射撃訓練

     ★☆★☆★


 さわやかな早朝の空気のなかで、小気味のいい音が不規則なリズムをきざむ。左右をコンクリートの壁でくぎられた競泳用プールほどの芝地には、クレアとシュリ、そしてインストラクターの中年女性の姿があった。

 五十ヤードラインとよばれるコンクリートの足場にたち、教科書から抜けでてきたような姿勢で拳銃けんじゅうをかまえたシュリは、草におおわれた土手のまえにおかれた的にむけて、淡々と正確な射撃を繰りかえす。かたわらでその様子をみまもっていたインストラクターは、クレアを振りかえって肩をすくめた。

『いうことがないわ、なにも』

 イヤープロテクターを装着した彼女の声が、拡張現実にながれる。

『本当に?』

『ええ。なにもかも射撃マニュアルのとおりで、ちゃんと命中しているんだもの』

 発砲をおこなう手をとめないまま、シュリが通信にくわわった。

『ダウンロードしたマニュアルからクレアが作成した身体コントロール情報です』

『人間にもそれができるようになったら、あたしはお払い箱ね』

 苦笑したインストラクターをみあげてクレアがいう。

『もうすこし練習してもいい?』

『ええ、もちろんよ。気がすむまでおやりなさい』

 うなずいた女性はクレアのうしろをみて、わずかに目をみひらく。

『あら、めずらしいわね』

『こないわけにはいかんだろう、私のバディが早朝から射撃訓練にいそしんでいるときいてしまっては』

 老犬のような男が、身にまとったスーツとおなじくらいにくたびれた笑みで応じた。

 インストラクターの女性と指導を交代したダニエルは、シュリのとなりにたつと銃をぬき、遊底をスライドさせてかまえる。なめらかにおこなわれた一連の動作があまりに堂にいっており、クレアは目をうばわれた。

『お嬢ちゃん、どうしてまたシュリに射撃を?』

『……このまえのことがあったからよ。もうだれにもシュリをきずつけさせない、絶対に』

 二点連射ダブルタップ弾痕だんこんがふたつかさなる。

『それで彼女に銃の扱いをおぼえてもらおうと? 折角の妙案に水をさすようだが、シュリは人に危害をくわえることはできないだろう? たとえ相手がどれほどの悪党だとしても』

『ええ、そのとおりね。でもシュリにやってもらうのはねらいをつけるところまでよ』

 さらなる発砲、銃声がこだました。

『そこからさきは?』

『彼女の人差し指を、機械化義肢の延長として私が制御する』

『引き金をしぼるのはあくまでお嬢ちゃん、ということか。本当にうまくいくのか?』

『とりあえず撃たれてみてくれる? そうしたらはっきりするわ』

 放たれた弾丸は、つぎつぎと的をとらえる。

『さすがにそいつは勘弁だな』

訓練用ペイントシミュニッション弾なら?』

『よし、トレイヴにまかせよう』

 すべての弾が撃ちつくされたダニエルの拳銃はホールドオープン、遊底がさがったままの状態になる。薬室内を確認した彼は、スライドをもどした銃に弾倉を装填そうてんしてホルスターにしまった。

 インドラジットが装用しているのはまず間違いなく戦闘用の機械化きかいか躯体くたいだ、とダニエルがクレアの方をむく。

やつとの交戦が前提であればライフルだな。そっちを訓練した方がいい』

『どうして?』

『拳銃弾では戦闘用の機械化躯体にはとおらない』

『そう、わかったわ』

『ただし、ひとつだけ対抗手段がある。緊急時にかぎるが』

 ふたたび標的の方をむいたダニエルの手に、もともと握っていたように拳銃があらわれた。つぎの瞬間、すさまじい銃火がひらめく。機関銃のごとく薬莢やっきょうが吐きだされる。それらがコンクリートですんだ音をたてるより早く、すべての弾丸が的の頭部の一点に撃ちこまれていた。

『体に何発くらったところで当面の活動に支障はないだろうが、頭なら話は別だ。至近距離から一点に全弾をぶちこめば、どれほど強固な頭骨であってもそいつを食いやぶり、即座に活動停止に追いこむことができる。ただしミリ単位の正確さが必要だ。数センチずれれば意味をなさない』

『……ひとつきいてもいいかしら』

『なにかな、お嬢ちゃん』

『あなたはそれを、どこでおぼえたの?』

『まあ、いろいろあるんだ。このとしになると』

 かわいた風が、銃口から立ちのぼる硝煙をちらした。

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