第22話 微笑む司祭

 同時に司祭は心の中で喜びを感じてもいた。自分の苦しみを察して、気にかけてくれる者が現れたのだ。独り秘密を持ち続けるというのは本当に苦しい。

 この優しい瞳の男になら、今まで誰にも話せなかった秘密や悩みを聞いてもらえそうな気がする。根拠はないが、あの真っ直ぐな目を見ていると、そう思えるのだ。


 いや、いっそ彼に限らず、もう誰でもいい。本心を打ち明けて、全て委ねて頼ってしまいたかった。それほどに司祭の心は追い詰められていた。

 そうして、しばらく逡巡した司祭の口からこぼれ出たのは、こんな言葉だった。


「ミサは信者の皆様にとって大切な時間。私も彼らを失望させないよう気を張っているだけです。何も無理などはございません。ご心配をおかけして申し訳ありませんでした」


 揺れる心をぐっと押し殺して、司祭は優雅に笑みを作った。自信に満ちた輝くような笑顔なら、純真そうな彼を簡単に騙すことができるだろう。

 司祭は誰にも頼らず、秘密を守り抜くことを選んだのだった。


「そう、ですか」


 オクトは戸惑った様子で司祭から視線を外す。ここまで完璧な笑顔で一蹴されるとは思っていなかった。

 

 気まずそうなオクトを見て、司祭は不思議な高揚感に包まれていた。これでもう彼は二度とこの事に言及してくることはないだろう。これは勝利であるのか。いや、元々勝負などではないのは良く分かっている。だが彼を突き放したことで、自分の甘えを断ち切ることができたのだ。


 折角の救いの手を振り払ってしまった。もう誰も自分のような者を掬いあげてくれることはないだろう。その事には絶望さえ感じる。

 しかしあの優し気な男に、己の罪や醜い感情を背負わせなくて済むのだ。司祭は安堵と寂しさが入り混じった不思議な感覚を噛みしめていた。


「お茶が遅いですね、ちょっと見て参ります」


 そう言って、逃げるようにキッチンの方へ向かおうとした司祭。その手を、オクトの左手が掴んで引き留めた。


「今も、ご無理をなさっているのでしょう」


 その瞳はいつもの柔和なそれではなく、厳しく真剣なものだった。


「──何を……」

「そうやって誰にも相談せずに、いつもお一人で苦しんでいらっしゃるのですか。ミサがお嫌なのでしょう?」


 心を見透かすようなオクトの視線に耐えきれず、司祭は顔をそむけてその手を振りほどいた。

 

「いい加減にして下さい!」

「あなたがそんな風に苦しんでいるのをリシュアが知っていたら、同じように言ったでしょう。あいつの為にも、そんな風に一人で抱え込まないで下さい」


 司祭は雷に打たれたような衝撃を受けた。黙ってオクトを睨みつけると、溢れ出しそうな涙を必死で堪えた。

 卑怯だ。──卑怯だ!

 こんな時に、あの人の名を出すなんて。司祭は唇を強く噛んだ。


「司祭様、大丈夫ですか?!」

「おい、お前司祭様に何をしてるんだ!」


 異変を察知したイアラと、キッチンから様子をうかがっていたロタが駆け寄って来た。オクトは一つお辞儀をすると、彼らとは反対の方へ早足で去っていった。


「司祭様、司祭様、お怪我はありませんか?」


 イアラが司祭の右手をとり、心配そうに撫でた。ロタは手にした竹箒を振り回して、木戸を出ようとしていたオクトに怒鳴りつける。


「この無礼者め! 二度と来るなよ!!」


 涙を堪えきれなくなった司祭は、泣き顔を見られぬようローブの袖で隠しながら自室へと駆けた。

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