第30話 千年少女

「椿、仕事だ。玄関に女性一名だそうだ」


 電話に出た水瀬吹雪が私に声を掛ける。


 怪しげな訪問者が現れたら臨戦態勢。

 正面玄関に不審人物の影有りとの報告を受けて、私――倉橋椿は食堂から駆けだした。


 西の窓から差し込む太陽光で、廊下はすっかりオレンジ色に染まっている。

 現在、我らが女子寮『少女九龍城』は絶賛戦争中である。

 大人達の束縛から逃れてきた家出少女たちを守るため、吹雪率いる『少女解放戦線』が徹底抗戦しているのだ。戦争は国連の定めたルールに則って、砂糖菓子の弾丸と水飴の刀によって行われている。


 真っ先に玄関へ向かった私は、言うなれば親善大使のような役目だ。

 戦争中といっても、戦わずに済むのならばそれが一番である。

 相手の説明に理不尽がなければ、家出少女と交渉する場を設けることだってある。


 本来ならば、私のようにぐうたらで無責任な人間がする仕事ではない。だが、この仕事をする代わりに家賃をナシにしてもらっているのだから仕方がない。それだけでなく、私は少女九龍城の古株として頼りにされてしまっているのだ。何しろ、おおざっぱに言って二百年も生きている。


 私が住んでいる少女九龍城は不思議な場所だ。

 広大な土地、迷宮構造の建物、頻発する怪現象……何よりも住人たちが変わっている。変わり者の住人たちは、私が不老不死であることを知りながらも、それを決して口外しないでいてくれる。彼女たちにとって、私の秘密を守り通すことが、一種の社会的ステータスなのだろう。


 そういったわけで、私はこの狭くて広くて複雑な、けれども優しい世界で今日も幸せに生きている。かつては愛する女性がそばにいて、今はもういないのだけれど、それでも毎日楽しく仲間たちと暮らして――


「――こんにちは、倉橋椿さん」


 廊下の角を曲がったところで、玄関を上がった不審人物と遭遇する。

 今度やってくるのは、どんな高級スーツを着た教育ママだろうか?

 私の予想に反して、玄関にいたのはどぎつい紫色の和服を着た女性だった。


 結ばれている黒い帯には、煌びやかな金糸があしらわれている。つばの広い帽子には、派手にカラーリングされた鳥の羽が何枚も飾られていた。


 その姿にはハッキリと覚えがある。

 二百年ほど前、たったの一度しか顔を合わせたことはない。だが、私が不老不死になる原因となった人間である。

 忘れたくても忘れられない。百年ほど前には、私の大切な人である加納千鶴を騙そうともした。まさに宿敵と呼べる相手だろう。

 だが、私は彼女の名前すらも知らない。


 つばの広い帽子が影を作り、和服の女性がどんな顔立ちをしているのかよく見えない。けれども、かなり濃い化粧をしていることは見て取れた。それだけの化粧を必要としているのだろうから少なくとも子供ではあるまい。


 相手も私と同じく、おそらくは不老不死……これで永遠の命を得たのにオバサンだったりしたら、結構、何というか、率直に「ざまあみろ!」という感じである。


 和服の女性が嫌みな笑顔を浮かべる。


「……倉橋椿さん、あなたに必要な情報を持ってきましたよ」

「わっちに必要な情報? そんなものはないと思うがのう……」


 彼女は私の方に歩み寄る。すると、果物が腐ったような強烈な甘い香りが漂ってきた。どぎつい紫色の着物も含めて、どうも私とはセンスが相容れない。


「死んだ人間を生き返らせる方法です。私は人魚の肉を始め、生死を超越する手段を研究し続けてきました。そして、ついに死者を蘇らせる手段を突き止めたのです。あなたは大事な恋人を失っている。どうですか、私の話を真剣に聞きたく――」

「――吹雪、GOじゃ!」


 私は取り出した無線機に向かって伝える。


「ふぇっ!?」


 その瞬間……食堂方面に続く廊下の奥から、天井裏から、靴箱に偽装された隠し扉から、退路を塞ぐように前庭の植え込みから、次々とピンク色の軍服を着た少女たちが飛び出してくる。

 砂糖鉄砲で武装した彼女たちは、ラグビーの集団タックルのような勢いで和服の女性をその場に取り押さえてしまった。流石はモンスターペアレンツと戦う勇敢な少女解放戦線の戦闘メンバーたちである。押し売りなんて一撃だ。


「むぎゅぅ……」


 うつぶせに倒されて、和服の女性が妙に可愛らしいうめき声を上げる。


「はっはっは、わっちがお主の話をまともに取り合うはずがなかろうよ」


 私は彼女の帽子を取り払って、その厚化粧で塗り固められた顔を覗き込む。その化粧っぷりはキャバクラ嬢を通り越して、さながらドラァグクイーンの領域に突入していた。

 だが、ここで私は彼女の顔立ちに妙な違和感を覚える。


「誰か、濡れた手ぬぐいを」

「手ぬぐいって……ウェットティッシュならあるぞ?」


 ウェットティッシュを貸してくれたのは、食堂から駆けつけた水瀬吹雪だった。

 彼女は今日も軍帽をかぶり、ピンク色の目立つセーラー服を着ている。メンバーの服装をピンク色でまとめているのは、別に国連が定めた法律ではなくて、単純に彼女の趣味である。


 私はウェットティッシュで、嫌がる和服女性の顔をぐしぐしと拭いた。


 厚化粧を取り払った下に現れたのは――私の予想通りに童顔な顔立ちである。私より二、三歳しか年上に見えない。彼女は厚化粧、派手な服装、趣味の悪い香水で年増の女性を装っていたのである。


 和服の女性――改め、和服の少女が私のことを睨み付ける。


「倉橋椿、許さんぞ……」

「いきなり呼び捨てとは、本性を現しおったな。お主、名前は?」


 悔しそうに唇を噛みしめて、けれども観念したように彼女は答えた。


「……かんばやし、さやか……神林清香だ」

「名前が分かって良かった。呼びにくくて仕方ないからのう、清香ちゃん」


 私の呼びかけに対して、清香は大きな舌打ちを返す。

 すると、事態を見守っていた吹雪が不可解そうに首をかしげた。


「で、彼女は家出少女を連れ戻そうとするモンスターペアレントに見えないが、どうして椿は私たちを出動させたのかな?」


 しまった。

 インパクト重視で、言い訳を考えていなかった。


「……いやぁ、押し売りの人を驚かしてやろうと思ってのう」

「そのイタズラ心も分からなくはないが、ドッキリに大勢巻き込むのはやめてくれよ」


 呆れた吹雪を筆頭にして、少女解放戦線の仲間たちがぞろぞろと引き上げていく。少女たちが天井裏に、靴箱の中に、玄関から外に引き上げていく様はなかなかシュールだ。


 拘束から解放されて、清香がのっそりと起きあがる。


「……帰るわ。また百年くらいしたら来るから、」

「いや、待った」


 そして、きびすを返した彼女の手首を私はガッとつかまえた。

 清香はそれこそ呪いでもかけてきそうな眼光を私に向ける。


「何さ、倉橋椿?」

「そろそろ夕食の時間じゃな。せっかくだから食べていけ。そして、一泊していけ。少女九龍城は不老不死にとって、かなり居心地の良い場所じゃぞ」


 私の手を振り切ろうとする清香。

 だが、彼女はいちいち怒鳴ることにも疲れてしまったようで――


「タダで飯が食べられるっていうなら、せっかくだから頂いていくわよ……」


 素早く私の手を弾くと、ずんずんと自ら少女九龍城の奥に歩を進めていった。


 ×


 結局、神林清香は夕食のロールキャベツを二つお代わりして、しっかりと大浴場の湯船にも浸かり、客間の布団でぐっすりと眠った。

 何とも神経の図太い女である。まぁ、不老不死として生きるならば、これくらいハートが強くないと無理だろう。


 そして、翌朝のことである。


 私が朝食を取ろうと食堂に向かっていると、ちょうど食堂方向から戻ってくる清香と鉢合わせした。彼女は昨日と同じく、ド派手な紫色の和服を着て、年齢が分からなくなるほどの厚化粧をしている。


 清香はつばの広い帽子の下で、明らかに嫌そうな顔をした。

 無視してきそうな雰囲気だったので、あえて私の方から声を掛ける。


「おはようさん、清香ちゃん。朝食も美味しかったじゃろう?」

「炊きたての米は大抵美味しいものだ。それよりも、昨日のロールキャベツがダントツにうまかった。何十人分もまとめて作るのだから、味付けがおおざっぱなものになるのだと思っていた。女学生のくせにいいものを食べてやがる」

「わっちでも女学生とか言わんぞ、清香ちゃん」


 ――などと言いつつも、パンツのことをスキャンティ、ブラジャーのことを乳当てとか呼んで、笑われてしまったことがある私である。


 清香が苛立たしそうに呟く。


「……ちゃん付けで呼ぶのは止めろ」

「まぁまぁ、わっちらは世界で二人の不老不死じゃ。仲良くせねばな」


 すると、彼女は軽く鼻で笑った。


「何が仲良くだ。私はお前のことなんか大嫌いだ。お前だって、私のことが憎いだろう? 私がお前に人魚の肉を食わさなければ、不老不死になんてならなかったんだからな」


 私は清香の真正面に歩み寄る。

 すると身長差があるので、斜め下から彼女を見上げる形になった。

 清香の使っているグロスは赤々としすぎて、まるで毒を塗りたくっているかのようだ。


「お主はナチュラルメイクの方が断然似合うと思うがのう……年相応という感じで」

「う、うるさい」

「せっかく顔が可愛いのだからもったいない。顔だけならわっちの好みなのに」

「……これが私の処世術なんだ」


 彼女はそう言って、私の体を片手で突き放す。


「身元の保証できない、歳も取らない、未成年の女子が生きていく方法なんて限られる。こうして、大人の女性を装うしかなかったんだ……」


 清香が今現在、どのような仕事をして、どのような場所に住んでいるのかは分からない。だが、いくら時代が進んだとしても、不老不死の少女が何の苦労もなく生活できるような世界はやってこないだろう。


 私だって娼婦の仕事をしていた。九龍館が少女九龍城になってからは、住人少女に取り入っては金をせびるような生活だった。

 老いることがなく、死ぬことがないとしても、一般社会で生きていくためにはどうしても金が必要になる。


「わっちもそうじゃったよ。真っ当な仕事は出来なかった」

「お前と比べるなっ!」


 声を張り上げて怒鳴る清香。

 通りかかった住人少女たちが、気まずそうに私たちのそばから離れていった。


 清香も周囲の反応を見て、居心地の悪さを感じているようだったが、彼女は堪えきれずに怒りを爆発させてしまう。


「お前が生きてきたのはせいぜい二百年ばかり。でも、私は千年以上生きている! この苦しみがお前に分かるものか。見知った相手が私を残して死んでいく。不老不死であることを知られたら、すぐにサヨナラしなくちゃいけない。好意を寄せている相手から気味悪がられるのだって何度もあった。そのうちに、誰とも関わり合いたくなくなるんだ……」


 その気持ちは私にも痛いほど分かった。

 私は結核で生死の境をさまよい、生き残るために不老不死になった。

 だけど、歳を取らないせいで周囲から不審の目を向けられ、結局は友人たちに別れを言うこともなく九龍館から逃げ出したのである。


 それから、私のせいで一人の軍人さんが死地に飛び込むことにもなった。彼女が生き延びていたと知ったのはずっと後のことで、私は彼女のことを殺してしまったのだと思っていた。

 それ以来、加納千鶴――チズちゃんと出会うまで、私は誰のことも本気で好きにならないように自分を戒めていたのである。


 そうでなければ、自分以上に誰かのことを傷つけてしまうことになる……。


 清香は苦しげに自らの頬に爪を立てた。


「私は不老不死になることを望んでいなかった。あいつら……儀式だとか何とか言って、私に人魚の肉を食べさせたんだ。だけど、拒否したらきっと殺されていた。でも、今になって思うんだ。あの時、私は死んでおくべきだったんだ。どんな方法で命を奪われたとしたって、永遠に生き続けるよりは楽なはずさ」


 彼女の頬に血がにじむ。

 だが、その傷口も数秒と待たずにふさがってしまうのだった。


「まともに死ねる気楽なやつらが憎くて仕方ない。限りある生のどれほど尊いことか……不死身の体なんて、一切何の役にも立たない。余計な苦しみを背負わされるだけだ。世界中の人間が不老不死になって、この世界に永遠に閉じこめられたら良いと、どれだけ願ってきたか分からない!」

「そうして、わっちを不老不死の世界に引きずり込んだということか……」

「あぁ、そうだよ。それも苦しませるという意味では失敗に終わったけどさ」


 ギシギシと奥歯を噛みしめる清香。

 私は彼女にそっと提案をする。


「お主も少女九龍城で暮らさないか?」


 途端、清香が驚いて目を丸くした。


「……なんだって!?」

「ここの住人たちはわっちが不老不死であることを知っている。そのうえで、私のことを受け入れてくれる。外部の人間に秘密を漏らしたりはしない。不老不死の人間を匿っている――そんな秘密を共有することで、住人同士の結束を高め合っているわけじゃ」


 不老不死が一人から二人になったとしても、住人たちは対応に困ったりしないだろう。

 私は少女九龍城を柔軟で結束の強いコミュニティだと思っている。神林清香の千年には負けるかもしれないが、この二百年で共同体が大きく成長したのだ。


 だが、清香の心を射止めることは出来なかった。


「ふざけんなっ!」


 彼女は声を荒げて、正面に立つ私の体を突き飛ばす。そして、裾が乱れるのも構わずに廊下を奥へ駆けていった。よほど頭に血が上っていたのか、走り出したときに脱げた帽子がぽつんと廊下に残されている。


 清香がいなくなったのを確認して、角の向こうから住人仲間たちが駆け寄ってきた。

 住人仲間の一人が問いかける。


「あの子、誰なんですか?」


 私は色々と考えた末に「古い知り合いさ……」とだけ答えた。


 ×


 月が頭上で輝く時間になっても、神林清香は戻ってくる気配がなかった。彼女の荷物は客室に残され、財布や携帯端末の類も置きっぱなしになっている。これは典型的な『迷子』の兆候だ。困ったものである。


 私は携帯端末を片手に彼女を捜すことにした。

 この端末に表示されているデジタルマップは、住人たちから『チズちゃんの地図』と呼ばれている。

 少女九龍城の全域を網羅したと言われている地図であり、よほどの方向音痴でなければ、この地図を頼りに生活区域まで帰ってこられる。


 また、このデジタルマップには住人間で共有される書き込み機能があって、見逃しがちなポイント、食堂までの最短ルートなどがメモされている。地図を頼りに少女九龍城の全域制覇を試みる少女もいて、デジタルマップはチズちゃんの死後も成長し続けているのだった。


 そして、地図には『とても迷いやすいポイント』というのもメモされている。迷宮構造の廊下をぐるぐると歩き回ったあと、「ここは前にも通ったぞ!」と気づかされる場所がいくつも候補に挙がっている。


 私は迷いやすいポイントを中心に見て回る。


 チェックを入れながら捜索すること一時間――いい加減に歩き疲れた頃、中庭に面した中四階にて、座り込んでいる神林清香を発見した。

 ツタの絡まった手すりに背中を預け、生気のない様子はさながら打ちのめされたボクサーである。裸足の足裏はすっかり汚れて、大汗をかいたせいか化粧も落ちてしまっていた。


 近づいて見てみると、清香はすうすうと穏やかな寝息を立てていた。


 不老不死の人間は(私だけかもしれないが)睡眠時間を自由に操れる。一度眠り始めると、その気になれば世界の終わりまでぐっすりと眠っていられるのだ。

 ただ私の経験上では、せいぜい寝られるのは三十年が限界である。眠る機能には問題がないけど、とにもかくにも人恋しくなるのである。


「……んあ、くぅう」


 私の接近を無意識下で察知したか、清香がふと目覚めて顔を上げた。

 寝ぼけた顔は十代半ばの少女のもので、とても千年以上を生きながらえた人間のものには見えない。そして、少女の見た目をした大人のものにも見えなかった。

 人魚の肉を食べてしまった時から、心の成長すらも止まってしまったのかもしれない。


 目が合うなりに、清香が声を張り上げる。


「お、お前、どうしてここにいる!?」

「帰りが遅かったから、心配になって探しに来たのじゃよ。まさか、ふて寝をしているとは思わなかったが」

「……なぜ、探しに来たりした」

「わっちらは不老不死――世界で二人きりの同胞じゃろう?」


 清香の問いかけに、私はただ素直な気持ちで答えた。

 だが、どうやら彼女は解答をお気に召さなかったようだ。怯えている野良犬のように、八重歯を剥き出しにして私を怒鳴りつけてくる。


「私はお前を不老不死にした……不幸にしたんだ。お前が私に情けを掛けるな!」

「けれど、そうでなければチズちゃんにも出会えなかった。わっちは不老不死にされたことを許しているわけじゃない。だけど、数々の出会いや不死身の体も含めて、私は自分自身のことを気に入っている。だから、許してはいないけれど恨んでもいないのさ」


 少女九龍城という場所で、加納千鶴という少女と出会えた。


 この二つの奇跡が揃ったからこそ、私はこんな風に神林清香と接することが出来る。そうでなければ、今もきっといがみ合う関係のままだったろう。だけど、こうして私の心に少しの余裕があるのだから、かつての宿敵とも話し合ってみたいと思うのである。


 清香はうつむいて吐露する。


「私は――お前のことが羨ましかった。不老不死のくせに信頼できる相手と出会い、楽しい仲間たちに囲まれて、とても幸せそうに生活しているのが……」

「わっちの幸せをお主に分けてやれたら良いんじゃがのー」

「くそぅ……悔しい、悔しすぎる……」


 私が微笑みかけると、彼女は幼い子供のように両足をバタバタさせた。


「どうして、お前を不幸にさせた私が苦しい思いをして、不幸にさせられたはずのお前が楽しく生きてるんだ……。私だって恋人と暮らしたい。悔しい! 倉橋椿ばっかり幸せにしていてずるい。世の中、不公平だ……」


 そして、清香はぐすぐすと泣き出してしまう。


 彼女と別の出会い方をすることが出来たら――例えば少女九龍城の住人として出会えたなら、私たちは最初から真っ当な友人になれたのかもしれない。

 でも、それは今からだって遅くはないはずだ。何しろ、私たちは永遠に生き続ける人間たちなのである。


 そう思ったら、この憎たらしい少女が急に愛おしくも思えてきた。

 私はメソメソとする清香の頭を撫でてみる。


「触んな、ばかっ!」

「良いではないか、減るもんじゃなし」


 彼女が怒って立ち上がるまで、私はずっと頭をナデナデするのだった。


 ×


 翌日、私が食堂で朝食を取っていると、少し遅れて清香がやってきた。


 彼女のことを一目見て、驚きのあまりにポロッと箸を落としそうになってしまう。

 神林清香がなんとキツイ化粧を止めて、目に優しいナチュラルメイクにしていたのだ。そこにあるのは年相応、十代半ばの健康的な少女の顔立ちだ。


 キッチンで朝食を受け取り、清香は私の隣の席に腰掛ける。

 私が顔をジロジロと見ていると、彼女はカァッと頬を赤らめた。


「やっぱり、そっちの方が似合っておるのう!」

「う、うるさい。しばらく、ここに住むことにした。その間、大人の振りをする必要がなくなっただけの話だ……」


 清香はそう言って、熱々のご飯に生卵を落とし、その上から醤油をかける。

 私は彼女に先駆けて、二百年前から美味しさの変わらない卵かけご飯を食した。


「ここに住むなら、ちゃんと管理人さんには家賃を払っておくのじゃぞ。どういったわけか、管理人を務める女性は決まって格闘技をやっておるのだ。家賃をごまかそうとしたら、絞め技をかけられて落とされるぞ」

「金を稼ぐあてはあるさ。女の子というのはスピリチュアル関係が好きと相場が決まってる。私が持ってきた、この『幸運を呼ぶ石』をみんな揃って買い求めるだろうよ……」


 くくく、と悪人っぽい笑い声を漏らす清香。

 彼女は知らないのである。少女九龍城に集まっている少女たちは、一般的な常識に囚われない不思議な人間ばかりだ。

 清香の商売が失敗することは目に見えているけれど、それはそれで面白そうだから、私はあえて黙っておくことにした。


 不老不死仲間と肩を並べて朝食を食べる。

 これからしばらく、退屈することはなさそうだ。



(おしまい)

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