ランカー

     ★☆★☆★


 質量すら感じさせるほどのふかいやみのなかに、すべらかな三枚の紗幕しゃまくが向かいあってうかんでいた。

 硬質な靴音が静寂をみだす。紗幕の付近でとぎれると、一枚の背後に明かりがともり、影が映しだされた。

 強烈な威圧感をまとった異形の巨人である。瓔珞ようらく――宝石や貴金属に糸をとおしてつくった装身具でその身をかざっており、筋骨隆々たる体躯たいくで、地にとどくほどに両腕がながい。宝冠のようなものをいただいた横顔は、猫科の大型獣のような縦にみじかい造形で、せりだした口元とながい鼻が目をひいた。

「クンバカルナ、インドラジット」

 地をゆるがす声音がひびく。ほどなく別の二枚があかるくなった。

「なんだい? ラーヴァナの旦那だんな。手短にたのむぜ? オレもあんまり暇じゃないんだ」

 片側からざらついた声が応じる。陰影のみにもかかわらず、嫌悪感をおぼえるほどの肥えふとった巨漢だ。

ひなが巣箱に入った。クンバカルナ、にえどもはどうしている?」

「だめだな、あいつら。ど素人だよ。オレが力を貸してやらなかったら、今頃いまごろなかよく豚箱じゃねえか? とはいえ時間の問題だろうな、あいつらがつかまるの」

「人形どもを放つまでは守ってやれ。その後は雛のえさにする。人形どもにあつまる光が連中のひそむ闇をてらすだろう」

「うまくやるさ、これまでどおり。で、インドラジットは今日もだんまりかい? あいかわらず無口だな、いきててたのしいか?」

 クンバカルナとよばれた異形が、のこった紗幕によびかける。うつっているのは他の二体にくらべれば華奢きゃしゃな体つきだが、幽鬼のごとき不気味さを感じさせる影だ。

 インドラジットは口をひらくこともなく、わずかなジェスチャーをかえした。クンバカルナがあざけるような声をもらす。

「オレか? もちろんたのしいぜ? それになるべくおおく言葉をついやす必要があるのさ、いい魔術をつむぐためにはな」

「無駄話はそのくらいにしておけ。インドラジット、雛と接触したか?」

 首肯したインドラジットをラーヴァナがみすえた。

「歌をきいたか。よし、お前の出番までに可能なかぎりちかづいておけ。雛の動きが想定より早い。ふたりとも慢心するな」

 ラーヴァナの紗幕につづき、のこったふたつも明かりがきえる。闇はふたたび沈黙にとざされた。

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