第109話 サシャ―10
ハル先生が微笑まれながら、侍達へ向かって一歩を踏み出されました。
……この空間にいないことを感謝します。
欠伸を噛み殺してるラカン兄はどういう神経をしているんでしょうか。
「あ、兄貴……流石っす……うぅ、だけど、サ、サシャ、手を握ってほしいっす」
「は~い」
手をぎゅっと握ります。はぁ、落ち着きますね。
恐怖に顔を引きつらせている侍達と、王国大使の護衛者達が次々と刀や剣を抜き放っています。自殺行為だと思いますよ?
八幡小七郎義景が叫びました。
『……我等が、『八幡』が戦場から逃げただと? ふざけるなっ! そんな事は断じてあり得ぬ。魔女を――『
『……なるほど。君達にはそう伝わっているのか。もしくは、一族の極一部にしか伝わっていないようだね。ふふ、歴史とは何て面白く、同時にどうしようもないんだろう。笑うしかないね。しかも、『弓削』が謀反とは――まぁいいさ。君は君の信じてきたものがあるのだろう。かかっておいで』
『言われずとも! 兄者、こやつと『緑夢』は引き受けんっ』
『承知。我等は』
八幡小五郎義教が蛇のような目でエルミア姉を見ました。
けれど、当の本人達は退屈そうです。
王国大使を守る護衛者達は、何とか脱出しようとしていますが、周囲にはハル先生の結界。出口にはエルミア姉とラカン兄が通せんぼ中。……エルミア姉はこの場にいる人達を許すつもりがないようですね。
――八幡小七郎義景が刀を鞘へ納め、腰を低く落としました。
『居合か。それじゃ、僕も相応の獲物で……おや?』
『――ハル、あれはルゼに使った』
『ああ、そうだったね。んーなら、何を』
御二人の会話を切り裂き、瞬時に距離を詰め抜刀。
激しい金属音が鳴り響きました。
――素晴らしい一撃です。
うちのクランでも十分やれる力量は持っています。
持っていますが……放たれた居合は、ハル先生が逆手で持たれた美しい短刀によって受け止められ、刀身が半ばから両断。
折れた刀身は天井の結界に弾かれ床へ落下。深々と突き去りました。
「うええ。まさか、お師様が持たれてたんすか。『本喰い』辺りが本の山の中にでも埋めてるのかと思ってったっすよ」
手を握るだけじゃ心細くなったのか、私の背中に回り抱き着いてきたカヤが呻いています。
とんでもない代物なのは分かりますけど、刀は詳しくありません。
『ば、馬鹿なっ……『
『良い刀だね。悪くない。けどこの子――『
『!!!?』
八幡小七郎義景が身体を大きく震わせ、一歩、二歩と後退しました。
その額には大量の脂汗。
……その銘。何処かで聞いたような。
『がはっ!』『ひぃ』『ば、化け物めっ!』
出口から突破を図った侍達が、欠伸をしているラカン兄に蹂躙されています。
殺してはいないようですが……戦闘になっていません。一方的です。
それを横目で見ながら、八幡小五郎義教は二本の大刀を構えエルミア姉と相対しています。……あの目、嫌ですね。
突然、エルミア姉が『遠かりし星月』を空間へ仕舞いました。
訝し気な侍を前に言い放ちます。
『――お前に銃はいらない。とっとと来る』
『舐められたものだ。御望み通り、殺してやる!』
憎悪と好色を漲らせ、小太りな侍が突進。
左右両刀なから怒涛の攻撃は始まりました。合間合間に見た事もない魔法を連発しています。
てっきり口先だけかと思っていましたが、第一階位は超えているでしょう。下手すると特階位かもしれません。
――けれど、エルミア姉はその場から一歩も動かず、涼しい顔。
息を切らした、八幡小五郎義教が怒りと恐怖で蒼褪めてつつ大声を発しました。
『き、貴様は、いったい、いったい何なのだ! その身のこなしといい、我が猛毒魔法を喰らって何故、立っていられる!?』
『――私に毒は効かない。そんな程度、毒とは言わない。終わり? ハル?』
『こっちも終わりそうだけど、何故だろうね? 僕はこれから楽しくなる予感がしているよ。小七郎君、今度こそ素直に答えてくれると嬉しい。小太郎は君達の派兵を承認しているのかな?』
ハル先生が、全ての武装を喪い、茫然自失となっている八幡小七郎義景へ尋ねられました。空いている右手はずっと、アザミの頭を撫でられています。
『そ、それは……貴様には、関係なきこと、だ……』
『いいや、あるね。君達を滅ぼすか、滅ぼさないか、それを決めないといけない。小太郎が承認しているのなら、是非もなし。この子の銘通りとなるだろう。が、知らず、君達が暴走しているだけならば――』
一掃した侍達の上で丸くなっていたラカン兄が顔を上げられました。
エルミア姉も警戒されています。
――この音、鈴?
空間が大きく歪み、一人の華奢な少女が姿を現しました。
腰まである長い黒髪を緋の髪留めで結い上げ、服装は巫女服。可憐な姿に似つかわしくない大小の刀。肩には純白の小鳥。歳は多分、十代前半でしょう。
カヤの身体が大きく震え、更に強く抱きついてきました……この子が、こんな風になる相手、ということですか。
少女が口を開きます。
『少し遅かったようですね。おじじ様が言われた通りです』
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