第98話 カヤ―6

 お師様が手で口の血を拭われ、あちしとサシャヘ視線。

 石突で地面を叩く音。

 漆黒の影が四方を走り、あちし達の前方と、御姫様を覆ったっす。

 

「サシャ、カヤ、ここまでだ。退避しろ」

「なっ!?」

「さ、流石に聞けないっすっ!」

「今度こそ駄目だ。相手は不完全とは言え『魔神』。しかも『神器』持ち。どうやら、ルゼは『魔神』の末裔だったらしい。ここまであっさりとイシス達を統合させようとは。エルミア、お前も退け」

「――……嫌」

「エルミア」

「――私は、もう二度と貴方から離れるつもりはないっ! そうやって、肝心な時に私を遠ざけて命を賭けようとするっ!! 雪舞シェウーの時だってっ!!」


『……コノおぞましい魔力。ソシテ――雪舞? カワイイ、カワイイ、ワガ。キサマガ、キサマラガ殺シタッッ!!!!!』


 響き渡る怒声と真紅の魔力の暴風。

 結界を貫き周囲の瓦礫が吹き飛んだっす。長くはもたないっすね……。

 御姫様がお師様と兄貴へ真紅の剣と槍を構え、戦闘態勢。……あの剣と槍、ヤヤヤバイっすっ!

 色んな戦場を経験したっすけど……次元が、違い過ぎるっ、すよ……。

 無意識に一歩、二歩と足が後ろへ――あ、あちし、臆してるっすか?

 隣のサシャも身体を震わせてるっす。


「せ、先生!」

「サシャ、お前は賢い子だ。研鑽を積んでいれば何れ実力はきちんとついてくる。命を張る必要はない。サクラ達を頼む」

「っ……」

「師よ、吾輩はいいのであるな?」

「止めてもやるだろう? 相手はそうだな……『十傑』よりは確実に強い。何せ200余年ぶりに顕現した『魔神』様だ。あれでも全開ではないが、相手にとって不足はあるまい? 第一、だ。『野郎は、女の為に命を捨てる』と大昔から決まっている。そうだろう? 付き合え」

「かっかっかっ! 正しく、正しく、その通りなのであるっ!! カヤ……もしもの時は、後ろを振り返らず全力で逃げよ。すまない、世話になったな」

「あ、兄貴、な、何を言ってるすかっ!?」


 ニヤリと笑い、兄貴が前へ向き直ったす。

 その小さな背中にあるは自分をも超える難敵へ立ち向かう戦意のみ。

 奥歯を強く強く噛み締めるっす。あちしは、あちし達は……弱いっ。

 エルミア姉が、ゆっくりと長銃を構えられたっす。な、何を?

 

 ――魔法を用いた狙撃の基本にして究極『一射』。


 閃光が走り、漆黒の結界と激突。殆どが弾かれたものの一部貫通。

 同時に、エルミア姉の姿は結界内へ。

 お師様が大きく首を振られているっす


「エルミア」

「――……嫌。貴方が死ぬなら、私も死ぬ。貴方のいない世界に意味なんてない。世界中歩いたけれど、そんなものは何処にもなかった。要はあの未だにいじけている神をぶっ倒せば済む話。簡単」

「……何処で育て方を誤ったんだろうか。ラカン、どう思う?」

「最初からなのであるっ! 何、我と姉弟子、そして師が死力を尽くせば」

「救える確率二割弱といったところだ。悪い賭けじゃない――くるぞ」


 抑えていた結界が、断ち切られて、御姫様――いえ、もう『魔神』と呼んだ方がいいっすね――がゆっくりと、武器を構えたっす。

 長い髪は血のような真紅に染まり、身体を覆っている魔力も禍々しく生きているようっす。

 エルミア姉が発砲し、ラカン兄が疾走しっそう

 次々と襲い掛かる『矢』『剣』『槍』を右手に持った剣で無造作に薙ぎ払うと、数千あるそれらが消失。上空の雲が四散。

 その間に距離を詰めた、ラカン兄が飛翔し、左足蹴り。


「『雷電らいでん』!!!!」


 『魔神』は槍で迎撃し、激突。火花と衝撃が満ち、突如、急速後退。 

 漆黒の『刃』が追っていくっす。絶叫。


『キサマキサマキサマァァァァ!!!!』

「……その子は、雪舞じゃない。あの子は、とうの昔に死んだんだ。重ねて言う。あの子は死んだ。お前の目の前で、死んだんだっ! 身体は返してもらうぞ」


 お師様が、杖を掲げられ『刃』を操られているようっすね。

 ……『雪舞』。

 その名前、あちし何処かで。確か『六英雄』の。

 兄貴が魔神を追撃し、それをエルミア姉が援護。お師様が隙間隙間を埋め追いつめていく――普通なら勝ち確ってやつなんすけど、妙な胸騒ぎがするっす。

 遂に兄貴が相手を捕捉。掌底で相手を吹き飛ばし、全魔力と闘気を右足に集中。

 高く高く跳躍されたっす。


「これぞ我が奥義が一つ! 『震電』!!!」 


 そこから、全力急降下。何故か虹色の光を放っているっす。

 お師様も刀を携え、突撃。 

 エルミア姉も射撃の構え。

  

 次の瞬間――聞こえたのは轟音と呻き声。

 そして、血塗れになったラカン兄が、お師様に受け止められ、粗く息を吐かれる信じ難い光景と、エルミア姉の驚いた表情。

 ――『魔神』が持つ、『剣』と『槍』は形状変化し、『刃』と同じように蠢いていたっす。

 エルミア姉の声と、ラカン兄へかけられるとんでもない治癒魔法。


「――ハル。これは無理」

「本当に恐ろしい。才能だけで言えば『六英雄』をも超える、か。あの『刃』の嵐を掻い潜り、かつ止める……参ったな。ラカン、受けてみてどうだ」

「……まともに受ければ即死なのである。右手、右足を犠牲にした」

「仕方ない――来い、アザミ」


 お師様の声と共に、結界内に転移魔法の魔法陣が発動。

 中から現れたのは、最初から地べたに跪いている着物姿で黒髪の少女。

 えええ!? こ、ここでっすかっ!!? 



「嗚呼! 主様、主様!! お会いしとうございました。この時を、一日千秋の思いで……かの者を抑えるのでございますね。この端女に全て御任せくださいませ。愚策がございます」

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