本日は傲慢になります③
「
建物は、煉瓦の壁に、飴色の瓦と窓枠と玄関扉。東南アジアみたいです。街灯に照らされて、何とも言えない雰囲気を醸し出しています。
店内はやや暗めで、照明はオレンジ色。テーブル席は薄い壁で仕切られていて、アジアンテイストの
蓮の花や葉っぱをモチーフにしたインテリアが多いです。
お料理を注文した後、恩地さんは「たまにここに来るの」と話してくれます。
「彼氏と休みが合わないとき、ひとりでランチに来ることがあるの」
恩地さんはお洒落です。ひとりでお店に入れるなんて、男気があります。でも、こんなに素敵なところでしたら、ひとりでランチしたくなる気持ちもわかります。
「花村さんは、お休みの日に何しているの? 千羽鶴つくるんだっけ?」
「はい。宅急便でNPO法人に送ることもあります。それと……」
ためらってしまいました。でも、恩地さんは話を聞いてくれるかもしれません。
「アクセサリーとか制作して、ウェブで販売しているんです」
「すごいじゃん! 写真とか、ある?」
恩地さんの瞳に、光が入ります。
スマートフォンでウェブサイトをお見せしますと、「おー!」と喜んで下さいました。
「これ、折り紙なの? 薔薇の花? 綺麗だね! 買いたい!」
“水に強い折り紙”で折った薔薇のノンホールピアスに、思った以上に興味を持って下さいました。
出過ぎたことかな、と思いましたが、結果オーライです。
退院後に、彼が教えてくれました。
もっと傲慢になっていいんだよ、と。
傲慢になるには、ためらってしまいます。
でも、自分のことを理解してもらえると、心が温かくなる気がします。
注文した、ワインとサラダが運ばれてきました。
恩地さんも私も、ロゼワインで乾杯です。
私は、就職試験に落ちてしまった彼を励ますことができなかった、と恩地さんに話してしまいました。
「それで昼間、彼氏が落ち込んだときは……って訊いてくれたんだ」
「はい。彼は私に対して『申し訳ない』と思っているみたいなんです」
「もしかして、彼氏さんは公務員試験を受けていたの?」
伏せておくつもりでしたが、ばれてしまいました。
「私も、公務員試験を受けたことがあったから。私は筆記試験にすら通らなかったけど、今の時期が最終面接の結果発表だった気がして」
「……そうです。まさにそうなのです」
「そうか……落ち込むよね。第一志望だったんでしょう?」
「そうなんです。私が入院騒動とかに巻き込んでしまったから、しっかり準備ができなかったのかも」
面接試験の一週間前に交際のお返事をしたこと、救急車に一緒に乗ってもらったこと、忙しいのにお見舞いに来てもらったことをお話します。
私は要領よく話すことができません。
でも、恩地さんは頷いて聞いてくれます。
「彼氏さんは、最終面接で落とされてしまったんだよね?」
「……はい」
「その前の面接は通った、と?」
「……はい」
「じゃあ、その入院騒ぎの影響は、ほとんどなかったんじゃないかな」
なぜですか、と訊くのは野暮なものです。訊く前に、恩地さんは話してくれます。
「入院騒ぎの直後の面接には合格したんでしょう」
「あ……そうです」
やっぱり彼は恰好良いです、とこのタイミングで感じるのは、短絡的でしょうか。
面接の直前に色々あったのに、それをものともせずに(?)その面接には合格してしまったのですから。
「会ったこともない彼氏さんに冷たいことを言うようだけど、最終面接は運が悪かったか……コネで採用された人がいたかもしれないってところじゃないかな? ごめんね、悪く言いたいんじゃないの」
「わかります、大丈夫です」
面接の結果は、運かコネクションというのは、私も実感したことがあります。
私が高卒で農協に就職できたのは、祖父の知り合いに農協に口利きできる人がいたからです。
「
「ごめん、ごめん。コネって、都市伝説レベルの話だよ。例えで言っちゃっただけだから」
「わかります、大丈夫です」
彼の公務員試験の結果は、変えることができません。
恩地さんの話しぶりは、「深く悩んじゃ駄目」というニュアンスが感じられました。
悩み込まないで話を聞いてもらって、良かったです。
恩地さんは、お酒に弱いようです。
彼氏さんと出会ったきっかけを話してくれました。
恩地さんは短大を卒業後、病院のクラークとして働いていたそうです。
ところが、たび重なる長時間残業で恩地さんは勤務中に倒れてしまいます。
そのとき、たまたま近くにいて助けてくれたのが、同じ病院に勤務していた理学療法士の彼氏さんだったのです。
恩地さんはすぐに入院。退院後に人事課から退職をすすめられてしまいました。
彼氏さんが「よろしかったら」と連絡先を教えてくれたそうで、その後、おつき合い。今では同棲しているそうです。
彼氏さんの写真を見せてもらいました。
年配の奥様を中心に好かれそうな優しい感じをしています。でも、寡黙で堅物なのだそうです。
私も彼の写真を見せてしまいました。
おつき合いの前も後も写真を撮っていませんが、青柳さんから送られた、高校生当時のものはあります。
今より少し幼い顔立ちの彼が、千羽鶴を持ってどや顔している写真です。
恩地さんは笑いのつぼに入ってしまったようで、ずっと笑っていました。
私は人生で初めて、代行タクシーで帰宅しました。
甘いカクテルがおいしかったのです。
ハーブの入ったソーセージもおいしかったのです。
黒ビールは意外といけました。
上州豚と小松菜の柚子胡椒パスタは、お肉の甘さと柚子胡椒のぴりっとしたアクセントが最高でした。
お腹が苦しいです。でも、心は満たされた感じです。
入浴は短時間にして、今年初めて冬物のパジャマに袖を通して、布団にもぐります。
布団の中で考えました。
次に彼と休みが合う日に、傲慢にも彼を連れて出かけます。
色々な人に会って、おいしいものを食べて、前を向くきっかけにしてもらいたいのです。
翌日、私は手帳に挟んでいた名刺を出し、名刺の人に連絡を取ってみました。
「もしかしたら、お訪ねするかもしれません」という曖昧なアポイントメントですが、その人は許可してくれました。
あとは当日、嫌われない程度に彼を振り回すのみです。
本当は、このような我が儘がまかり通るとは思いません。
祖父が生きていたら、これでもかというほど叱られ、食事を数日禁止にされるでしょう。
それくらいの覚悟を持って、当日は傲慢になります。
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