神妃の間

     ★☆★☆★


 仄暗ほのぐらい空間が作りあげられた。ヴィマーナとの光量の違いが、暗闇くらやみに放りこまれたような錯覚をおこす。周囲をみわたしたクレアはまゆをしかめた。

 牢獄ろうごくをおもわせる、閉鎖感にみちた空間だ。開口部は腰ほどの高さの重厚な扉ただひとつで、明かり取りの窓すらない石造りの部屋に、燭台しょくだいの炎がたよりなくゆれていた。中央におかれた天蓋てんがいをそなえた華美な寝台が違和感をそえる。

「ここはガルバグリハ。カルト教団マハー・アヴァター・サマージにいたころのシュリの居室よ」

「その言葉、さっきもきいたわ」

「寺院のもっとも神聖な場所である聖室をさす言葉だけど、もともとは子宮の部屋という意味ね。シュリは、うまれてすぐここにいれられて以来、連邦捜査局に救出されるまでの十数年間を、この部屋から一歩もでることなくすごしたの」

「……正気の沙汰さたじゃないわ」

「ええ。教祖エルトン・ウォルシュを筆頭に、マハー・アヴァター・サマージはなにもかもまともじゃなかった。かりてきた神も、寄せあつめの教義も、見当はずれな修行も。けれどもひとつだけ、奇跡をおこしてしまったの。本物の、途轍とてつもない奇跡を。それがシュリよ」

「本物の、奇跡?」

「たとえば、その人は大地に足をふれてはならない。あるいは、その人に陽の光がそそいではならない。または、その人は神官以外に姿をみられてはならない。さまざまな宗教の、雑多な秘術を、でたらめにほどこされてうまれ、神妃しんひとしてそだてられたシュリは、ある特殊な能力を有していた。肌をかさねた人間の未来を、垣間みる力を」

「肌を、かさねたっていうのは……」

「そういうことよ。けがらわしい。救出されたときには十代になったばかりだったシュリにそんな能力があることが、なぜわかったのか。この部屋で一体、なにがおこなわれていたのか。……なにもかもが異常だったのよ。あの教団は」

「未来を垣間みる、なんてことを言いだす方も普通じゃないとはおもうけど」

「まあ、しんじたくなければそれでもいいわ。けれどもその普通じゃないことのために、命をうばわれた人間が多数いるというのは、まぎれもない事実よ。サウンダララジャン博士もそのうちのひとり」

「母がころされた事件のことをいってるの?」

「そうよ。シュリをマハー・アヴァター・サマージから連れだし、連中の管理下におくところから始められたラクシュミー計画は、いきなり想定外の事態に直面した。彼女の検査を担当したサウンダララジャン博士が、シュリを養女にしたの。親権者ができたことでシュリに手がだせなくなった連中は、苦肉の策としてあの事件を引きおこした。計画の要である技術の開発者である博士を殺害してでも、彼女を取りかえすために。ゲイリー・ストーンになりすました、インドラジットをつかって」

「――ちょっとまって。じゃああの事件でシュリは死んでないってこと?」

「ええ、その通り。彼女は死を偽装され、連中にとらわれている」

「シュリが、いきて……」

 トロンプ・ルイユ、だまし絵のごとく様相をかえていく現実のなかから浮かびあがってきた事実の断片は、うしなってもなお、その面影を追いつづけた女性がいきているという知らせは、彼女の心をあふれんばかりの喜びと、そしておなじ量の戸惑いとでみたす。

 言葉につまるクレアを、ファンはじっとみつめた。

「私たちを焼きつくす炎をおってください」

「……どうして、その言葉を?」

「ねえクレア、あなたはその言葉にみちびかれて、ここまできたのでしょう? どうしてシュリがそういったのだとおもう? あなたにならわかるでしょう。彼女と、恋人関係にあったあなたなら」

 ふたたび世界はほどけ、別の形をむすんでいく。

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