第15話 特務課の男
その時、警備室のドアをノックする音がした。
「ああ、おいでになったようだ」
ビュッカがドアを開ける。寺院警備の兵達は一斉にドアの方を向き、敬礼をした。敬礼を返し、部屋に入って来たのはラフルズ・オクト少佐だった。
「今週末からミサの際の応援を頂く特務課のラフルズ少佐だ。特務課からは少佐を入れて4名が来て下さることになっている」
ビュッカが手短に説明をした。
「やあ、どうも。慣れない者ばかりだが宜しく頼むよ」
オクトはいつもと変わらぬ柔和な笑みを浮かべて皆の顔を見回した。
「特務課も相変わらずお忙しいのに、有り難うございます」
「いつも殺伐とした現場ばかりの面子だ。たまには穏やかな寺院での警備も気分転換になるよ、きっと」
そう返してから、ビュッカの不満げな表情に気付き、言い換える。
「いや、すまない。ここは雰囲気が和やかだというだけさ。寺院の警備が難しくないという意味ではないよ。このご時世だ。テロリストに狙われる可能性もあるし、軍には良い感情を持たない貴族たちとの折り合いの件もある。何より司祭様の軍人嫌いは有名だからね」
「司祭様は以前ほど我々を遠ざけようとなさったりは致しません。ご安心ください」
食事会に招かれたり菓子の差し入れを受けたりしている事に、ビュッカは敢えて触れなかった。司祭と反目する必要はないが、慣れ合うことは本来軍の立場としては芳しくないだろう。それに、突然現れた助っ人の
司祭達との楽しいひとときはリシュアと彼らだけの大切な思い出なのだ。
冷たい口調で言い返されたものの、オクトは気にする風でもなく微笑んだ。
「そうか、それなら良かった。警護するのに嫌われていてはやりにくいだろうから。リシュアは寺院嫌いだったし、最初は大変だったみたいだね」
しんみりと呟くオクトを見ていた皆の目に驚きが見られ、僅かだが警戒の色が薄れた。彼らは顔を見合わせる。この黒髪の男はリシュアの事を知っている。ただ上から命令されて来ただけの、昇進目的の狐ではなかった。
「彼とは長い付き合いでね」
泣き笑いのような表情を浮かべ、オクトは前髪をかき上げる。その姿に再びユニーの涙腺が緩み、アルジュに肘で小突かれていた。
「警備に関しては君たちが長い。我々特務課は指示通りに動くから宜しく頼むよ。慣れないとはいえ、役に立たなくてはどうしようもないからね。厳しく指導してくれ。私も階級に関係なくこき使ってくれていい」
「元よりそのつもりです」
ビュッカは淡々と返す。オクトが動じる気配はない。上司を失い傷心の兵達にとって、自分のような者が突然入り込んでくる事に抵抗を感じるのは、彼の想定内の反応だった。
「先ずは一通り敷地内を歩いてみてください。広いですし、入り組んだところもあります。皆さんには見回りを中心に
オクトは黙って頷いた。
「それと、司祭様にはもうご挨拶されましたか?」
「いや、まだだ。一緒に行って紹介してくれるかな」
「無論です」
ビュッカはオクトを連れ立って礼拝堂へ向かった。そこに漂う花の香りに、やや緊張していたビュッカの心が解けた。
花はルニスではない。紅いバラだ。司祭がリシュアのために毎日取り寄せて、彼の魂に安らぎあれと祈りを捧げているのだった。
「司祭様?」
礼拝堂に司祭の姿はなかった。いつもならこの時間はここで祈っているはずなのだが。ビュッカはそのまま礼拝堂の奥にある控え室のドアをノックした。
「──はい」
ためらいがちな返事が返ってくる。
「アルバス軍曹とラフルズ少佐です。ミサの警備の予定をご報告に参りました」
返事はなく、静かにドアが細く開けられる。強張った表情の司祭の奥に、人影が見えた。長い黒髪と鋭い眼差し。ドリアスタ侯爵だ。
「お取り込み中でしたか。失礼致しました。出直します」
ビュッカは深々と頭を下げて謝罪する。
「いえ、お気になさらず。用が済みましたらイアラを呼びに行かせます」
暗い表情のまま司祭は静かにドアを閉めた。ビュッカはそのドアに向かって再び頭を下げ、オクトと共にその場を後にした。
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