第83話 ハナ

「で、あの子はこの中なわけね、トマ?」

「うむ……ハ、ハナの姉御」

「何よ」

「ほ、本当に、一人で行くのか……? 今の団長は荒れている。幾ら姉御でも……」

「問題ないわよ。ここまででいいわ。あんたもとっとと帰って寝なさい。家には可愛い彼女が待ってるんでしょ?」

「むぅ!? な、何故、それを……いや、だが、しかし……」

「あ~鬱陶しい! 弟弟子は、姉弟子の言う事には絶対服従、っていう大原則を忘れてんじゃないわよっ!」

「むむ……そんな事は師から習わな――忘れていたようだ。姉御、感謝する」

「いいわよ。私も用があったから」


 右手を振って、トマを追い払う。

 あの子に彼女がねぇ……リルから聞いた時は、冗談かと思ったけど。今度、連れて来させよっと。姉弟子としては、弟弟子の相手を確認するのは必要な事よね。


 ――さて、と。


 目の前には、帝都『盟約の桜花』クランホームの副長室。

 何時もはメルが使っている部屋だ。

 中からは金属をこする音。はぁ……あの子、まだ癖が直ってないのね。

 扉を無造作に開ける。

 流星のように短刀が私へ殺到。はいはい。

 ――魔法障壁で全て消失。


「ちょっと、いきなりの御挨拶じゃない」

「……何の用よ。今、私はあんたに会う気分じゃない」

「そ。でも私はあんたに用がある……酷い顔ね」

「……知らないわよ。鏡、見てないし」

 

 普段は見る者を魅了する美しい黒髪をぼさぼさにし、目の下に隈を作ったサクラが視線を逸らす。

 机の上の書類は綺麗に片付けられている。

 ……ふんっ。相変わらず、変に真面目ね。

 仕事はきっちり終わらして、その後で拗ねてるなんで……嗚呼、面倒くさい。

 空いているソファーに座り、問いかける。


「で、どうして、そんな風になってるわけ?」

「……あんたに言う義務はないわよ」

「当ててあげましょうか? 大方、お師匠が直接助けに来てくれなかったので、へそを曲げてるんでしょ?」

「…………違うわよ」

「図星? 相変わらず、嘘が下手ね」

「……う、うっさい」

「あんたも、そろそろお師匠離れしなさいよ。天下の『盟約の桜花』総隊長が情けない」

「あ、あんたにだけは言われたくないわよっ!」


 ようやく、私と視線が合う。

 少しは調子が出てきたみたいね。


「何が気に食わないわけ? 貴女達を救援しにいった面子を考えなさいよ。『千射』『天騎士』それと仮にも『天魔士』よ? 過剰も過剰。それだけ、お師匠は心配してたってことでしょうが」

「それは……分かるわよ……で、でも……その……やっぱり、本人に迎えに来てほしかったのっ!! 分かるでしょ、もうっ!」

「うん――分かるわ。でも駄目ね」


 サクラの――私の可愛い妹弟子にして、親友の目を見る。

 これから話す内容は、この子にしか聞かせられない。

 何故なら、ある意味でこれはお師匠に対する裏切りかもしれないから。


「サクラ」

「な、何よ」

「貴女達、今回『星落』に負けたのよね?」

「あ、あれは……だ、だって、教え子同士の戦闘は、絶対に駄目だ、ってあいつに言われてたし……ほ、本気を出せば、あんな簡単に負けないわよっ!!」

「でも、本気でやりあったとしてもまだ勝てない。そうじゃない?」

「……本題は何?」


 視線が定まり、私のそれと交差する。

 懐かしい。

 少し前まで、『盟約の桜花』がまだまだ小さいクランだった頃、悩んだりすると、こうやってこの子と一対一で議論を戦わせたっけ。


「貴女、最近のお師匠は変だと思わない?」 

「変? あいつが、常識外れのは毎度の事じゃない」

「本当にそう思ってるの? ……それじゃ、あの子の存在はどう思う?」

「レーベという子のこと? 長い間、自分専用の杖は作らなかったらしいし……偶々、材料が揃ったからでしょ」

「そうね。一番最初はそうだったかもしれない。だけど――余りにも過剰性能だとは思わない? 2年前の段階であの杖は大陸最高水準だったわ。それを、更に強化したのは何故?」

「物足りなかったんでしょ。それか、万が一に備えて」

「その、万が一、というのは何?」

「例の『黒外套』」

「違うわ。確かにあいつらは、かなりやる。けど……お師匠と私達が負けるとは思わない。貴女、あの傍迷惑な『斬撃馬鹿』『世界最強狂』『天騎士』、それに『星落』『千射』と、あの忌々しい『天魔士』が負けるイメージを持てる?」

「……なら、何なのよ! 何が言いたいの?」


 これは確認作業だ。

 お師匠は、滅多に私達へ自分が考えている事の全てを教えてはくれない。勿論、間違いなく愛してくれている。それを疑った事なんかない。

 ……だけど。


「お師匠は『何か』に備えようとしているんだと私は思う。だからこそ、レーベをあそこまで強化して、『魔神』と『女神』を制御する杖まで作ろうとしてるのよ。意味は分かるわよね?」

「その『何か』があった時でも、私達を守れるように……?」

「そ。だけど……私は嫌。御免被るわ。このままだと、一緒に戦う許可が貰えるのは、最古参組の『神剣』『星落』『千射』『拳聖』『本喰い』、当代の『天騎士』『天魔士』だけじゃないかしら? サクラ、そんな事になったら、貴女、自分を許せる?」

「そんなの……許せる筈ないじゃないっ!」

「そうよね。だから」


 にやり、とお互い笑う。

 ――もうこの子も気付いているのだろう。



「組むわよ。『盟約の桜花』と『薔薇の庭園』。二大クランの総力を結集して、あいつ等を――目の上のたんこぶである、最古参組と二天を出し抜く! そして、お師匠の隣には私とサクラ、あんたが立つのっ!」

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