第29話 タバサ―12

「お爺様っ!」「大旦那様っ!!」

「ローマンっ!」「貴様!」「……貴方達っ!」


 私とニーナの悲鳴、ネイさん達の怒声が響き渡る。

 男に対して、ニーナ、ネイさん、ミラさんが攻撃魔法――各属性の魔法矢だ――を同時展開。 

 胸部から剣を引き抜き、狐族の男が後退・お爺様が倒れ、鮮血が飛び散る。

 慌てて駆け寄り、必死に血を抑えようと唯一使える初歩の治癒魔法を発動。見る見るうちに血が溢れてくる。

 駄目っ! 私の魔法じゃとても――すると、横から魔法が重ねられる。


「ミラさんっ!」

「大丈夫よ。死なせやしない、死なせやしないわ」


 私よりも明らかに数段上の治癒魔法が発動。血の溢れ方は鈍ったけど傷が埋まりきらない。ど、どうしてっ!?

 前方では、ニーナ達が相手と相対。向こうも怒鳴りあいをしている。


「レフっ! どういう事だっ!! 爺さんは拘束するだけだった筈だろうがっ!!! お前らも――俺を裏切ったのかっ……?」

「馬鹿な事を言うなっ! 私の、私達の団長はお前しかいない。これは……私達の目的の――夢の為だっ! その為ならばたとえ、目標の孫であっても利用し、標的を討つ!!」

「……団長」

「俺達も納得済みです」

「このままじゃ終われねぇ……あいつ等に勝つまではそうでしょ?」

「その為には何でもします」

「汚い事でもです」

「お、お前ら……後で覚えてろよ……」

「ご歓談中のところ、申し訳ないのだけれど」


 ネイさんの冷たい声。

 剣を油断なく構えながら問いかける。


「……君達は此処が何処で、何をしたのか理解しているのかな?」

「それを聞いて、どうすると言うのです? どうせ貴方達は死ぬ。目撃者は生かしておけない。死者には無意味でしょう?」

「……哀れな。君達に依頼をした愚者も、何も知らずに手を出したと見える……」

「見え見えの時間稼ぎはそれ位にしてもらいましょう。ローマン・シキは助かりませんよ。この短剣には多頭蛇ヒュドラの毒を少量ですが仕込ませてもらいました。たとえ、上級治癒魔法を用いようとも苦しみが長引くだけです」

「そんなっ……!」


 多頭蛇ヒュドラの毒。血清無しではまず解毒不可能な物として悪名高い。

 帝都ならあるかもしれないけれど……。

 ミラさんの顔にも焦りの色。

 どうしよう、どうすれば、どうすればいいの?

 ……無力な自分に涙が零れてくる。

 私が此処に来なければこんな事にはならなかったのにっ。

 その時だった。袖を引っ張る小さな手。


「――――」

「えっ?」

「――――ん」


 女の子は項垂れる私のポケットを指差し――小さく頷いた。

 そこに入っていたのは――私は立ち上がる。


「タバサちゃん?」

「タバサお嬢様っ! 危険です、伏せて下さいっ!!」


 ミラさんとニーナの声が聞こえたけど、多分、これが正解。

 そして私はを鳴らした。

 余りにも場違い、だけれどとても綺麗な音が響いた。

 男達が怪訝そうな表情になり直後、絶句。


「いったい何をして――!?」

「こ、こいつは……!?」


 鈴から凄まじい魔力の奔流。見た事もない精緻な魔法陣が展開。

 こ、これって……。


「その女を殺せっ! 魔法を発動させるなっ!!」


 狐族の男が私を指差し、固まっていた部下達と一緒に攻撃魔法を展開。

 でも、私にあるのは絶対的な安心感。

 だって私目掛けて殺到してきた魔法矢は


「ふむ、この状況は想像出来なかったね。お客人かな?」

「ハルさん、賊かと思いますよ」


 私の前に立っていたのはハルさん。そして一歩下がってたしなめたのは、信じられない位に綺麗で長髪を結っている軽装の女剣士。

 

 ……えっと、誰なのかしら? 

 

 と言うか、こんな綺麗な人と会ってたの? 何か、ちょっともやもや――違うっ! 今はそれどころじゃないっ!! 

 お爺様をっ!


「タバサ、心配をかけたみたいだね、大丈夫だよ。ミラ?」

「……辛うじて急所は避けてるわ。けど、ヒュドラの毒が解毒不能」

「了解」


 ハルさんの手に例の杖が出現。お爺様の傷口に対して見た事もない治癒魔法が発動。

 瞬間さっきまで埋まらなかった傷が完全に修復。お爺様の呼吸も落ち着く。

 ……凄い。

 男達とニーナの顔が驚愕に染まっている。ネイさん達は何故か諦め顔。


「さて、状況はさっぱり掴めないのだけれど、まぁいいや。取りあえず」


 振り返ったハルさんの顔は何時もの笑顔。だけど纏っているのは明確な怒り。

 膨大に過ぎる魔力の波動。それだけで、誰もが動けない。


「僕の留守に、僕の家で、僕の友人を害そうとしたね? 情報を聞き出した後は、塵一つ残さず消してあげよう」

「ハルさん、待って下さい」

「うん? どうかしたかい、

「この男達には見覚えがあります。キールとレフ? だったかしら? 迷宮都市で名を馳せた『雪将旅団』がこんな事をするなんて……堕ちたものね」

「なっ…その声、お、お前は――『不倒』!?」

「……何故、貴女がこんな所に?」

「休暇よ。ハルさん、此処は私が。多少、関係してますし」

「……そうかい?」

「はいっ! 任せて下さい。練習の成果もお見せしたいですし」


 女剣士――タチアナが場違いな程に明るい声を出す。

 ハルさんはちょっと不満そうだったけど、私達全員に幾重にも魔法が発動。

 これって何の……? ニーナ、どうして青褪めてるのよ??



「仕方ない……譲るよ。ネイ達もどうだい? 全属性の支援魔法を重ね掛けした。暴れるといい。ああ、殺しはしないように。色々聞きたいからね」

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