ブレザーを着ていた頃の自分達は (g)

 入学式の日、彼女の保護者は来ていなかった。



 入学式の次の日、彼女は大幅に遅刻した。

 彼女が教室に入ったのは、3時間にわたるオリエンテーションが終わる頃であった。



 俺はホームルームの後に担任の先生に訊きたいことがあり、職員室を訪ねた。

 そこで彼女の姿を見つけた。

 小柄なのによく目立つ。二日連続で変な印象を受けたせいかもしれない。

「本当に、ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」

 彼女が深々と頭を下げる相手は、担任の新田泰輔先生。

 女子達が「新田先生は若くて見ためは良いのに、なんか残念だよね」と話していた。

 彼女は新田先生に促され、近くの椅子にちょこんと座る。

「ごめんなさい。遅刻の理由は申し上げられないのです。祖父母との約束でして」

 高校生になったばかりで俺と同い年だろうに、彼女は大人びた口調で話す。

「しかし、これだけは言えます。祖父母は悪くありません。私が悪いのです。今後はこのようなことがないよう、精進致します」

 固い言葉で締めて、彼女は口を閉ざす。

 新田先生も黙したままだ。



 俺は他の先生から要件を訊かれたが、新田先生を待っていることを話すと、それ以上何も言われなかった。



 彼女は口を割ろうとせず、新田先生が先に口を開く。

「花村さんは、小幡から通っているんですよね」

 アニメ好きの子が騒ぎそうな、涼しい声だった。冷たい口調とは違う、清涼感がある。

 彼女はただ、頷く。

「小幡の桜並木は、今は満開でしょう?」

 彼女の返事は「だと思います」だった。

「自分は、実家が藤岡市なんです。桜山公園によく行っていました」

 彼女は驚きもせずに「そうですか」と頷く。

 この学校は埼玉県の私立なのだが、群馬から通う人が何人かいるらしい。

 教員も多くが埼玉県出身らしいが、新田先生は群馬県の藤岡市の出身なのか。

「自然物って、いいですよね。藤岡の日野という地区なんか、結構リフレッシュできます」

 新田先生は口が上手い方ではなさそうだ。

 彼女を元気づけようとして滑っている。

 彼女は「すみません」と口を開いた。

「帰りにでも、桜並木を見てみようと思います。それと、もしも悩みがあったら相談させて頂いてもよろしいでしょうか」

 新田先生は頷く。どこか険しい表情で。

 口下手でも、言いたいことは彼女に通じていた。しかし、彼女が心を開いたとは思えない。

 新田先生の言いたいことがわかったから、最も場に合った言葉を返しただけなのだろう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る