第28話 罪とハム
事件が明るみに出たのは平日のおやつ時である。
管理人さんは自室を出ると、食堂とは反対方向にある倉庫に向かった。
倉庫には米の備蓄であるとか、箱買いした缶チューハイであるとか、土にまみれたジャガイモの山であるとか、主に食料品が大量に保管されている。
我らが女子寮――少女九龍城はとにかく大所帯だ。冷蔵庫だけでも三つあるけれど、それですら食材が収まりきらない。業務用スーパーで買い込んだ食材をそのままドカッと放り込める半地下の倉庫は、ちょうど良い広さ、安定した室温も相まって非常に便利である。
また、倉庫には頑丈な南京錠が掛かっている。セキュリティーに疎い少女九龍城において、開かずの間でもないのに鍵が付いているのは稀だ。
そこら辺の窓から寮内に侵入可能で、住人の個室にすら鍵がほとんどないのである。南京錠の掛かった倉庫が『最も厳重』と言っても良いくらいだろう。
そして、管理人さんはその最も厳重な倉庫に、駅ビルの地下で購入した高級チョコレートを保管していた。
彼女が『自分へのご褒美』と称して、高級チョコレートを月イチで購入していることは一年前からリサーチ済みである(というか、住人たちのほぼ全員に知られていることに管理人さんだけが気づいていない)。
というわけで、管理人さんは倉庫まで高級チョコレートを取りに行ったわけであるが、そこで彼女は驚愕の事実に気づくことになる。
なんと、樋口一葉が一枚吹き飛ぶ高級チョコレートが跡形もなく消失していたのである。
高級チョコレートが倉庫にあることを知っているのは自分自身だけ。倉庫は頑丈な南京錠で封鎖されている。そこら辺の少女たちがピッキング技術を持っているはずもない。だが、誰ならばチョコレートを盗み出せるだろうか?
管理人さんには思い当たる節があった。
三島悠里――全国で指名手配されている殺人鬼こそ、高級チョコレートを盗んだ犯人だと管理人さんは目星を付けた。
三島悠里は警察の手を逃れるべく、少女九龍城に潜伏していると言われている。少なからず目撃証言があり、時折、残ったカレーが減っていたりするのも三島悠里の仕業なのだとか。
結果、事件が発覚した当日から対策が始まった。
今になって思えば、いくら住人たちに害をなさないとはいえ、殺人鬼を野放しにしておく方が変な話なのである。
厳重に戸締まりをしてみたり、監視カメラを設置してみたりと対策は実にローテクだが、それでも警戒ゼロの環境に慣れた三島悠里にはたまったものではないだろう。
で、事件発覚から一週間が経過。
三島悠里は未だに監視カメラにも引っかかっていないが、それでも倉庫や食堂から食料品が盗まれる事件は起こっていない。
ただ、ここで一つ秘密をバラしておく。
高級チョコレートを盗んだ犯人は『私』――竹原涼子なのである。
×
ピッキング技術を習得した少女が、そんじょそこらに存在するのだろうか? 管理人さんの常識的判断に反して、私はその技術を三ヶ月ほど前にマスターしていた。
言い訳がましく聞こえるかもしれないけれど、私はピッキング技術をドロボウ目的で学んだわけではない。
私は色々と複雑な事情があって、親友である西園寺香澄さんの貞操帯――正確に言えば『貞操帯の鍵』を管理している。
貞操帯に付きまとうのが鍵に関するトラブルだ。
私はスペアを含めて鍵を二本持っているけれど、その両方を一度になくしてしまう可能性はゼロじゃない。遠出をする際に鍵を忘れてしまうことだってあるだろう。
そうなったら手詰まりで、頑丈な貞操帯は特殊な工具でしか破壊できない。拘束が解けない間に、西園寺さんの体調が悪化したら危険だ。私は彼女を守るために、ピッキング技術を習得しようと決意したのである。
この技術を学ぶにあたって、私は生まれて初めて明確な努力をした。ハッキリ言って、高校入試の時よりも頑張った。
西園寺さんには見つからないように、夜な夜な拾ってきたドアノブを相手に奮闘した。学校のドアや、物置に放置されている空の金庫にも挑戦した。私は次第に鍵開けの世界に熱中していった。
半年ほど訓練を続けた結果、一般家庭のドアの鍵であれば三十秒かからずに開けられるようになった。
少女九龍城に存在する『開かずの間』の大半も、一般家庭で扱われる旧式の錠がほとんどである。特殊な仕掛けがあるものを除けば、私は少女九龍城の鍵をほぼ全て開けられるようになったのだ。
で、ちょっと悪い癖が出てしまった。
私は性根が小悪党である。お菓子があると摘み食いしたくなるタイプだ。仕事が回ってきたときも、いかに要領よくサボるかばかり考えてしまう。そのくせ、友達にイタズラを仕掛けるのは大好きである。
管理人さんが高級チョコレートを倉庫に保管していると知ったときから、私はそれを盗みたくて仕方がなかった。倉庫を守っている南京錠なんて、今の私にとっては朝飯前である。万年金欠の私にとって、夢のまた夢である高級チョコレートが手を伸ばせば届く位置にある……そんな状況で我慢することが私には出来なかった。
高級チョコレートは美味しかった。本当に美味しかった。西園寺さんにも食べさせてあげたかったけれど、流石にそれは出来なかった。その口惜しさに涙が出てくるほどだった。この喜びを全世界の人々に分けてあげたいくらいだった。
けれども、所詮は小悪党の所業である。犯人捜しが始まった直後から、私は日がな胃痛に悩まされるようになった。
×
事件発覚から一週間が経過して、私は相当参った状態になっていた。
他人に諭される必要もなく、鏡を見て一目で顔色が悪いと分かるのだ。高級チョコレートのことを思い出すたびに胃が痛む。胃薬で一時的には抑えられるけれど、結局はその場しのぎの手段でしかない。
どうして、こうなることが分かっておきながら、高級チョコレートの盗み食いを止められなかったのか……小さな悪事を犯すたびに頭を悩ませる。
けれども、やはり性根が小悪党というか、生まれつき我慢が足らないというか、極めて星の巡りが悪いというか……とにかくヤってしまうのである。
管理人さんは今もなお、犯人だと推定される三島悠里を捜している。廊下に赤外線センサーを設置して、監視カメラに録画された映像を確認している。
彼女の高級チョコレートに対する執念は凄まじいものだ。食べ物の恨みは怖い、とはこのことだろう。管理人さんには本当に申し訳ないことをしてしまった。いや、本当に心の底から。
また、加えて申し訳ないのが三島悠里である。彼女が本当に少女九龍城に潜伏しているのかは分からない。
だが、この一件で彼女が住処を追われているのなら、なんだか悪いことをしてしまった。殺人鬼だとしても、濡れ衣を着せられるのは嫌な気分だったろう。
「……うぁあ、考えていたら、また胃が痛くなってきた」
私は食堂のテーブルに突っ伏す。
朝食のトーストが目の前に置いてあるが、先ほどから全然食欲が湧いてこない。
「竹原さん、どうかしましたか?」
声を掛けてきたのは、私の親友たる西園寺さんである。
彼女は今日も今日とて、とても見目麗しい。黒くてツヤのある髪、シミ一つないきめ細やかな肌、潤いのある唇。私には西園寺さんがキラキラと輝いて見えるほどだ。
彼女は隣の席に着くと、心配そうな表情で私の顔を覗き込む。
西園寺さんは実に健康的だ。貞操帯の着用は体力と精神力を消耗する。自分の意思では絶対に脱げないものを穿かされるというのは、普通の人生ではそうそう与えられることにないプレッシャーだ。なのに、彼女は風邪一つ引かないのである。
管理される側よりも、管理する側が丈夫でなくてはいけない。
私が体調を崩していると、優しい西園寺さんは私のことばかり気に掛けてしまう。
この一週間だって、西園寺さんは本当ならば「一週間もおあずけされて、私、どうにかなってしまいそうです……」という具合になっているはずなのだ。
だが、私がぐったりとしているせいで、西園寺さんは素敵な貞操帯ライフを楽しめないのである。
自分と私の額に手を当てて、西園寺さんが体温をチェックする。
「熱はないようですね。でも、ここ一週間もずっと同じ調子で……」
「実は、その、悩み事があって」
いい加減、適当にごまかすのはやめにしよう。
私の小悪党的な一面を西園寺さんに知られたくはなかったが、彼女に相談することで、問題が解決しなくとも気が楽にはなるだろう。人に相談した時点で、物事の半分は解決すると言われている。
「これは学校での話なんだけど……」
という具合に、若干の嘘を交えてしまう私である。
「友達から借りたものをなくしちゃったんだよね……」
「まぁ、それはすぐに謝らないといけないですね」
西園寺さんの反応ももっともである。実際のところは、勝手に盗み出したうえに全部食べちゃったんだけども。
「相手にはバレてないようだから、出来れば穏便に済ませたいんだよね」
「ふぅむ、そうですか……」
清純なお嬢様が精一杯に策を巡らす。
すると、西園寺さんの頭上でひらめき電球がピカッと光った。
「同じものを買い直すというのはどうでしょう? もちろん、手作りの品であれば意味を成しませんが、参考書程度ならば手間は掛かりますが再購入できます。竹原さんはどんなものをなくしてしまったのですか?」
「いや、それはちょっと言いづらいんだけど、」
彼女のアイディアは素晴らしい。
高級チョコレートはそれなりの値段をしていて、数量限定の販売だが、それでも絶対に買い直せないものではない。私にはピッキング技術があるのだから、再び倉庫に忍び込むことだって可能だ。
というか、どうして今まで思いつかなかったのだろうかと。
「……あっ!」
そこで私は思い出す。
そして、親愛なるお嬢様にさらなる相談事を持ちかけた。
「西園寺さん、お金を貸して欲しいんだけど――」
×
あまり人に言いたくない話だけど、私自身も、私の家庭も、それほど裕福な方ではない。というか、ぶっちゃけると貧乏の範疇に含まれることだろう。
清貧という言葉もあるとおり、貧乏な人が全てアレってわけでもないのだが、私の小悪党的な性格はやはり生活レベルの低さが影響しているのだと思う。
と、思いたい。
流石に生まれながらにして生粋の小悪党とか洒落にならない。
西園寺さんから借りたお金を返すため、あとでアルバイトをする必要があるだろう。実家からの送金を今以上に望むことは出来ない。来月の仕送りから高級チョコレートの代金をさっ引いたら、私が自由に使えるお金は一日十円くらいになってしまう。
だが、私はアルバイトが非常に苦手である。
元来のサボリ癖に加えて、責任の生じる立場になると途端にミスが頻発するのである。これは私の両親にも共通することであり、私の家族がどうして貧乏なのかも頷けるというものだ。
しかし、単なる学生アルバイトで躓いてしまうだなんて――ピッキング技術に伴って、なんだか本当にドロボウにでもなってしまいそうな未来を予感する。
けれども、私には西園寺さんという大切な人がいるわけで、彼女のためにも致命的なアレだけはしないようにせねばなるまい……うん。
金銭の工面はどうにかするとして、私はとにもかくにも高級チョコレートを買い戻した(このために朝六時から駅前デパートのシャッター前に並んだ)。そして、私は住人たちの寝静まる夜を待って、高級チョコレートを片手に自室を出た。
時刻は午後三時を過ぎた辺り。
普段は利用しない廊下を奥へ奥へと進んでいく。監視カメラや赤外線センサーの位置は、私も管理人さんと一緒に設置したので把握済みだ。
さながら金庫に忍び込む大泥棒のような感覚である……というか、大体当たっている。
時には壁にピッタリと張り付いて、大股で飛び越えて、匍匐前進で床を這いずり、カメラとセンサーの警戒網をかいくぐる。
ようやく倉庫の前に辿り着いたときは、長距離走を終えたときのように全身汗まみれになっていた。直線距離では五十メートルもないはずなのに、意外にハードな全身運動である。
帰りも同じルートを通るのかと思ったら、今からうんざりとしてきた。
パジャマのポケットから、私はピッキングツール(自作)と取り出す。
「さてと、さっさと解錠を――」
そこで気づく。
倉庫に掛けられている南京錠が三つに増えている。
おまけに以前使っていた旧式のものではなくて、銀色にピカピカと光る新型のものだ。ホームセンターの防犯コーナーで見たことがある。しかも、用意周到に三つとも別々の種類だ。これは苦戦させられそうである。
私はパジャマの上着を脱いで、上半身はブラジャーだけの格好になる。実にはしたないのだが、ピッキングに集中している最中は頭を使う。頭を使うと体温が急上昇する。涼しい格好をしていた方が能率は上がるのだ。
ペンライトを口にくわえて、鍵穴を照らしながら解錠していく。
新型の南京錠であるとはいえ、あくまでホームセンターで売られているレベルのもの。根気強く作業を続ければ解錠できる。私は三十分ほどで一つ目の南京錠を解錠して、すぐさま二個目の南京錠に移った。
次の二十分で二個目を解錠、次の十分で三個目を解錠する。
私は誰にも見つからなかった安心感から、はぁーっと深いため息をついた。
それから、倉庫前の廊下が意外と冷えていることに気づく。半地下なのだから当然だろう。ただ、全身運動からの連続ピッキングで体温が上昇していたせいで分からなかったのである。私は急いで、調子に乗って脱いでしまった上着を羽織る。
「よし、あとは高級チョコレートを置いてくるだけ――」
そして、倉庫に手を掛けたときだった。
「――大声を出さないで。私は殺人鬼だが、ここの住人は殺さない」
何者かが背後から口を塞いできたのである。
というか、殺人鬼とか言われたら逆に混乱すると思うんだけど。
×
大声を出す様子も、大暴れする様子もなかったので、背後を取った殺人鬼は私のことをすぐに解放してくれた。
振り返ってみると、そこにいたのは指名手配書で見たことがある三島悠里その人だった。
顔にも見覚えがあったが、何よりも真っ赤なコートが印象的である。手配書の写真はいかにも犯人面だったが、当の本人は単なる気さくなお姉さんにしか見えない。
殺人鬼――三島悠里は朗らかに微笑みかける。
「君が大騒ぎしちゃうタイプの女の子じゃなくて良かったよ。自分が危険な状況に置かれるほど、諦めの良さからむしろ冷静になれるタイプだよね? 私もそんな感じでさー、周りの人が本気で怒ってたりすると、なんか逆に楽しくなって来ちゃったりしてね」
彼女の言っていることは分からなくもない。
私も諦めが良すぎる方で、みんなが頑張っているときに限って冷めたりしてしまうのだ。
「それにしても、めちゃくちゃフレンドリーですね……」
「殺人鬼のイメージアップをしようと思ってさ」
それよりも、と三島悠里が倉庫のドアに手を掛ける。
「廊下で話していても仕方がないから、とりあえず中に入ろうか。大丈夫、密室で襲ったりとかはしないから」
「いや、だから、そういうことを言われると逆に警戒するというか……」
三島悠里に連れられて、私は半地下の倉庫に降りていく。
倉庫内部は一週間ほど前に来たときと同じく、大量の食料品が雑然と積み上げられていた。
箱買いされたカップラーメン、日持ちのしそうな缶詰の山、網で吊られているタマネギなどなど、これらの物量を管理人さんが一挙に管理してるのかと思うと、なんだか頭の下がる思いである。
真正面にある段ボール箱の上に、私はお詫びの手紙(匿名)付きの高級チョコレートを置いた。これで今回の私の目的は完了である。あとは管理人さんの怒りが収まってくれるのを祈るのみだ。
「チョコレートを盗んだのはやっぱり君だったのか」
「あっ!」
すっかり忘れていたが、私は三島悠里に濡れ衣を着せた張本人である。
私は今更ながら、平身低頭で彼女に謝った。
「あの、今回のことはホントにごめんなさい……」
すると、三島悠里はこれもまた笑って流してくれる。
「いやいや、私も日頃から食堂のカレーとか盗み食いしちゃってるからね。いつか、本気で警戒されるだろうとは思っていたんだ。その埋め合わせをしようと考えていたところだから、むしろ君が倉庫を開けてくれたことはラッキーだったかな」
彼女がカレーを食べていたのは本当だったのか。
私の中での殺人鬼像が徹底的にブレ始めてきた。
「というわけで、食べてしまったカレーの代わりを持ってきた」
そう言って、三島悠里は真っ赤なコートの中に手を突っ込む。
コートの中から彼女が引っ張り出したのは、一抱えもあるサイズの大きなハムだった。足一本が丸ごと熟成された生ハムで、外国語のラベルが貼り付けられている。
ナイフで薄く切って食べたら、どれほど美味しいことだろうか!
加えて、明らかに高級そうだ。
一万円くらいするのかな……。
「――って、コートの中から出しましたよね、それ!?」
「他にも色々とあったんだけど、これが一番高そうだったからさ」
三島悠里が高級ハムを段ボールの上に置くと、ドスンと非常に重そうな音が響いた。
彼女は満足そうな顔をして頷く。
「一件落着。これで落ち着いて寝かせたカレーを食べられるというものだ」
そして、一人で勝手に納得すると、軽やかな足取りで倉庫から出て行ってしまった。
こうして、私と殺人鬼のひとときの邂逅は終わった。
×
翌日、倉庫に高級チョコレートと高級ハムがあることを知って、管理人さんはすっかり機嫌を良くしてくれた。
設置した監視カメラは赤外線センサーをわざわざ撤去したりはしなかったが、三島悠里のあの余裕さから考えると、警備としての効果はあまりなかったのだろう。
私としては、管理人さんが機嫌を良くしてくれただけでも万々歳だ。罪悪感による胃痛からも解放されて、胃薬に頼っていたときのことが嘘のように気分がよい。西園寺さんから借りたお金を返さなければいけないことを除けば、だが。
「このハム、美味しいなぁ! 一万円くらいするのかな?」
管理人さんがスライスした高級ハムを食べて、缶チューハイをゴクゴクと飲む。
事件解決の夜、気前の良くなった管理人さんが住人たちを集めてハムパーティを開いてくれたのだ。
三島悠里が持ってきたものなのか、はたまた全く別の誰かが持ってきたものなのかは不明だが、みんな揃って高級ハムに楽しく舌鼓を打っている。
私も高級ハムが使われたピザをハムハムする。
「本当に美味しいですね、竹原さん」
高級品に慣れているであろう西園寺さんも、このハムには納得のようだ。
「しかし、この味にはどうも疑問が……」
「――んん?」
そうして、私が何の気なしに携帯電話を開いたときのことである。
インターネットサイトのトップ記事に『狙いは高級ハム?』という気になるタイトルが表示されていた。
記事タイトルをクリックしてみると、そこには以下のような内容が書かれていた。
――つい先日、国会議員の某氏が自宅で死亡しているのが発見された。某氏は鋭い刃物で頸動脈を裁かれ、出血多量のショックでほぼ即死だったようである。
――犯行現場には女性物の靴跡が残されており、某氏が最近騒がれた女性問題との関係も疑われている。
――また、某氏の自宅には荒らされた跡が残っているものの、金銭や宝石類には何一つ手が付けられていなかった。だが、なぜか地下室に保存されていた最高級ハム(三十万円相当)だけが盗まれていた。
私は記事を読み終えて、携帯電話をパタンと閉じる。
罪を憎んで食べ物を憎まず――この高級ハムは大切に味わうとしよう。
西園寺さんが眉をひそめて疑問を浮かべる。
「ですがこのハム、一万円どこか三十万円くらいするような気が……」
「管理人さんが料理上手だから、値段よりも美味しく感じられるんだよ、きっと!」
怪しがる彼女を適当に言いくるめて、私は高級ハムに手を伸ばすのだった。
(おしまい)
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