第31話 ダリウス伯爵の来訪
翌日、早速伯爵が寺院を訪れた。赤毛を後ろに撫でつけ、立派な髭をたくわえた紳士は、ルニスの花とミサで使う香を差し出してうやうやしく一礼した。
「恐れながら尊い司祭様とこうしてお話できる事、誠に光栄至極に存じます」
「こちらこそ、無条件でご支援のお話を頂けまして…」
「いえ、無条件ではございません」
司祭の感謝の言葉を遮り、伯爵はきっぱりと主張した。
「私は業が深いのか、様々な悩みを抱えております。ご相談にのって頂けましたら、その都度ご支援差し上げようと思っております」
無条件ではないと言われてはじめは驚いた様子だった司祭だが、その言葉に安心したように微笑みを返した。
「もちろんです。お悩みのご相談でしたら本来無償で行うところです。本当に有り難うございます」
その言葉を受けて、伯爵は満面の笑みを浮かべた。
「では早速聞いて頂けますかな」
「はい、こちらへどうぞ」
礼拝堂の控室に案内され、ソファに座る。
「申し訳ございません。只今紅茶を切らしておりまして」
司祭は自作のハーブティを淹れ、差し出した。
「どうぞお気遣いなく。次は紅茶もお持ちしましょう。貿易の会社を所有しておりますので、良い紅茶が手に入りますから」
「何から何まで有り難うございます。──それで、お悩みとはなんでしょう?」
司祭が切り出すと、伯爵は眉間に皺を寄せて大げさなため息をついた。
「聞いてくださいますか、有り難うございます。実は……」
そう言って向かい合わせで座っていた伯爵は、おもむろに立ち上がり司祭の隣に座り司祭の手を取った。
「恋の病といいますか、所謂恋煩いで。この頃は食べるものも喉を通らない状態でして」
「は、はあ。それは……お辛いことですね」
司祭はぽかんとして伯爵の顔を見返した。様々な相談は受けている司祭ではあるが、こと恋愛の相談となると得意とは言えない分野だ。
「はい。それがその、何と言いますか。道ならぬ恋でして」
伯爵は握る手に力を込め、自分の胸に寄せる。悩まし気な表情で再びついたため息が、司祭の手にかかる。
「そういうお話でございますと、私ではお力になれるかどうか……」
司祭は身を引き、ゆっくりと首を横に振った。伯爵は悲し気な目で司祭を見つめ、懇願した。
「そう仰らずにどうか……どうかこの哀れな男の力になってください」
すると伯爵の左手が、司祭のローブの袖口から中に入り込み、司祭の二の腕をさわさわと撫でた。残った右手で司祭を抱き寄せ、その首筋に顔を埋めてすんすんと香りを嗅ぐ。
驚いた司祭は咄嗟に伯爵を力いっぱい押しのけた。
「ああっ、司祭様。そう無下になさるものではないですぞ」
「伯爵こそ一体何をなさるおつもりですか!」
「何、とは。口に出して言えと仰いますか」
拒絶された伯爵は、果敢にも再び司祭に抱きつき、ソファに押し倒そうと試みる。
「おやめください!」
「ここまできてやめろとはご無体な。どうか想いを遂げさせてください。悪いようには致しません!」
更に強行しようとする伯爵を、司祭が思い切り突き飛ばす。哀れ赤毛の伯爵はテーブルに頭を打ち付け、そのまま床に転がった。
「お帰り下さい! 支援などこちらからお断りいたします!」
怒りに震える司祭を見て、伯爵は半べそをかく。
「分かりました。分かりました、今日のところは帰ります」
今日は、ではなく永遠にです、と司祭は言いかけたが、そこはぐっと堪えた。転がるように伯爵は逃げ帰っていき、司祭は大きなため息を吐き出した。そうして伯爵からの手紙を破り捨て、ゴミ箱に投げ捨てるのだった。
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