昔語り

 ハルの言葉を聞いたカサンドラ様の顔が沈痛な色に変わる。

 まぁ、今回の一件に関していえば、約束(私はそこまで詳細を知らないけれど)を一方的に破ってきてるのは帝国……と言うより、当代の皇帝だ。

 基本的に、ハルの教え子達は加減ってものを知らないから、下手をすると本当の意味で亡国の危機だったんだと思う。

 ……そもそも、『天騎士』『天魔士』が来て、何も聞かずに帰すっていうのが信じられない。余程、世間知らずだったのかしら? 

 だけど、彼の口調は変わらず温かい。詰問している感じではない。あ――これって。

 切迫した様子で大宰相がハルへ話しかける。


「ハル様、今回の一件は大変、大変申し訳なく……。ですが、当代の皇帝は若輩。今後は、良き皇帝となるよう我等が全力を挙げる所存」

「ディートヘルム君。一つ教えておこう。人は他者を変えることは出来ない。変わるとしたら……それは、本人が変わりたい、と思った時だけだよ。だから、うちの子達は皆、大きく成長した。では、当代の皇帝君はどうかな? 僕が見る限り、今回の件は本来ならば、カサンドラや君が矢面に立つ話ではないと思うし、謝罪の意思があるなら、この場に駆けつけて来ると思うのだけれど」

「そ、それは……最側近二人が裏切っていた衝撃の余り、寝込んでおりまして……」

「ハル様……ロートリンゲン家の長老としてケジメはつけさせていただきます。当代の皇帝を廃」

「マスター、いじめちゃだめー! ママ」


 レーベがハルの膝上から降り、カサンドラ様の前で両手を広げる。まるで、彼女を守るかのように。そして、私に視線で訴えてくる。うぅぅ……その顔をされたら、負けね。


「ハル、もういいんじゃない? エルミアも、何か言ってよ」

「――私は別に今からだって滅ぼしてもいい。ハルに従うだけ」

「だって、レーベ。エルミアお姉ちゃんはカサンドラを虐めるらしいわよ?」

「――なっ!? き、汚いっ! 私を超える特階位『雷姫』とは思えない所業!!」

「……今更だけど、どうしてあんたが第1階位なのよ? どう考えてもまだ、私やタチアナよりも強いわよね??」

「ああ、それは簡単だよ。エルミアが現役の頃は、特階位なんてなかったんだ。厳密に言えば――『千射』の武功が凄まじすぎて、わざわざ新たに導入されたのが、今の特階位制度なんだよ。まぁ、本人は貰わずに引き籠りになったから、冒険者ギルドとしては赤っ恥だったんだけど。懐かしいね」

「――む。ハル、引き籠りの先輩に言われたくない。それに、私は大陸中を実際に見てきた。その言い方は心外」

「ふふふ、ごめんよ。ついね」


 ……今、さらっと凄い歴史秘話を聞いたような。

 つまり、今、嬉しそうにハルと話しているこのメイド擬きが、初代『特階位』だと?

 いやまぁ、実力を考えれば納得するわね。辺境都市に戻った後、復讐――こほん、私の実力を証明する為に、何度か挑んでみたけれど……端的に言って、『人外』ね。何より、代名詞の『千射』が反則が過ぎる。攻防一体にも程があるでしょう、あれ……。


「マスター?」

「ああ、ごめんよ、レーベ。別に虐めるつもりはないんだ。大丈夫だよ」

「ほんとう?」

「本当だよ。おいで」

「ん」

「ハル様」

「カサンドラ、幾つか昔語りをしていいかな?」

「昔語りですか?」

「うん。あるところに、とてもとてもとても才能がある魔法士がいた」


 唐突に始まる昔語り。これって……。

 レーベはもうハルの膝上で耳をすましている。

 エルミア? どうして、そんな動揺した顔をしてるの?? 魔法士の話じゃない。


「その子には、才能もあったし、信じられない位に努力家だった。そして、彼女は何時しか『大陸有数』の魔法士に登り詰めた。けれど、満足しなかった。彼女は『天魔士』を目指していたからね。そして遂に挑戦の時がやってきた。結果は――惨敗だった。数年に渡って積み上げた物は何も通用しなかった。そして、『天魔士』にこう言われたそうだよ、『強さと才能に驕り過ぎだね』」

「…………」

「もう一人の話もしよう。彼は生まれついて剣技における、天賦の才があった。彼女と同じく、努力を怠らなかった彼は、やはり『大陸有数』の剣士となった。けれど、彼もまた満足しなかった。彼は『天騎士』を目指していたんだ。そして、彼にも挑戦の時はやってきた。結果は――同じく惨敗だった。持っていた愛剣まで折られた。彼に『天騎士』はこう言ったそうだよ。『才はあるなぁ。努力もしてるなぁ。が……強過ぎるなぁ。それは驕りに通じるなぁ』とね」

「…………」

「最後にもう一人。その女の子は弓の天才だった。才だけなれば、今まで存在した全人類の頂点かもしれない。が……それ故にその子は驕った。『自分に弓で勝てる者など、この世に存在しない』と」

「――ハ、ハル、その話は駄目! いけない!! とてもいけ、むぐっ」

「じゃましちゃだめー」


 レーベが、ふわり、と浮かんでエルミアの口を塞ぐ。

 ……なるほど。分かってきたわ。これって。

 カサンドラ様も考えこまれている。


「ある時、一人の男がその子に挑戦した。『僕が弓で勝ったら、僕と一緒に来てほしい。負けたら、君の望む全てをあげよう』とね。その子は当然、自分が勝つ、と確信して挑み――敗北した」

「――あ、あれはハルが狡いっ! 超高速かつ転移までする的なんて、当時の私が当てれる筈ないのを見越して、はっ! ……うぅぅぅぅ!」


 エルミアが真っ赤になって、奥に置いてあるソファーへダイブする。

 し、しまったわ……こ、こんな時に映像宝珠がないなんてっ!!

 カサンドラ様が静かに口を開いた。


「ハル様……お話、有難うございます」

「参考になったかな?」

「はい」

「それは良かった。若い内は大失敗をするものだよ。何せ――あの三人ですらそうだったのだから。問題はその後、どうするのかさ。後の事は任せるよ?」

「はい。拾っていただいたこの命、有効に使わせていただきます」

「何かあったら、テア」

「は、はいっ!」

「今度は躊躇せず飛んでおいで。ただし、そのイヤリングの事は、皇帝君には内緒だ」

「あ、ありがとうございます……必ず」


 これで、一件落着――じゃなさそうね。何時の間にか戻って来ていたらしい、ルナもまたソファーに突っ伏している。あれ? サシャは何処かしら?

 扉は大きな音を出して、開かれた。入って来たのは――ああ、間が悪いわね。わざわざ生贄になりにくるなんて……。


「師匠、ああ、此処におられましたか。メルとリルが呼んで来いと五月蠅く――失礼、ぐぐぐ……ル、ルナ。それに『千射』……その細い体のど、何処にこんな剛力が……」

「グレン、あんたも死になさい……」

「――弟弟子は、姉弟子の盾になって死ぬもの。そう教えた筈。と言うか、死ね」


 うわぁ……レーベ、見ちゃ駄目よ。あれはいけない大人達だから。

 ハル、どうしたの? 欠片と小瓶を見たりして?



「……『魔神の欠片』と『女神の遺灰』か……。もう関わりたくはなかったんだけどな。けれど、これも運命、か」 

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