第21話 ラフルズ少佐の質問
次にオクトが寺院を訪ねたのは平日のことだ。ミサもない日の寺院は、ひと気も少なく静かだった。
礼拝堂には司祭の姿はなく、薔薇の香りだけが漂っていた。オクトは何故ルニスの花ではなく薔薇が供えられているのかを知っていた。祭壇を一瞥すると、オクトは中庭の方へと移動する。
綺麗に刈り込まれた垣根の向こうからは、ロタやイアラの声に混じって、司祭の声も聞こえてきた。オクトは迷う様子もなく垣根に囲まれた木戸をノックする。
「──はい?」
警戒するように木戸を細く開けたのはイアラだ。
「お邪魔をして申し訳ございません。司祭様にお話がございまして」
突然の訪問に訝しむ様子のイアラ。しかし振り返ると、司祭が笑みを浮かべて頷くのが見えた。それを受けてイアラは木戸を開け、オクトを招き入れた。
「どうぞ、お入り下さい」
「有り難うございます。突然の訪問失礼致します」
オクトは深くお辞儀をした。
「ラフルズ少佐、でしたね。中尉……リシュアさんのご親友だったとか。どうぞお掛けになって、お茶でも」
「司祭様、私が」
司祭が立ち上がろうとするのを制して、イアラがキッチンへ入って行った。
「ロタ!」
イアラに小声で呼ばれたロタも、慌ててキッチンへ。
オクトの表情から、何か込み入った話のようだと察したイアラの気遣いだった。
イアラも二人の間でどんな話がされるのか気になるところではある。しかしここで出しゃばらないのが彼女という女性なのだ。
一方ロタはキッチンから顔を出して耳を澄ませている。その距離は遠く、聞こえるはずもないのに、とイアラは苦笑した。
勧められた椅子に掛ける前に、オクトは手にした紙袋を、そっと司祭の前に差し出した。覗き込んだ司祭の目が見開かれる。
入っていたのは、見慣れたベージュのコートだった。
「これは──」
「彼のコートです」
司祭の視線がコートからオクトの顔に移る。そこには思い遣るような、柔らかい笑みがあった。
「リシュアとは親しくして下さっていたと彼の部下から聞いております。これは私よりも司祭様がお持ちになった方が良いと思いまして」
震える手が、紙袋を受けとる。
「有り難うございます」
それだけ言うのがやっとだった。
その様子をじっと見つめて、オクトはしばらく考え込む。
「それと、大変恐縮なのですが……」
言いづらそうに話を切り出すオクト。再びコートに目を奪われていた司祭は、我に返り彼の顔に視線を戻す。司祭の目を真っ直ぐで誠実な瞳が見つめ返していた。
「司祭様、もしかしてご無理をなさっていませんか?」
「無理、ですか?」
戸惑う司祭を見つめてオクトは頷く。
「私の思い違いなら良いのですが。ミサの時の司祭様は普段と違う気がしまして」
司祭は表情を硬くして黙り込んだ。それは今一番触れられたくない話だ。リシュアの遺品を受け取り、見苦しい程に動揺している。そのような事を聞かれてしまったら、思わず弱音を吐いてしまいそうになるではないか。そんな甘えは決して許されないのだ。
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