導き

     ★☆★☆★


 つぎにクレアが目をひらくと、殺風景な電脳空間がひろがっていた。メタバースプロトコルがもちいられていない、プリミティヴな姿の電脳空間だ。

 機能の最小単位であるモジュールが組みあわさってサブシステムを形づくり、それによって複雑で高度な機能を実現したサブシステムが寄りあつまって巨大な情報システムを構成する。無機質な構造物によって構成された小惑星をおもわせる巨大な情報システムの内部を、さまざまな光彩をおびた無数の情報が、脳における信号伝達のごとく行きかう。現実と見分けがつかないほどに発達したメタバースも、それを実現しているのはこうした情報システムの協調動作にすぎない。

 圧倒的な威容をながめていたクレアがつぶやく。

「ここってもしかして……」

「あなたが入院していたアシュヴィンツインズをふくめた、ミルキーオーシャン・サイバネティックス・テクノロジーズ社の情報システム。なつかしい?」

「まあ、そうね」

「五年まえ、昏睡こんすいからめざめたあなたは、あまりに多くをうしなったことをしって絶望のふちに叩きこまれた。けれどもその後、ドリーのシュリをえてから、歌声でコマンドを駆使するスキルを身につけ、なみはずれた能力を有するにいたった。コンピューターについてはそれまで、人並み程度のことしかやってこなかったにもかかわらず、驚異的な速度で」

「よくご存知ね、熱心なファンがいて光栄だわ。ダニエルに私のことを入れ知恵したのはあなたかしら」

「半分は正解。残りはもともと彼がしっていたの」

「どうしてダニエルが?」

「さあ、なぜかしらね。ところでクレア、あなたはこの情報システムを、自分の部屋とおなじかそれ以上に知りつくしているわね?」

「結果としてそうなったわ。ここで、羽ばたき方をおぼえたから」

「私も縁があって、このシステムのことはよくしっているの。しってる? こんな場所があること」

 ファンにみちびかれてクレアはシステム内部へと跳躍した。舌をまくほどの手際のよさで階層ふかくへと移動して行きついたさきには、巨大で複雑な構造物が鎮座していた。

「しらないわ。私がいたころにはなかった、こんなサブシステム。……それにしても随分とものものしいわね」

「そうでしょうね。あなたが自由に飛びまわり始めたころはすでに、厳重に隠蔽いんぺいされていたから」

「隠蔽? 企業秘密か何かってこと?」

「大体は正解。ねえクレア、もし偶然あのころのあなたがこんなサブシステムにであっていたら、どうしていたとおもう?」

「見物させてもらうでしょうね、なかも、そとも。勉強しがいのあるセキュリティーだわ」

「まあ、そうなるわよね。実は私も、おなじように判断したの。そしてみつけてしまった。このドキュメントを」

 鳳からデータファイルの転送依頼がなされる。タイトルには「ラクシュミー計画」としるされていた。

「このドキュメントについてかたるには、まずサウンダララジャン・アヴィーラ・ジェイムズ博士、つまりあなたのお母さまについてはなす必要があるわ」

 クレアはふたたびシステム内部をかけた。鳳の導きにしたがって。

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