奇襲

     ★☆★☆★


 けたたましい音が鳴りひびいた。

 強烈な奇襲で各種モニターは一斉に警告で埋めつくされ、TOCに構築された情報システムが苦痛にのたうちまわる。三人の指揮官の拡張現実に表示された各隊、および各システムとの接続状況をしめすアイコンがつぎつぎと切断にかわり、共有レイヤーの立体地図の映像がじきれるように消散した。

「ゴールドリーダー、状況を報告してくれ」

 ベイカー主任捜査官の落ちついた声音は、警報のなかでもたしかな質量をもって空気をふるわせた。

 しかし返答いらえはない。指揮官たちの視線がむけられたさきで、軍用SCUBAのうちの一台がひらき、ヴァイオレットのひとみをもつガイノイドが抑揚のない口調でこたえる。

「現在、数百をこえる侵入を同時にうけています。被害は拡大中ですが、すくなくともひとつ、はっきりしていることがあります。モーリス捜査官のSCUBAが乗っとられました。私は直前に切りはなされたので断言はできませんが、おそらくオーウェン・ビショップの仕業だとおもわれます」

 ベイカー主任捜査官の目尻めじりに、かすかに力がこもった。システムがつぎつぎと沈黙していくなか、警報だけが忠実にその役割を果たしつづける。


 銃声が響きわたり、窓ガラスがくだけ、壁やキングサイズのベッドに銃痕じゅうこんがきざまれていく。

 訓練で鍛えこまれた反射で床にふせたものの、アルファ、ブラヴォー分隊の隊員たちは、主寝室に二面ある窓の外からの同時攻撃で、身動きすらままならない状況にあった。

 後退を指示した隊長はルイス・フロイドのもとまでいよったが、銃弾の雨にさらされた無残な姿を確認して、隊員たちのほうへと進路をかえた。


 戸口まで這っていった隊員が、カード型デバイスで廊下の様子をうかがった。銃声が断続的につづくなか、声を張りあげる。

「ニーナ! 敵の数は十二、……いや十三だ!」

「了解よ、ありがとう!」

 応じたニーナは、床にたおれてうめく隊員のそばにかがむと、メディカルキットを取りだした。隊員の太もものところでパンツを切りひらき、銃創を確認してから、戸口の隊員をみる。

「時間をかせげる!? 十五分でいいわ!」

「もちろんだ! 誰か手伝ってくれ!」

 呼びかけにこたえて二、三人が戸口にむかった。

 タブレット状のスポンジが充填じゅうてんされた注射器を銃創にあてがったニーナがいう。

「ラッセル、覚悟なさい? 止血するわよ」

「お手やわらかにたのむぜ? ――うぅっ!」

「オーケー、終了よ。あとはおうちにかえるまで我慢してね、坊や」

「……ああ、わかってるさ。手間をかけるな」

「気にしないで、おたがいさまよ」

 微笑ほほえんだニーナは手早く傷口の洗浄と消毒をおえると、包帯をまいていく。ラッセルは脂汗をながしながらも、笑みをうかべた。

「この部屋の、ロックを解除したのは、……ゴールド小隊、だろうか?」

「まちがいないわ。感謝しないとね。ここに飛びこめなかったら、どうなっていたかわからないわ」

「だが、TOCに連絡が、つかなくなったな……」

「大丈夫よ、クレアがかならずなんとかしてくれるわ」

 ニーナが部屋をみわたす。ほそながい空間には数百のロッカーがならび、みちたやみのむこうに両開きの扉がみえた。

 戸口で応射していた隊員のひとりが、マガジンを交換しながらニーナにいった。

「おいニーナ、厄介なのがでてきたぞ」

「なに?」

「軽機関銃だ。なんで一介の宗教団体があんなものもってるんだ?」

「とりあえず後退しましょう。今度はこちらが待ちぶせる番よ」

 分隊はねずみが巣をひくように後退をはじめる。ひきずられるようにしてラッセルがおくの部屋にきえたあとで、ニーナがつぶやいた。

「クレア、たのんだわよ」


 まとわりつくような暗闇であった。重厚な柱が整然と屹立きつりつする石造りの空間は、かつてクレアが拉致らちされ、暴力をふるわれ、辱めをうけた場所だ。いまわしい記憶を呼びさます闇でただひとり、車椅子くるまいすにすわったクレアは、うつむいたまま身動きひとつしない。

 やがて明かりがともり、ちかづいてくるえふとった巨体を浮かびあがらせる。彼女から数メートルのところまできたクンバカルナが耳までさけた口をひらいた。

「よお迦陵頻伽カラヴィンカ、またこさせてもらったぜ。でもわりいな、今度ばっかりはオレも後がねえ、ここでしんでもらう」

「……どうやって?」

 くぐもった声に、嗜虐しぎゃくてきな響きが応じる。

「そうだな。苦痛なかでくびりころすのもいいし、快楽で狂いしなせるのもいい。なんとでもできるさ。アンタのSCUBAはジャックしたんだ」

「おめでたい人ね、本当に」

「なんだと?」

 魔をはらうオニキスのごとき黒瞳こくとうが、まっすぐに醜悪な姿をみすえた。同時に突風が吹きぬける。闇にとざされた石窟せっくつ寺院じいんはたちまちのうちに吹きはらわれ、さえた空にむかってビル群がそびえる、マンハッタンの光景があらわれた。

 かがやく翼をひろげながらクレアがいう。

「二度もおなじ手が通じるわけないでしょう?」

「……ハニーポットか?」

「そういうことよ、残念ながらね。さあ、決着をつけましょう。ここにいるのはあなたと私だけよ」

「やるじゃねえか。オレに一杯くわせるとはな。けどな、真面目に付きあってやる義理なんざねえんだ」

 跳躍すると同時にきえたオーウェン・ビショップの姿は、まったくおなじ場所にあらわれた。

「おいおい、どうなってんだこりゃ」

「随分にぶいのね。ここはとじているの。道はひとつしかのこしてない。えらびなさい。もどっておとなしく投降するか、それとも私に勝ってさきにすすむか」

「上等じゃ、ねえか……!」

 歯噛はがみしたオーウェン・ビショップは、怒りをきだしにした。

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