神殿
★☆★☆★
ほどけた世界が、ふたたび姿を結びなおす。
つややかに磨きあげられたしろい大理石でつくられた空間だ。
壮麗な装飾ではあるが、正方形の部屋とよすみに
「なんなの、ここ……」
「ヴィマーナ、さっきみせたサブシステムが設置されている施設よ。こっちがマンダパ、つまり拝堂で、そのちいさな部屋はガルバグリハ、聖室ね。ミルキーオーシャン・サイバネティックス・テクノロジーズ本社ビル、マウントマンダラの中枢にあたる場所よ」
科学技術をあつかうミルキーオーシャン・サイバネティックス・テクノロジーズの施設に、拝堂や聖室という名称があたえられていることに、クレアは違和感をおぼえる。
「宗教施設ね、まるで」
「ええ。施設名称のヴィマーナも、もともとは神々の乗りものをさしていたのが、転じてインド寺院建築の本殿をさすようになった言葉よ。ここはね、神殿の本殿なの。このうえに
ラクシュミー計画。ちょっとした
「周到に組みあげられたこの計画の目的は、ある特殊な能力を有する人物の脳をデジタルデータ化して、複製と交換が可能な資源として恒久的に運用していくことにあったの」
「人の、脳を……運用?」
ぞわり、と悪寒が走った。人にゆるされる領域からあまりに逸脱した目的に対して。それを発案できてしまう人間性に対して。
「立案時には未確立だった人間の脳をデジタルデータ化、および運用技術を確立するまでを第一フェイズ、被投与者をトランス状態にみちびく電脳麻薬の開発を第二フェイズ、運用対象の脳をリバース・エンジニアリングして運用可能な状態を構築するまでを第三フェイズとしたこの計画は、私がこの文章を発見した時点で第一フェイズをおえて、第二フェイズに差しかかっていたわ。それはつまり――」
「――あなたは、加担していたといっているの? 私の母が……、こんな、まともじゃない計画に」
「いいえ。この計画にサウンダララジャン博士の名前はでてこない。彼女は人の脳のデジタルデータ化に反対する姿勢をつらぬいていたから。それに博士はこの計画が実行にうつされるまえに、……亡くなっているわ」
「そう……。でも第一フェイズをおえたということは、それはつまり……、誰かの脳が分解されて、デジタルデータにかえられてしまったということ……?」
「ええ。しかも本人には一切しらされることなく。彼女はあるときから、自分がただのデータにすぎないこともしらないまま、数年をすごしたの」
「彼女? その人は女性なの?」
「ええ。
「
「じゃあ、いまの、あなたは……?」
「わたしの脳のデータをもとに、エミュレーターというプログラムが出力した、ただの演算結果にすぎないというわけ」
「で、でも、脳の活動を再現したのなら、……あなたは、まちがいなく人間だわ」
「あなたならそういうでしょうね、クレア。いいの。気にしてないっていったら
「それは一体、……誰なの?」
いつの間にか張りつめていた空気に、鳳の声が差しこまれる。まったく同一の響きをもつにもかかわらず、自身の体を経由せずに発せられた響きは、他人の声のように感じられた。
「運用対象者の名前はシュリ。あなたの義理の妹で、そしてもっとも大切だった人」
「……なにをいっているの? シュリは普通の人間だわ。たしかに特殊な環境で生まれそだったかもしれないけれど」
「はたしてそうかしら。うすうす感づいていたんじゃない? あの子がときおりつげる言葉の意味を」
さらなる場面転換がなされる。仮想現実は、また別の空間として再構築される。
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