムでは4周年ですね)

 今までありがとうございました&これからも、よろしくお願いします!


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「チズちゃん、10年前って何してた?」


 正面の席に座っている椿さんに問いかけられて、私……加納千鶴(かのう ちづる)は醤油ラーメンの麺を持ち上げていた箸をスッと下ろした。

 下ろしたあと、やっぱり持ち上げて麺をすすった。

 今日は『少女九龍城ラーメン部』が食堂の調理を担当している。食堂のラーメンといったら、麺もスープも業務用スーパーで買ってきたものが定番だ。しかし、少女九龍城ラーメン部が調理を担当する日は、そこら辺の人気ラーメン店が裸足で逃げ出すほどのおいしいラーメンが食べられる。

 うん。今日のラーメンも最高だ。


「チズちゃん、わっちの質問はラーメン以下なのか?」

「いや、あんまり質問が唐突だったもので……」


 ちなみにそういう椿さんもラーメンをすすっていた。

 ラーメンは全てに優先される。伸びるし冷めるから。


「10年前って、そりゃ単なる子供でしたよ。幼稚園児か小学校1年生くらい」

「ま、そうじゃろうな」

「おジャ魔女ドレミとか見てました」

「うんうん……ん?」


 椿さんが味玉を頬張ったところで固まった。


「それ本当に10年前? プリキュアじゃなくて? 今から10年前のアニメって、まどマギとか、あの花とか、シュタゲとかなんじゃけど?」

「えっ!? それ、最近のアニメじゃないですか!?」

「チズちゃん、時間ねじれ曲がってない?」


 椿さんに言われるまで気づかなかった。

 まどマギを見たのは、少女九龍城に来たばかりの頃だ。食堂にあるテレビ(完全地デジ化が迫ってるのに未だにブラウン管だった)の前に集まって、戦後のプロレス生中継よろしく、固唾を呑んで最終回を見守ったのである。


「そ、そういう椿さんは10年前って何してたんですか?」

「10年前は冬眠してなかったと思うが……そうそう。あの頃はプレステ2が発売されてから、そんなに日が経ってなかったな。ドラクエ7とかメタルギアソリッド2をめちゃくちゃやりこんでた覚えがある」


 ノスタルジーに浸っているようで、目がキラキラしている椿さん。

 私はスマホでゲームの発売日を調べた。


「メタルギアソリッド2の発売日は20年前。ドラクエ7に至っては、そのさらに1年前ですよ」

「なぬっ!?」

「10年前だと、プレステ3とPSPですよ?」

「な、何かの間違いじゃ……」


 椿さんが砂漠の真ん中で自由の女神を見つけたような狼狽っぷりを見せる。

 狼狽しながら、ラーメンをすする。

 ラーメンのスープまで綺麗に飲み干し、彼女はドンとどんぶりをテーブルに置いた。


「今から10年前というと、少女九龍城はまだまだADLSでネットをしておったな。光回線を通してもらうため、西園寺家に助力を求めたこともあった。当時はwifiとかなかったから、住人仲間たちと協力して、少女九龍城の生活エリアにケーブルを張り巡らせたんじゃ……」

「10年前は、もうiPhoneも出てましたけど?」

「えっ!? わっちがスマホを買ったのなんて、ニコ生主を始めてからだったはず! そうして、ニコ生でトークスキルを磨いたわっちは、YouTubeの台頭と共に、VTuberの中の人として活動場所を移していったのじゃよ」

「ニコ生も初耳ですけど、なんか最近羽振りいいと思ったら、椿さんってVTuberやってたんですか!?」


 この少女九龍城にもYouTuberやVTuberとして稼いでいる子は何人かいるらしい。

 しかし、まさか椿さんまでやっているとは思いもしなかった。


「これでもV界隈は4年ほど前の黎明期から追っかけておるからな」

「いや、10年前にADSLでネットしてたなら、4年前にVTuberはおかしいでしょ」


 私の指摘をスルーして、椿さんはラーメンどんぶりをキッチンに返却した。

 私も一緒に食器を片付ける。

 再び席に着くなり、椿さんがゲンドウポーズで言った。


「どうやら、わっちらは『サザエさん時空』に囚われているらしい」

「……それ、なんか不都合あります?」

「ない」

「ですよねえ。時間のループから解放されるまで、のんびり暮らせばいいだけ――」

「――困る! それは困るよ!」


 話に割り込んできたのは、住人仲間の虎谷スバル(こたに すばる)さんだった。

 彼女はラーメンどんぶりを抱えながら、私たちの所に席を移ってきた。


「私、将来の夢がお嫁さんだもん! 時間がループしてたら結婚できないよ!」

「いやいや、お主の年齢なら結婚はできるじゃろ」


 椿さんにツッコミを入れられると、虎谷さんは腕組みして考えた。


「私……今、何歳だっけ?」

「ループの影響は甚大らしいのう」


 甚大だけど深刻ではないのがミソである。

 何か良からぬことを思いついたのか、椿さんがポンと手をたたいた。


「そうじゃ! 昼飯も食べ終わって暇じゃし、時間がループして困るかどうか、住人仲間たちに聞いて回ろう。もしかしたら、意外と『私がやりました』って正直に言うやつが出てくるかもしれんしな」

「そうしましょうか。暇ですから」

「私も手伝うよ! 暇だから」


 こうして私と椿さんと虎谷さんの三人は、住人仲間たちを片っ端からインタビューすることになった。


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 1:管理人さん、伊勢崎 菜々美(いせざき ななみ)

 管理人さんを探してみると、真っ昼間から縁側で缶チューハイを飲んでいた。

 椿さんが一缶もらおうとすると、管理人さんは彼女の手を素早くたたき落とした。

「時間がループしたら困るかって? 困るね。ピチピチの10代の頃にループできるならともかく、こんな大人になっちゃってから時間がループしてもねえ……。それにループしたところで、お前たちの相手してばっかになるだろうしさ」


 2:鍵開け職人、竹原 涼子(たけはら りょうこ)

 竹原さんは、少女九龍城には無数にある開かずの間の解錠を試みていた。

 開かずの間から出てきたお宝で、一攫千金を狙ってるらしい。

「時間がループ? そりゃいいかもね。大人にならなくていいなら、働かなくてもいいわけだし。それに自分も好きな人も、永遠に若いまんまって最高じゃん。おばちゃんにはなりたくないよね。うちのお母さんなんか、典型的なおばちゃんだもん」


 3:社長令嬢、西園寺 香澄(さいおんじ かすみ)

 いくつもある中庭のひとつで、西園寺さんはガゼボ(なんかおしゃれな屋根付きの休憩所みたいなやつ)でアフタヌーンティーを楽しんでいた。

「時間が進まないというのは悩ましいですね。時間が進まないということは、うちの事業も進まないでしょうし……。でも、自由に止めたり進めたりできるなら、ぜひ止めてみたいですね。時間を引き延ばすことで増える楽しみもありますから」


 4:おどおどした女の子、木下 真由(きのした まゆ)

「じ、時間がループする……ですかっ!?」

 木下さんは自室で本を読んでいたらしかった。

 大人しそうな木下さんが、実はとてつもないムッツリスケベであるということは、住人仲間たちの間では常識になりつつある。彼女自身はバレてないつもりなので、本人には黙っておいてあげようというのが暗黙の了解となっていた。

「そうですね……。ループした方がいいです、と思います。退屈な平日がループするのは困ります、と思いますけど、休日には試したいことがあって……あ、いや、聞かなかったことにしてください! 私、休日に何かしてるとかないですから! です、はい」


 5:盗撮専門ジャーナリスト、二宮 梢(にのみや こずえ)

 椿さんの部屋のタンスをどかすと、そこには盗撮チャンスを狙っている二宮さんが隠れていた。

「時間がループは無理ッス。ありえないッス。だって、同じシチュエーションが繰り返されたら、新しいスクープ写真が撮れないじゃあないッスか。新しい時代がやってきた瞬間を切り抜くのがジャーナリストなんス。時間のループは困るッス」


 6:実は双子の妹だった元姉、松沢 七穂(まつざわ ななほ)

 妹の六実ちゃんの方が先に生まれていたと判明し、その後の姉妹格付けバトルにもことごとく連敗していた七穂さんは、その後の憔悴っぷりが嘘のようにしゃっきりとした生活を送ることになっていた。現在は六実ちゃんとは別の部屋で生活しているらしい。

「時間のループは困るかな。早く自立した大人になりたいし。私って双子の姉であることにこだわって……というか、それだけが自分の取り柄だと思って生きてたから。でも、私に必要なのは自分が自分の価値を認めること。それが無理なら、尊敬できる導き手(メンター)から認められることだったんだよ」

「七穂さん、怪しい宗教とか勧誘されてないよね?」

「いや、されてないされてない」


 7:実は双子の姉だった元妹、松沢 六実(まつざわ むつみ)

 そんな一方、六実ちゃんは何も変わっていない。

 私と椿さんが付き合ってからも、椿さんと遊ぶのをやめようとしないし……。

 まあ、彼女の場合はあくまで一夜限りの遊びを繰り返してるだけで、他に少女九龍城の中に遊び相手もたくさんいるようなので害はないけど。

 で、そんな六実ちゃんだが意外な特技があった。

「ループはダメだって! 株で儲けられなくなっちゃうじゃん! 学校の授業が全然楽しめなくて、学校の友達も作れなかった私が、ようやくセックスとお姉ちゃんいじり以外で見つけられた人生の楽しみなのにー」


 8:殺人鬼、三島 悠里(みしま ゆうり)

「うわっ!? 指名手配犯っ!?」

「あーあー、騒がないでよ。騒がなければ、悪いようにはしないし。それより、みんなに聞き回ってることがあるんじゃない?」

「なんで知ってるんですか!?」

「私も時間のループには賛成できないかな。だって私、みんなが大人になった姿を見てみたいんだよね。え? 大人になって食べ頃になったら狙う? いや、ないない……とは言い切れないな。いくら少女九龍城の住人でも、悪い子は見過ごさないから」


 9:サムライ留学生、キャサリン・クラフト

「時間のループ……それは『精神と時の部屋』的な?」

 道場で素振りをしていたキャサリンさんは、相も変わらず日本人顔負けの発音で私たちの質問に答えてくれた。

「だとしたら、私は賛成です。剣を極めるのに時間はいくらあっても足りませんから。でも、時間がループするたびに記憶や経験もリセットされるタイプのやつだったら、それはさすがに賛成できませんね。人を斬る機会には恵まれそうですが……いえ、これは冗談です。本当に冗談ですからねっ!?」


 10:霊感少女、結城 アキラ(ゆうき あきら)

 食堂のwifiの通りがいい窓際(通称・ノマドゾーン)で、結城さんは来週の模試に向けて勉強をしていた。

「今のままでもいいかな、とは思うよね。私と虎谷さんとカイで楽しく暮らす。でも、最近気になることが色々あって……私みたいな力の持ち主は他にいるのか、カイは犬ってことになってるけど本当は誰なのか……そういうことを調べるのには、まずは大学生が一番かなって。ま、普通に遊んだりもしたいけどね。だから、ループは困るかな」


 11:虎谷スバルの愛犬、カイ

「わんっ!」

 カイは犬なので、もちろん人間の言葉をしゃべることはできない。しかし、人間の言っていることは大体伝わるらしい。虎谷さんが学校に行っているときなどは、他の住人たちにお世話してもらうことで割と暢気に日々を過ごしている。

「なあ、スバル。カイはなんて言っておるんじゃ?」

「時の流れが進むのか戻るのかは、観測者に大きく左右される……だって」

「それ、ホントに言っておるんか?」


 12:自称・月面人、宇佐見・エレーナ・アリサ(うさみ・えれーな・ありさ)

「それはありえますね」

 真っ昼間からバニースーツを着ている日系ロシアン美少女は、時間のループと聞くなり格好に似合わぬ賢そうな顔をして即答した。

「時間の流れは一定で不可逆。それが一般的な認識ですが、実のところ、時間は飴細工のように柔軟なのです。時間が逆に進むことも、終わりと始まりをつなげることも、理論上は可能なのです。ただ、技術的なハードルが高すぎて、実用化まであと1000年くらいかかるかもしれないですが……」


 13:魔性の義足少女、秋葉 可憐(あきは かれん)

 秋葉さんはトレーニングルーム(OBの置いていった健康器具が大量にある)で筋トレに励んでいた。

「うーん、時間がループするのは困りますね。私、高校生になったら本格的に陸上を始めようと思ってるんです。ミーハーなんですけど、オリンピックに影響されて……。今から身体を鍛えておけば、きっと役に立つと思ったんです」

「おぬし、えらいのう! わっちもトシじゃから、若者の頑張る姿を見るだけで涙が出てきちゃって……」


 14:秋葉可憐の押しかけ女房、榎本 ゆず(えのもと ゆず)

「私、悩んでることがあるんでループは大賛成です。ループしている間は、悩みに答えを出さなくてもいいわけですし……」

「時間は進まないけど、人間関係は変化する系のサザエさん時空だったら?」

 そう質問したところ、廊下の片隅に放置されているお立ち台に腰を下ろし、榎本さんは考える人のポーズになって動かなくなってしまった。

「あ、あの……相談したいことがあるなら聞くからね?」

「ありがとございます、チズちゃん先輩……では、また後で……」


 15:電話番、小山 紗英(こやま さえ)

 小山さんはいつものように、電話台のそばの椅子に腰掛けて、文庫本を読みながら電話番をしていた。

「興味のない話題ですねー。そんなこと聞いて、どうするんです?」

「おぬし、電話番なのに愛想ないのう……」

「電話番のお駄賃じゃ、愛想は振りまけませんね。まあ、それはそれとして、未来人と会ったこともあるんで、時間のねじれとかは信じてるタイプです。時間のループはありえるというか、もうループしてる可能性もありそうですよね。もしそうだとしても、私自身は特に何もしないです。解決だのなんだのは、もっと主役っぽい人に任せます」


 16:月面暮らし見習い、大野 頼子(おおの よりこ)

 宇宙に憧れる少女、大野さん。

 月面基地に行けると聞いて、宇佐見さんにホイホイついていった彼女は、それから本当に月面基地の住人として迎え入れられたらしい。宇佐見さんに騙されて一夜を共にしたことのある私としては、大野さんの動向が今なお少し心配なのだった。

「あー、時間のループですかー。時間の流れは重力に影響される的な理論を応用して、時間の流れをループに閉じ込める実験が月面で進んでるみたいですけど、それで作れるのは精神と時の部屋が限界で、宇宙全体のループは難しそうですねー。大学を出たら正式に月面入りするので、自分としてはループしてもらわない方がありがたいかな」


 17:引きこもり体質、香坂 白音(こうさか しらね)

「いやもう、今の貧乏暮らしがループするのは本当に勘弁です……」

 香坂さんはアルバイトとして、食堂で黙々と皿洗いをしていた。

「ようやくラーメン部が軌道に乗ってきたところなんです。しかもですね、少女九龍城のOBの方が居酒屋をやってるんですけど、昼間の内は店舗を貸してくれるって言うんですよ。『店長も店員も女子高生のラーメン屋』って売り文句でやろうと思ってて。なので、時間がループして話が進まないのは、うーん……」


 18:ファッション不良少女、櫻井 純(さくらい じゅん)

 秋葉さんが爽やかに汗をかいている横で、櫻井さんはひーひー言いながらダイエットに励んでいた。

「白音さんに付き合って毎日ラーメンの味見してたら、がっつり体重に響いちゃって……元の体重に戻るまで、時間でもなんでも止めといてほしいよー。白音さんも同じくらい味見してるのに、なんであんな細いんだろうね? 本人は貧乏してるからって言ってるけどさ、あれって絶対に太らない体質なだけだよね」


 19:なんちゃって王子さま、桃原 杏子(ももはら きょうこ)

「ねえ、椿さん。もしも世界的なパンデミックが起こって、キスもハグも気軽にできない世界になったとしたら、キス魔で売っている私はどうしたらいいと思う?」

「それは困るのう。わっちもチズちゃんとイチャイチャできないですし……」

「だろう? 時間のループも興味深い話題だけど、同じ『もしも話』なら、私にとってはこちらの方が深刻な話題なんだ。本当にどうしよう。キスが上手いことしか、取り柄がないっていうのに……」

「じゃあ、相手に触れなくてもいいように言葉責めをマスターすればいい」

「椿さん、天才」


 20:図書館の住人、一 一(にのまえ はじめ)

「えっ!? シーツさん、そんなすごい名前だったの!?」

 あんぐりと口を開けている虎谷さん。失礼ながら、私もぽかんとしてしまった。

 図書館の一角に住み着き、白いシーツをかぶって目元を隠している女の子は、ほおが少し赤くなっているのが見て取れた。

「あまりにも狙った感じの名前なのが恥ずかしくて……。小説の主人公とかなら、まだわかるんですけど、私は別に主人公でもなんでもないし……。それはそれとして、その……時間のループでしたっけ? 時間の進まない空間というのは、物語も進まないような気がしますが、どうなんでしょう?」


 21:映画監督のOB、篠崎 紀香(しのざき のりか)

「もしもし、ノリちゃん? わっちわっち!」

『……貴方はオレオレ詐欺される側でしょ?』

「そこまでボケとらんわい! 脳も心もピチピチじゃ! いや、そんなことより――」

『――サザエさん時空? アイディアをくれるのはありがたいけど、私、SF要素のある映画ってあんまり撮らないのよね。それより、自分で小説にでもしてみたら?』

「いや、そういうつもりで聞いたわけじゃないんじゃけど……」

『椿さんが、それで賞でも取ったら、映画化してあげるわ』

「あ、言ったな! 映画化の権利、めっちゃ高く売るからな!」


 22:美少女オカルト学者、稗田 礼子(ひえだ れいこ)

 建物に囲まれたデッドスペースから、ザクザクと土を掘り返す音が聞こえてくる。

 気になって覗き込んだら、作業着姿の礼子さんがシャベルで穴を掘っていた。

「ここ、素晴らしい発掘ポイントです! 掘れば掘るほど、埴輪が出てきて……」

「あの、それ……OBの埴輪職人の方が埋めていったやつです」

「なんでそんなピンポイントな職人がいるんです!? がくっ……」

「あの、稗田さん。もしも時間がループしたらっていう話なんですけど――」

「すみません。世紀の大発見だって、大喜びしていたところなので……しばらくの間、ほっといてもらえたら……」


 23:16分の1だけ吸血鬼、赤羽根 セレナ(あかばね せれな)

 赤羽根さんが吸血鬼である事実は、私と椿さんはすでに知らされていた。

 不老不死も月面人もいる少女九龍城だ。それはもう、すんなりと受け入れた。

「時間のループかぁ……。私って吸血鬼だけど、たぶん寿命は普通の人と同じくらいなんだよね。長生きしすぎるようなら、ループした時間の中で生きるのも悪くないけどね……とかいう建前はさておき、ずっと学生の身分でいたーい! 吸血鬼を取り巻く環境、めんどくさすぎーっ!」


 24:敏感肌のヴァンパイアハンター、角倉 彩綾(かどくら さあや)

 シスター姿の角倉さんは、住人仲間たちと麻雀に興じていた。

 ちなみに賭けはしていないらしい。賭ける人は魂まで賭けるけど。

「時間が進まないのでは、私の出世も望めなさそうですね……。これでも人並みの出世欲はありますから。え? 出世して何をするって……いや、別に現場を離れたいわけではないんです。といか、赤羽根さんを放っておけないですし。単純にヴァンパイアハンター協会の上層部がひどい有様なので、内側から変えたいと思ってまして……」


 25:元100%の雨女、泉川 伊織(いずみかわ いおり)

 雨女体質が解消されて、晴れて高校進学した泉川さん。

 彼女は稗田さんの発掘作業を手伝っていた……ということはつまり、さっきまで掘っていた埴輪が偽物だとわかった直後である。

「埴輪はさておき、時間のループは大歓迎です。今、高校生活が楽しくて仕方ないですから! 私、稗田さんに憧れて歴史研究会に入ったんです。専門のジャンルは違っても、歴女の会員が割と多くて、同級生にも先輩にも友達がたくさんできちゃいました。稗田さんはどうですか?」

「時間がループすることによって、歴史的資料の劣化が起こらないなら賛成。資料に劣化が起こる、かつ歴史的な新しい発見が生まれないのなら反対ってとこです」

「なるほど、稗田さんらしい……」


 26:加納千鶴の愛人、長谷部 心(はせべ こころ)

「あっ!? チズちゃんっ!?」

 私の顔を見るなり、長谷部さんが懐に何かを隠した。

 十中八九、住人仲間の百合シチュの盗撮写真である。

「はい? 時間のループに賛成かどうかの調査? それは難しい……。この尊い青春をループに閉じ込めることで、一瞬を永遠に引き延ばすことができる。でも、そうしてしまったら月日が過ぎることで生ずる関係性の変化は見られない。歳を重ねることで生まれてくる新たな関係もありますよ。難しい……これは難しい……30分ください」

「じゃ、じゃあ、またあとで聞くね」


 27:キス不器用人間、米村 風花(よねむら ふうか)

「見てよ、これ。この涙ぐましい努力を……」

 縁側で黄昏れていた米村さんは、くるんと結ばれたサクランボの茎を見せてきた。

「こんな芸当ができて、どうしてキスは下手なんだか……毎日のようにみっちりキス練もしてるのに……。時間がループするっていうなら、無限にだってキスの練習をしていたいよ。いや、その前にあごが疲れちゃうか……。チズちゃんは、キス練ってしてる?」

「してません」


 28:根気強い恋人、夏目 瑠璃(なつめ るり)

 そんな米村さんの苦悩する姿を、夏目さんは柱の陰からこっそり見守っていた。

「私、最近思うんです。風花さんに必要なのは、キスじゃなくて心のケアなんじゃないかって……。風花さんは心のどこかでキスを怖がっている。あとで催眠術でもかけてみようかな……。幼児退行させて、トラウマを取り除けば……」

「ちなみに時間のループは――」

「風花さんがキスをマスターするまでは賛成ですっ!」


 29:任侠団体の跡取り娘、九条 円香(くじょう まどか)

「私、ちょっとのぞきに来ただけなんだけど? 質問に答えなきゃダメ?」

「まあまあ、堅いこと言うでない。で、どうなんじゃ?」

「漫画とか読まないから、ループとか言われてもなぁ……。まあ、大人になると面倒なことが増える生まれをしてるんでね。高校時代が続くのは歓迎かな。せっかく友達らしい友達もできて、自宅暮らしが息苦しいんで下宿先でもって思ってたところで……」

「それなら、この少女九龍城はオススメじゃな。エッチもし放題じゃぞ」

「ぶはっ!? だ、誰からそんなこと教わったんだよ、このガキ!?」

「ふぉっふぉっふぉ……」


 30:クラス委員長、加々美 紫音(かがみ しおん)

「私は九条さんの付き添いです。でも正直な話、ここをもう気に入ってきました」

「そうじゃろう。そうじゃろう」

「時間のループについてですけど、私は早く大人になりたい派なんです。大人になって自立できたら、自分の好きなように生きられる。ちょっと前まで本当に苦労してたんですけど、今は、これから楽しいことがたくさんあるんだろうなって気持ちなんです。だから、時間のループは反対かなって」


 31:日独ハーフ、ミカ・カタリナ・ノイマン(みか かたりな のいまん)

「時間のループ? そりゃ、随分と大がかりな……」

 ドイツ留学から帰ってきたというミカさんは、その顔立ち以外は国際的な雰囲気を感じさせない、妙にゆるーい雰囲気の持ち主である。

「時間のループは、自覚なく楽しめるならいいんじゃない? でも、そういうのって作った本人は自覚してるもんだよね。そんなことしてもさ、待ってるのは破滅だよ。というわけで、私としては時間のループなんて作りたくないし、作ることもオススメしないよ」


 32:引きこもりアーティスト、ダーガーちゃん

 いつの間にか住み着いていた芸術家肌の女の子・ダーガーちゃんは、今日もアトリエという名の自室で、パソコン画面に向かって創作活動にいそしんでいた。

「そのイラスト、同人誌とかで発表しないんですか?」

「わ、私の創作はコラージュが基本なんで、同人誌なんて権利的にとてもとても……というか、私は作るだけで満足なたちでして……。ええと、時間のループですよね。良いも悪いもないというか、時間の流れとか気にしたことないです……え、えへへ……」


 33:キラキラネームの悪役令嬢、菖蒲川 星光(あやめがわ すたーらいと)

「ううう……相変わらず、ここは魔力酔いがきつい……。さっさと偵察を切り上げて、帰らないと……」

「ねえねえ、そこの人。もしかして入居希望者?」

 虎谷さんが話しかけると、高貴なオーラをまとった少女は露骨にギョッとした。

「んなわけないでしょ! あくまでライバルの動向を探りに来ただけ」

「ふーん……。じゃあ念のために聞くけど、サザエさん時空には賛成? 反対?」

「……サザエさんって、何?」

「えっ!? サザエさん、知らないのっ!? か、可哀想なお嬢様……」

「私、なんで哀れまれてるの? それ、そんなに有名?」


 34:日本を観光中、ルイーズ・ダブルイール

「サザエさんを知らないとか、あんたマジで日本人デースか?」

 女児向けアニメのTシャツの上にユニオンジャックのパーカーをはおったイギリス人の少女が、釈然としていない高貴なオーラの少女に馴れ馴れしく寄りかかった。

「いや、私、アニメとか見たことないし……家で見せてもらえなかったし……」

「ぐすっ……。そんなんだから、こんなに心が貧しく……」

「誰が心が貧しいですって! そこまで言うからには、アニメってのはちゃんと面白いんでしょうね? 試しに見せてみなさいよ、あなたの一押しアニメを!」

「お安いご用デース。これは帰国を先延ばしする必要があるデスね、ふふふ……」


 35:英国面だから恥ずかしくないもん、ネビルさん

 イングリッシュ美少女のお供らしい、パンツ丸出しの女性がうんうんとうなずいた。

「では、私と菖蒲川殿は同じアニメ1年生というわけですな。私も現代ジャパンのアニメ文化を学ぶため、つい先日にジブリ作品を見たばかりです。飛ばねぇ豚はただの豚だ、ですぞ」

「ジブリって何?」

「ジブリはいいですぞ、菖蒲川殿。私のオススメはもののけ姫なのですが、人生初ジブリがそれではいささかハード……。ここはやはり、安心と信頼のトトロかラピュタがぴったりでしょう」

「それは、まあ、任せるけど……。あなたってそんなしゃべり方だっけ?」

「立派なオタクになれるよう、私が教えたデース!」

「幻霊(ファントム)に教えること、もっと他にあるでしょ!?」


 36:忍者と噂の女の子、百地 千草(ももち ちぐさ)

 百地さんはお化けに驚いて尻餅をつくたび、服の内側から鈴の音をさせている。

 その鈴の音の正体について、一時は活発な議論が交わされていたが、今度は彼女が忍者ではないかという噂がまことしやかにささやかれていた。

「時間が繰り返されるかー。そんなこと、可能なのかな……。できるとしたら、一体どんな……。いやいや、何でもない何でもない。とりあえず、時間のループには反対しておくよー。そんな面倒ごとに巻き込まれてる場合じゃないんだよね。こちとら、早く大人になって都会で暮らしたいもんで」


 37:ぬるぬるハンドの使い手、鵜飼 舞鈴(うかい まりん)

 鵜飼さんは、ここ最近の要注意人物だ。

 手から『触るとかゆくなる、ぬるぬるした液体を出す』という謎の手品を得意とし、住人仲間を口説いては遊び回っている。このかゆみが意外と後を引くらしく、本当に後を引くのか怖いもの見たさで試してしまう女の子が続出してしまい、余計に被害者が増えてしまうのだった。

「チズちゃん、どう? 私のゴッドハンド、試してみない?」

「いや、それより質問に答えてほしいんですけど……」

「はーい! 私が時間をループさせてる犯人でーす! だから、私の部屋でじっくりと二人きりでお話を――」

「結構です」


 ×


 廊下に放置されているソファに腰を下ろして一休み。

 椿さん&虎谷さんとは、途中から別れて調査をしていた。

 私が質問した相手だけで30人くらい。二人も同じくらい調べてくれると考えると、おおよそ100人くらいには質問できるだろうか。しかし、それでも少女九龍城のすべての住人を調べるには全然足らない。


「こりゃ、迷宮入りかな……」


 そう呟いたときだった。


「聞く相手、まだまだ残ってるわよ!」


 ソファには一人で座っていたはずなのに、すぐ左隣から女性の声が聞こえてきた。

 反射的に振り返ると、いつの間にか女性が隣に腰掛けていた。

 美人なのはわかる……が、なぜか顔を上手く認識できない。まるで、スマホで自撮りをしたいのに、後ろに貼ってあるポスターの顔に焦点が合ってしまうかのようだ。この人は超常的な何かだ、と長年の勘でわかった。


「あの、あなたは……」

「まずは明治時代ね!」


 女性が太陽のようにニッコリと微笑む。

 次の瞬間、私の身体は重力から解き放たれた。


 ×


 38:九龍館の用心棒、新藤 ひばり(しんどう ひばり)

「あ、あれ? ここは……」

「九龍館だよ。娼館だ。あんたは店の前で行き倒れてたんだ」

 布団は干し立てなのか、ふかふかとして、お日様の匂いがしている。

 日本刀を携えている着流し姿の女性は、ぷかぷかとキセルをふかしていた。

 ここが本当に娼館なのかよくわからないが、なんとなく鬼を斬る系の漫画に出てきた遊郭の雰囲気に似ている気がする。

「あ、あの……時間のループって、どう思います?」

「るぅぷ? 何言ってんだ? あんた、もう少し寝てた方がいいな。まあ、布団ならいっぱいあるから、好きなだけゆっくりしていきなよ……って、それは用心棒の私が許可できる話じゃないか。でも、ここの女将さんは優しいから、安心して大丈夫だ」


 39:九龍館の看板娘、虎谷 美空(こたに みそら)

「あっ! 目が覚めたんだ! かすていら、食べる?」

「うわっ!? 虎谷さんっ!?」

 私の寝かされている部屋に、いきなり虎谷さんのそっくりさんが現れた。

 大正ロマンというか、成人式というか、袴姿がとても似合っている。

「あれ? 私のこと、知ってるの? いやあ、私も看板娘として名が売れてきたかな……って、そうそう。これから、すき焼き用のお肉とビールを買いに行かないと! お願い、新藤さん!」

「はいはい、荷物持ちね」

 虎谷さんと新藤さんが部屋を出て行ってしまう。

 ぽつんと一人、その場に残された私は――


 ×


「はい。次は太平洋戦争の真っ最中ね」

「あなた、誰なんですか!?」

「気にしない気にしない」


 ×


 40:ぼんくら少尉、水瀬 荒野(みなせ こうや)

 気がつくと、しゃれた個室でお茶を飲んでいた。

 目の前には軍服姿の女性がいる。黒髪を長く伸ばしており、それがまた大和撫子な雰囲気に似合っていた。軍服は手入れが行き届いており、階級章もピカピカだが、コスプレのような安っぽさはなく、彼女が本物の軍人であることが空気でわかった。

「悪いね。お気に入りの子がいないからって、お茶の相手を頼んだりしてさ」

「い、いえっ……大丈夫です。それで、いきなりなんですけど、同じ時間を繰り返すことって、どう思いますか? 今年の大晦日を過ぎたら、また今年の正月が始まるんです。だから、みんな歳を取らなくて……」

「あっはっは! それは難儀だな。世の中が平和だったら、そんな不思議なことがあっても困らないだろうな。しかし、今は戦争の真っ最中で……いやはや、毎日のようにここへ入り浸っている私が当事者面をして語れることじゃないが、戦争が終わった暁には、平穏な日々が永遠に繰り返されていいんじゃないか?」


 ×


「さあ、次は未来に行ってもらうわ」

「いきなりタイムスリップさせられて、SAN値が限界なんですが……」

「人間、そう簡単には狂わないものよ。大丈夫、こういうのは慣れてるから」

「あなたが慣れてても、こっちは初めてですからね!?」


 ×


 41:少女九龍城の司令官、水瀬 吹雪(みなせ ふぶき)

 次の瞬間、私は砂糖菓子の弾丸が飛び交う戦場のまっただ中に居た。

 金平糖でも超高速で飛んできたら、めっちゃ痛いんですけど?

「きみ! 見慣れない顔だな! 部外者か?」

「そ、そうです! 助けてください!」

 軍服姿の少女は私をひっぱり、弾丸の届かない廊下の角へ連れて行ってくれた。

「なに? 時間がループしたら困るか聞き回っている? この戦争中に面白いことをしているな……まあ、戦争中と言っても、家出少女をかくまってるだけだがな。さて、私としては時間のループ、大いに結構さ。こうやってドンパチしているのが楽しすぎてね。大人になりたくないというのが、正直なところだよ」


 42:奇跡の地球帰り、水瀬 翡翠(みなせ ひすい)

「いやー、執筆で缶詰になってたから、こうして息抜きできて助かりましたよ」

 気がつくと、私は月面で一人の少女とコーヒーを飲んでいた。

 窓の外には白い月の大地が広がり、その奥の漆黒に大きな青い惑星が浮かんでいた。

 ここは、さっきの光景よりさらに未来なのだろうか?

「そりゃ、自力で月まで戻ったら人気者になれるだろうと期待してたし、ノンフィクション体験記を出版して印税で快適生活……くらいの妄想はしてましたけど、こうして実際に書くとなるとめちゃくちゃ大変ですね。ぶっちゃけ今日が締め切りなんで、今すぐにでもループしてほしいです。月の少女九龍城、めちゃくちゃ居心地いいですし」

「えっ? 未来って、月に少女九龍城があるんですか?」

「その口ぶり……まさか、あなたはタイムトラベラー!? 私と組んでる編集者さんを紹介しますから、あなたも本を出しましょう! 印税で暮らせますよ、きっと!」


 43:期待のエース、水瀬 群青(みなせ ぐんじょう)

「あの……ここって、どこなんでしょう?」

「どこって、少女499龍城のリフレッシュルームに決まってるじゃん」

 幅50メートルはあろうかという屋内プール。

 私はそのプールサイドに並べられているサマーベッドに寝そべり、真上から降り注いでくる強烈な人工光を浴びて日光浴していた。周りにも同じように日光浴を楽しんだり、ビーチバレーやバーベキューに興じている女の子がわんさかといた。

「それで、さっき聞かれたことだけどさ。何しろ私たち、謎の宇宙生命体と戦争中なわけでさ、そんなときに『時間のループに賛成ですか?』って聞かれても困っちゃうわけ。だから、私たちが泥人形のやつらを全滅させるか、安心して暮らせる入植先を見つけてから改めて聞いてくれる?」


 44:委員長の系譜、加々美 玲音(かがみ れおん)

「群青さんの意見には、私も珍しく賛成です」

 いかにも委員長と呼ばれていそうな見た目の少女が、サマーベッドの上で日焼け止めを身体に塗りたくりながら言った。

「今の少女499龍城は、人類の種の生存を第一に考えています。だから、そういう質問は個人の夢が尊重される世の中になってから聞くべきでしょう。だからといって、この少女499龍城をディストピアだと言うつもりはないですけどね。操縦士になるか、整備士になるか程度の自由ならありますし」

「……じゃあ、夢を叶えられるような世の中になったら、何になりたいですか?」


 45:宇宙船のマスコット、虎谷 真月(こたに まつき)

「はいはーい! 私、アイドルになりたーい!」

 虎谷さんにそっくりな女の子(本日二人目)が、プールの中から飛び上がってきた。

 群青さんと呼ばれた少女が、呆れたように肩をすくめた。

「虎谷さんは、もうアイドルみたいなもんでしょ。それかマスコットね」

「そうじゃなくて、本当の歌って踊るアイドルになりたいの! もちろん、戦意高揚とか文化維持のためのアイドルじゃないよ。アイドルをやりたいからやる。その理由だけでやるアイドルがいいの」

「となると、虎谷さんが大人になる前に泥人形をやっつけないとな」

「ふふっ。期待してるからね、スーパーエース!」


 ×


「次で最後よ。少女八龍城の世界に行ってもらうわね」

「もう、どこにでも連れてって……」

「えー。抵抗されないと、張り合いがないんだけど?」

「純愛モノじゃ興奮できない体質の人みたいなこと言わないでください!」


 ×


 46:凸凹コンビの凹、ミチル

 視界が一瞬で切り替わると、私は得体の知れない廃墟にいた。

 傍らには、ちょっと怒ったような顔をした小柄な女の子と、ふにゃふにゃとした顔をした長身の女の子が立っていた。二人とも工事用の黄色いヘルメットをかぶり、つぎはぎだらけのリュックを背負っている。

「おい、お前! 言っておくけど、私たちの集めた食料は渡さないからな!」

 小柄な方が、ぷんぷんしながら私に迫ってきた。

「しょ、食料!? 私、時間がループしたら嬉しいか聞きに来ただけで……」

「時間のループ? そんなの、むしろ起こってもらわなくちゃ困る。この少女八龍城は100年前から時間の流れがループしてるんだ。ちょっと前までは、時間の流れが止まっていると考えられてたんだが、どうも数ヶ月の周期でループしているらしい。その証拠として、少女八龍城から持ち出した食料が、しばらくすると復活するんだ」


 47:凸凹コンビの凸、ヒナ

 背の高い方の女の子が、ぐんにゃりと小柄な女の子に寄りかかった。

「でも、それはそれで大変なんだよー。復活の周期が安定してないから、食料の沸き場をまでちょくちょく通わなくちゃいけないでしょ? 通ってるうちに他の食料同志(カロリーメイト)に沸き場の位置がバレて、復活したところを横取りされちゃったりするんだよね。とどめに道理外存在(アウトサイダー)に居座られて、沸き場を諦めなくちゃいけないこともあるし……」

「そ、それは大変な世界ですね……」

 ここは、いわゆる並行世界なのだろうか?

 一体全体、何があったら少女九龍城が廃墟になるのだろう。

「ここで会ったのも、何かの縁だから。はい、ブラックサンダーあげるね」

「おい、ヒナ! 見知らぬやつに、そんな超高級菓子をやるんじゃない!」

「ええー。ミチルのケチ。仲良くしておくと、いいことあるかもよ」

「ふんっ! 他の食料同志なんてのは、所詮は敵なんだよ」

「またまた、そんなこと言っちゃってー」


 ×


 次の瞬間、私は見慣れた少女九龍城の一角に立っていた。

 どうやら、未来や過去を巡る旅は終わりらしい。

 顔の認識できない誰かは、姿を消し、声も聞こえなくなっていた。


「チズちゃん、こんなところにおったか」

「やっほー。私たちは聞き終わったよー」


 廊下の曲がり角から、椿さんと虎谷さんが姿を現す。

 私は反射的に、二人に抱きついていた。

 女の子の体温が心のダメージを和らげてくれる。


「うわっ!? なんじゃなんじゃ、いきなり情熱的な!」

「色々と聞き回って、疲労困憊なんです。心身共に摩耗しました……」

「その感じだと、時間のループを起こしている犯人は見つからなかったようじゃな」


 私たちも見つけられなかったんだよー、と腕の中で虎谷さんが肩を落とす。

 今日の調査は完全に空振りだ。

 椿さんが私と虎谷さんの頭をぽんぽんした。


「ま、特に害があるわけじゃなし、放っておいて平気じゃろ。この調査だって、そもそも暇つぶしでやってただけじゃしな。もう日も暮れてるし、晩飯を食べて、熱い風呂に入って、今日はゆっくり休むことにしよう」

「ですね。減ったSAN値も増やさなくちゃいけないですし……」


 虎谷さんが「神話生物にでも会ったの?」と目を輝かせる。

 それも、あながち間違いではないかも。

 あの顔を認識できない女性、できれば二度と会いたくないところだ。

 さて、緊張から解き放たれた途端、急に空腹を感じてきた。


「今日の夕食のメニュー、なんでしたっけ?」

「マグロ漁船部がマグロの解体ショーをするって!」

「えっ、なにその部活……」

「先週できたばかりらしいぞい。マグロの解体ショー、楽しみじゃな!」


 心身共に疲れ切った私たちは、互いに寄りかかるように食堂へ向かった。

 その後、お腹いっぱいにマグロを食べ、熱いお風呂に入って、ぐっすりと眠った私たちは、ループのことなんて簡単に忘れてしまった。将来の夢はお嫁さんだと言っていた虎谷さんですら、だ。

 こうして、私たちは日常に戻っていった。


 ×


 翌日、私……倉橋椿は、無数にある屋上のひとつでキセルを吹かしていた。

 屋上の縁に腰掛けて、素足をぶらぶらさせる。

 少し汗ばんだ足の指の間を、涼やかな風が通って気持ちいい。

 右隣には『1周目』からの腐れ縁である不老不死の少女、神林清香(かんばやし さやか)が腰掛けている。

 クラシカルなデザインのつばの広い帽子に、紫色の着物という取り合わせが、清香の童顔に致命的なまでに似合っていない。そして、不老不死だっていうのに身体に気を遣っているのか、微アルコールのビールをちびりちびりと飲んでいた。


「このループ騒動も何度目だよ」


 清香がうんざりした顔でため息をついた。


「えーと……少なくとも10回は超えてるのう」

「よく飽きないよなー。そろそろ時間を進めていいんじゃないか?」

「いや、とりあえずもう1周する」


 私と清香には秘密がある。

 それは『人類の誕生から滅亡までを何度もループしている』ということだ。

 少女九龍城の化身とでも呼ぶべき存在から、私は人類の滅亡を見届けたのち、2周目の世界に突入させられた。それを3周、4周と繰り返すうち、私たちはいよいよ時間という概念から解き放たれてきたのか、ある程度は自分たちの意思で時間の流れを操れるようになった。そうして生まれたのがサザエさん時空だ。

 つまり、私はその気になればJKのチズちゃんと同棲し放題!!


「大人になったらやりたいことのある子も多いのに、時間が進まないようにループさせるなんて残酷だなー」


 うっすらと赤らんだ清香が、横目でチラチラと見てくる。

 痛いところを突いてくるな、こいつ!

 私はキセルの灰を携帯灰皿に捨てた。


「そ、そのうち時間は進めるから! 初々しいチズちゃんに会いたくなったら……」

「時間を進めて、また1周させちゃってるじゃないかよ」

「そそそ、それより清香の方はどうなんじゃ! せっかく時間が無限にあるんじゃし、友達の一人くらい作ったら――」

「ふっ……」


 鼻で笑ってくる清香。

 それから、いきなり私のほっぺをツンツンしてきた。


「お前、この私がコミュ障のぼっちのままだと思ってたのか?」

「ち、違うのか?」

「私の巻き添えで不老不死になったくせして、運命の相手と出会って超ハッピー、少女九龍城の仲間たちと楽しく暮らしてさらにハッピーなお前に嫉妬していたのは、せいぜい5周目くらいまでの短い話さ」

「いや、5周は割と長いじゃろ」

「今の私は孤独を楽しむ心の余裕を持っている。むしろ、この気楽さがいいんだ。もしかして、お前まさか……教室の片隅で一人の時間を過ごしている子や、結婚しないで独身を貫いている人たちが、仕方なくそうしているとでも思ってるのか? 古いんだよ。一人でいる人間が訳ありなんて考えは……」


 こいつ、いつの間にこんなレスバに強くなったんだ?

 何百億年も一緒に過ごしてるのに気づかなかった。


「ま、今のはわっちが悪かったよ。おぬしのライフスタイルに、もう口は出さん」

「そうしてくれると助かる」


 清香が空になったビールの缶を、使い回してヨレヨレになったコンビニ袋に放り込む。

 私は携帯灰皿をしまって、すくっと立ち上がった。


「さーて、生放送でもするかな」

「んっ? お前、酒入れた状態で生放送するのか? 放送事故するぞ」

「へーきへーき。常に酔っ払ってる666歳の悪魔って設定でやってるから」

「いや、私が気にしてるのはキャラ崩壊じゃなくて……」


 屋上を去り、配信環境のある自室へ向かう。

 清香も呆れた顔をしながら、コンビニ袋を片手についてきた。

 こんな風にして、私たちは何十周、何百周と人生を楽しんでいる。

 永遠の命を持て余すようでは、不老不死としてはひよっこの証。

 私たちレベルになると、永遠の命を飽きることなく楽しむことができるのだった。


(おしまい)

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少女九龍城 兎月竜之介 @usaginabe

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