幕間5

競売

「——では、今晩、最後の品です。傷が無い大型の『黒龍の肺』一対となります」


 オークショニアが、映像宝珠を作動させ画面を切り替える。会場から大きなざわめき。

 今晩、出品されていると伝えられてはいたが、状態の良い物は帝国の国庫に納められた筈。それにも関わらず、これ程の物が競売にかけられるとは……『雷姫』が、一撃で黒龍の首を落とした、というのはどうやら本当か。

 真龍の肺は、主に飛空艇の動力機関に使われている、謂わば戦略資源。だが、それ故に帝国軍に多くが流れており、民間では常に供給不足。とんでもない高値が付く事は間違いなかった。

  

 ——が、出品者である当の本人にとって、そんな事は正直どうでも良いようで。

 ヴォルフ家が用意した、豪華絢爛なソファーに深々と腰かけている、淡い紫色のドレス姿のレベッカは、やはり淡い黄色のドレス姿のタチアナに声をかけた。


「ねぇ、タチアナ」

「駄目ですよ。もう少しですから、我慢してください」

「……私いなくてもいいじゃない。後は、ヴォルフ家に全部任せるわよ」

「レベッカさん。貴女は『龍』を倒したんです。なら、これもまた通過儀礼。凄い事をなさったんですから。私も単独では倒していませんし」

「……それ、ハルやあのメイド擬きや、『天騎士』『天魔士』を見て言える? 私、最近、自信を喪失してるんだけど」

「その御気持ちはよく分かりますけどね」


 タチナアが苦笑する。彼女とて『不倒』の異名を持つ、大陸内では数える程しかいない特階位。

 が……足りないのだ、それでは。彼の――ハルの隣に立つ事を故に許されるのは、特階位になるより遥かに困難。

 皇宮攻防戦の最終局面において、二人は彼の隣にいた。いたが。


「……この前、あいつが私達を連れて行ったのは」

「間違いなくいざと言う時、御自身が守る為ですね。私達は、あの中で一番弱かったから。タバサさん達は戦闘が本職じゃありませんし」

「…………はぁぁ。タチアナ、そこのワイン取って」

「駄目です。お酒、そんなに強くありませんよね? 明日もまだ続くんですから」

「……ケチ」

「ふふふ。レベッカさんって、やっぱり可愛らしい方ですね」

「……どうせ、私は、タチアナみたいに綺麗じゃないわよ」


 あからさまに拗ねるレベッカと、それを見て、くすくす、と笑うタチアナ。

 ――そんな二人を見た会場の客からすれば、どちらも信じられない美少女であり、絶世の美女である事に変わりはない。

 男性客の中には声をかけようと、競売そっちのけで近付こうとする者達もいたが、そこは十大財閥筆頭ヴォルフ家が仕切る競売会場。即座に、会場から摘まみだされ、別室に次々と連れていかれている。

 そうこうしている内に、金額はどんどん跳ね上がり、エスカレート。


『白金貨1000枚!』

『白金貨1150!』

『——1300』

『1500だっ!!』


 帝国の貨幣制度は、銅貨<銀貨<金貨<白金貨であり、普段の生活で使われるのが、金貨までである事を考えれば、信じられない程の額が動いている。

 少なくともレベッカは、今後、資金の心配をする必要はないだろう。……普通の冒険者を続ける限りは。

 二人が映像宝珠で投影されている、数字を興味なさげに眺めていると、見知ったハーフエルフの美女が近付いてきた。その姿を見た客達からは、男女問わず羨望の溜め息が漏れる。


「レベッカ、タチアナ。景気はどうですか?」

「……見れば分かるでしょ? ねぇ、メル。あんなお金貰っても使いきれないわ。そっちで使ってくれない? 帝都に来てから迷惑もたくさんかけたし。『盟約の桜花』みたいな大クランになれば、お金は幾らあっても困らないでしょ?」

「嫌ですね。そんな事をしたら、ハル様に叱られ――嗚呼、それもまた良いかもしれませんっ! あの御方に一対一で叱られたら、私は、私は……」

「……やっぱり、止めておくわ。タチアナ、あんたも気を付けた方がいいわよ。その女、とんでもなく強いけど、基本的に変態だから」

「あら? レベッカだって、ハル様に一対一で叱られたら、嬉しいでしょう?」

「————そんな、事、あ、ある訳ないじゃない。馬鹿ね」

「私は嬉しいです。でも、ハルさんが怒られてる姿が想像つきませんけど。むしろ、心配されての注意なのでは?」

「無謀な事をすると叱られますよ? うふふ、私は何度もお叱りを受けています! 何にせよ、ハル様からすれば私達はまだまだ赤子同然。今後も弛まぬ修練が必要ですね。少なくとも、単独で皇宮程度は陥落させる事が出来るようにならなくては!」

「そうね。そうよね――今はまだ、力が足りなくても、前に進み続ければ、何時かきっと!」

「あはは……この前の一件で『大事件』なんですよ? 皇宮はこの200年余り、難攻不落で知られていたんですから。でも……そうですね。もっともっと強くならないと、ですね!」


 三人は決意をそれぞれに固める。考える事は同じなのだ。

 ——必ず、今は難しくても、何時か必ずハルの隣に立つ。 

  

「それで、メル。私かタチアナに何か用があったんじゃないの?」

「ああ、そうです。さっき、冒険者ギルドに顔を出したら貴女宛に手紙が届いていました。げんなりしてる顔も覗きがてら来てみました」

「私に手紙? 辺境都市から??」


 きょとん、とした表情でレベッカが尋ねる。

 彼女の交友関係はお世辞にも広いとは言えず、まして手紙のやり取りをする相手は限られる。精々、辺境都市にいるエルミア、ジゼル、カーラくらいなのだ。

 しかし、メルは大きくかぶりを振った。



「——いいえ。王国からです。宛名は『シャロン・アルバーン』となっています。御知り合いですか?」

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