過去と現在
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みあげた
足元からひろがる冠水した
つよい日差しをうけて、車椅子にすわった彼女のプラチナブロンドが、絹糸のごとき
不意に彼女が振りかえる。気持ちがつうじたのかとうれしくなるが、陶器人形をおもわせる端整な
わずかな失望に
泣いているのだ、という理解は、随分おくれておとずれた。
壁紙はオフホワイトで、木製のシェルフにはいくつかのトロフィーと写真がならんでいる。かいたことすらわすれていた日記を読みかえすように、理解が追いついてきた。
「まだ早いようですが、起床しますか?」
聞きなれた声が違和感を霧散させる。となりのベッドにシュリの姿があった。
「ええ、そうしましょう。折角だからすこし、散歩してみたいわ」
「承知しました。おはようございます、よくねむれましたか?」
起きだしたシュリは、ジェスチャーなしで部屋の照明を操作してから、
「おはよう。おかげさまでぐっすりよ」
「それはなによりです。環境の変化は不眠の原因にもなりますから」
「目がさめたとき、どこにいるのか一瞬わからなかったわ。おかしな話ね、生まれそだった家なのに」
「この家は五年ぶりですから、違和感があるのは当然だとおもいます。
「ええ、おねがい」
両手でクレアの顔をつつみこんだシュリが
「視覚および聴覚デバイス、グリーン。……味覚および
「ないわ」
「承知しました。各臓器の検査に移行します」
パジャマの上からクレアの胸元に両手をおいたシュリは、ふたたび瞳をとじた。
GNR革命とよばれる
「全臓器グリーン。診断を終了します」
クレアの腹部から手をはなしたシュリが目をひらく。
「シュリ、今日は九月二日よね?」
「ええ、二日です。不安ですか?」
「……すこし、ね」
「最後の記憶の欠損から四百二日が経過しました。クラーク医師がおっしゃるように心配する必要はないとおもわれますが、気になるようでしたら再度意見をもとめることも可能です」
「そこまでじゃないの。ちょっとたしかめたかっただけ。それよりお水をもらってもいい?」
もちろんです、と応じた彼女はクレアの上体をささえてベッドのリクライニングをおこし、部屋をでていこうとした。すなおな髪が朝の風をはらんだとき、コンピューターで
「――シュリ」
かんがえるよりさきに呼びとめていた。彼女の後ろ姿はいつもせつない。
「なんでしょう」
「あ、……のね」
振りむいた首の角度まで夢のなかとおなじで声がつまった。ないだ湖面のごとき瞳は、
「もし未来を垣間みることができるとしたら、あなたはどうする?」
「起こりえないことですからなんともいえませんが」
「あなたが快適にくらせるように便宜をはかるでしょう。天気がわかっていれば備えが容易ですし、突発的な交通渋滞がさけられるのは有益です。どうしてこのような質問を?」
「なんとなく、よ。急にきいてみたくなったの」
「そうでしたか。満足のいく回答ができていればうれしいです。水をくんできますか?」
「ええ、おねがい」
「承知しました」
「むかし、あなたがそうきいたのよ、私に」
こぼれた言葉はいつまでも床のあたりをただよっていた。
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